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IOCはもういらない!オリンピック貴族のベールを剥がす〜小田光康

夢の中の話だ。ある晩、RCサクセションの故・忌野清志郎さんが出てきて、8万人収容の新国立競技場で開かれる東京五輪開会式のステージに立った。独特の出で立ちで、『ドカドカうるさいロックンロールバンド』を歌い始めた。

♪ 子供だましのモンキービジネス よってたかってわけまえをあさる 子供だましのモンキービジネス まともなやつは一人もいねえぜ Oh Yeah ♪

(『ドカドカうるさいロックンロールバンド』 作詞:G2 作曲:仲井戸麗市) 

いつのまにやら、清志郎さんが国際オリンピック委員会(IOC)の「ぼったくり男爵」ことトーマス・バッハ会長とすり替わった。後ろには「緊急事態宣言下でも開催できる」と言い放ったジョン・コーツ副会長と、「アルマゲドン(最終戦争)に見舞われない限り計画通りに開催する」と暴言を吐いたディック・パウンド元副会長もいる。この3人が無観客の前でこの替え歌を合唱した。

♪ イキがったりビビったりしてここまできた オリンピックがどこに行くのか誰も知らない 俺はうわついたオリンピック憲章でおまえの気を引くだけさ ドカドカうるさいオリンピック貴族さ ♪

すると、ファン・アントニオ・サマランチ元IOC会長、IOC委員も兼任した国際サッカー連盟(FIFA)のジョアン・アベランジェ元会長、国際陸連(IAAF)のプリモ・ネビオロ元会長とラミーヌ・ディアック前会長もステージに上がり、疑惑と傲慢の総合商社状態の大合唱となった。

♪ 子供だましのオリンピック・ビジネス よってたかってわけまえをあさる 子供だましのオリンピック・ビジネス まともなやつは俺しかいねえぜ Oh Yeah ♪

♪ バカ高い費用と犠牲を押しつけ 次回もどっかの開催地でいかれた五輪を開く 緊急事態宣言なんかぶっとばいちまいなよ ドカドカ図々しいオリンピック貴族さ ♪

いみじくも日本は国民主権の民主主義国家である。コロナ禍という異常事態の中、不安に駆られ困窮する国民の同意も無く、オリンピックを主催するIOCという不透明な組織の不遜な独裁者たちが東京に乗り込んできて、「犠牲の祭典」など好き勝手に強行開催できようはずもない。

IOCのバッハ会長とコーツ副会長、そしてパウンド元副会長の発言からは、IOCが求める「友愛」と「尊重」というオリンピックの価値を見いだすことはかなり難しい。常識的に考えても、日本のメディアは彼らの失言を超えた暴言を、少なくとも進退問題として糾弾すべきだった。

しかも、東京で通常営業できなくなった飲食店が続々と倒産している中、今回の緊急事態宣言はオリンピック開催のために若者を狙い撃ちした行動制限であることは火を見るよりも明らかだ。

こうした中、パウンド元副会長は「銀座のレストランやバーはどこでも営業している」と放言した。不見識甚だしい。欧米諸国ならばIOCの排斥運動、果ては開催都市の若者の暴動にまで至ったかもしれない。オリンピック開催地へのこれほど権高なIOCの態度は、いまだかつて見たことが無い。

オリンピックを受け入れる側の菅義偉総理、小池百合子都知事、橋本聖子組織委会長、丸川珠代五輪担当相が連名で厳重に抗議しかなったのは、不可解でならない。日本はIOCの植民地ではない。

IOC関係者の汚職や驕傲を除いても、オリンピックというビジネス・モデルがすでに破綻している。開催地の住民が支払う巨額の血税を浪費し、しかも、住民やボランティア、そして五輪選手らに犠牲を強いるのがオリンピックだ。4年に一度、2週間という短期間で一つの都市で多くの競技を一気にこなすことに無理がある。

オリンピックはIOCと開催都市、そしてメディアの三者の共謀で成り立つ。日本国民の多くがオリンピック神話に狂信的だからか、これに気づかない。本稿ではIOC側から見たオリンピック・ビジネスの虚構について論じる。

五輪に寄生するATR。ただ読売のIOC記者に言われる筋はない

筆者は米五輪専門メディア「Around The Rings(ATR)」の記者としても活動している。

筆者はこの社員記者でもなければ、フリーランスとも違う。期間限定かつ無報酬のボランティア記者だ。長野五輪からこれまで、距離を保ちつつATRに関わってきた。ATRの収益構造はというと、定期購読料と広告収入から成る。購読者は五輪関係者のほか招致都市の関係者が主である。また、広告主は招致都市や五輪スポンサーが多い。

読売新聞社のIOC担当、結城和香子編集委員はその著書『オリンピックの光と影—東京招致の勝利とスポーツの力』で、ATRについて「広告費の加減なのか、特定の招致都市に肩入れした論調が出ることもあるため、公平さには少し疑問符が付く」と評した。

ちなみに、読売新聞社は東京五輪組織委のスポンサーであり、「IOC記者」の結城氏は取材先である組織委の内部組織「メディア委員会」のメンバーである。五輪組織委と利害関係を持つ営利企業の社員記者が、「スポーツ(界)の(権)力」である組織委の一員となり、ジャーナリストとして組織委を監視できるか甚だ疑問だ。

リオ五輪期間中、東京五輪の広報施設「ジャパン・ハウス」の記者会見でのことだ。ATRの学生記者が森善朗五輪組織委元会長に辛辣かつ批判的な質問をした。その後、この結城氏は当時外務省から派遣されていた小野日子・現内閣広報官に、ATRの学生記者に質問させないよう耳打ちしていた人物だ。日本の記者クラブの狂った常識を、地球の裏側のブラジルまで持ち込む。

酷暑の東京、予算7340億円でオリンピックが本当に開催できるのか

五輪開催費用についてはその運営主体である東京五輪組織委に批判が集まりがちだ。これに関してIOCは他人事といった風情、いや時に組織委を批判もする。だが、その責任は当然IOCにもある。これまでの五輪開催の経緯から、IOCの委員ならば誰もがこの程度の費用で五輪を開催できるとは信じていない。しかも、当初予算が雪だるま式に膨れ上がり、結果的にその何倍にまで達することは百も承知だ。

また、選手出身のIOC委員ならば、8月の東京の猛暑と高い湿度が選手を命の危険にさらすことを熟知している。さらに、8月開催は米国テレビ・ネットワーク、NBCからの放映権料をつり上げるためだと分かっている。立候補ファイルの内容を鵜呑みにし、開催地を決定するIOCの評価委員などいるわけが無い。

つまり、オリンピックという茶番劇はIOCと開催都市の暗黙の了解による共謀から始まる。結局、東京五輪の開催費用は組織委予算だけで1兆6440億円、関連費用を合わせると3兆円を超える。

このうち、IOCの負担分はたったの1410億円、割合にして組織委予算分の8.5%だけだ。また、8月の東京の酷暑が大問題になり、マラソンと競歩の競技会場は札幌に変更された。この移転開催費用は100億円超といわれる中、IOCの負担分は5分の1以下だけだった。

民間企業でこんなずさんな予算管理と運営計画をしていたら、経営責任を問われて然るべきだ。だが、IOCも五輪組織委も馬耳東風というさまだ。このつけは、大会後に税金というかたちで国民に回ってくる。

IOCは不正の温床、開催地の問題は眼中にない

IOCの不正腐敗や傍若無人はこれまで散々論じられてきた。ここで、これらを生み出すIOCの構造的な特徴を見てみよう。IOCはスイス連邦法に基づく非政府組織(NGO)で2009年、国連総会でのオブザーバー資格を得た。IOCは国連と同様の公的機関だと強調するが、実態は外部からの目が入りにくい民間団体である。

IOC委員の定員は115人で、うち70人は個人資格で選出される。各国オリンピック委員会(NOC)や国際競技連盟(IF)の代表はそれぞれ15人まで、選手委員が15人選ばれる。これらに王族や貴族が多く含まれ、独裁国家の有力政治家もいる。

IOCの最大の特徴は、オリンピックという商業イベントを主催する以外、ほとんど機能を持たないという点だ。選手はIOCに属しているわけではないし、各競技の運営はIFで、選手を派遣するのは各国オリンピック委員会(NOC)だ。

IOCはNOCとIFからの強い影響を受け、その中で予算や利権の奪い合いが生まれる。これら3者が開催都市のことなど考えるはずがない。

IOCの定年は原則70歳となっているが、4年間は延長が可能で、1999年以前の選出委員は80歳である。いわば究極の終身雇用だ。長く権力の座に居座ればさまざまな誘惑もある。正統な国際機関であれば通常、権力集中と腐敗の防止のため、任期を短くし再選も限定的だ。異常に長い任期や不透明な選出方法などIOCの仕組み自体が不正や汚職の温床になっている。

例えば、「アルマゲドン男爵」ことパウンド元副会長は1978年にIOC委員に選出された。現在も現役で、任期は半世紀近くにも及ぶ。また、世襲のような委員もいる。サマランチ元会長が2001年会長職を辞任した直後、オリンピックの経験もさしたる知識も無い息子のサマランチ・ジュニアが委員に選出された。

また、IOCは不正・汚職に対しての対応や処分が甘く、自浄作用も効かない。1998年、汚職事件でFIFAを追放されたアベランジェ会長はIOC委員でもあった。IOCは彼を追放する前に辞任を許した。

国際陸上競技連盟(IAAF)のラミーヌ・ディアック元会長は1990年代から再三に渡って不正事件が明るみになり、IOCはこれらに対して警告はしたものの、結局は1999年に委員に選任した。

東京五輪招致では、アフリカ出身委員に影響力があったディアック委員の息子に不正資金が流れた。2013年に事件化し、その責任を取るかたちで竹田恆和氏はIOC委員を事実上の辞任に追い込まれた。

このほかIOC委員の腐敗に関する枚挙にいとまが無い。1998年の長野五輪や2000年のシドニー五輪の招致を巡り過剰接待や賄賂が発覚し、1999年に委員7人を追放、10人を警告処分にした。その後、IOCは倫理委員会や外部有識者をあつめた「2000年委員会」を設置したが、焼け石に水という状態だ。

不正や汚職への自浄作用が弱いのは、委員同士の牽制が効かない構図があるためだ。IOCの委員だとしても、自国の都市が開催都市に立候補する場合、その招致活動の一員となり周りのIOC委員にその協力を頼む。ほぼ終身任期なのでこうした機会が幾度も回ってくる場合がある。しかも、開催地決定の票を依頼された委員も明日は我が身だ。IOC委員はだれもがこうした環境に置かれているため、次第になれ合い、腐敗していく。

IOCのいびつな収益構造 放映権料とスポンサー料が9割

IOCが公表した直近(2019年)の年次報告書を眺めると、収入が年々増加していることが分かる。シドニー五輪開催期(2000年−2004年)が30億ドル(約3000億円)だったのに対し、リオデジャネイロ五輪期(2013年―2016年)には57億ドル(約6270億円)とほぼ倍増した。

そこで、いびつな収入構造を目の当たりにする。総収入のうち放映権料が73%、スポンサー収入が18%とこの二つで総収入の約9割を占める。これに「その他権利」収入の4%を足すと95%にも達する。IOCはオリンピックにからむ権利ビジネスの主体だということに気づく。

なるほど、IOC幹部にオリンピアンの仮面をかぶった弁護士・ビジネスマンが多いのもうなずける。先のIOC幹部の暴言トリオは金メダリストなどであったが、それ以上に弁護士としての経歴のほうが長い。しかも、バッハ会長は博士号を修め、パウンド元副会長は勅許会計士の資格も持つカナダの名門メギル大学の学長だった。

IOCはマネーロンダリングに使われる特別目的会社に似た形態

IOCが非営利法人と言われても、なんとも腑に落ちない。出資者に配当をしないという点ではそうかもしれない。総収入のうちNOCやIFなどに約50%、五輪開催関連で25%を分配する。見方によれば、関連組織への分配が配当とも取れなくもない。

この構図はマネーロンダリングの舞台となる特別目的会社(SPV)にどこか似ている。IOC自体はカネを右から左に流す導管体のようなものだ。カネの行方にNOCやIFがある。しかもIOC委員自身がこれらの幹部を兼務する場合が多い。さらに兼務先と関係がある企業や団体の顧問を務めることもある。

カネの流れが複雑であるほど、不正が起こりやすい。確かにIOCの情報開示はかなり進んでいる。委員報酬は交通・宿泊費を除いて年間7000ドル(約84万円)と公開され、この額からすると名誉職といっていい。バッハ会長の年間経費も22万5000ユーロ(約2900万円)程度に押さえられている。

だが、IFやその末端の組織の情報開示が不十分な場合があり、IOCから流れたカネの行方が不透明なこともある。つまりIOC委員はその肩書きで、いくらでもカネ儲けのチャンスがあるのだ。

自分のカネは自分のカネ、他人のカネも自分のカネ

東日本大震災やコロナ禍の影響もあり、東京五輪の開催予算が逼迫している。だが、現状で潤沢な資金があるIOCは、これを支援する態度は見られない。

IOCの2019年度の連結貸借対照表によれば、総資産が約53億ドル(約5830億円)で、このうち基金が約25億ドル(約2750億円)とその47%も占める。基金とは内部留保のことで、いわば貯金だ。

また連結キャッシュフロー計算書からIOCが自由に使えるフリーキャッシュフローを計算すると、1億8358万ドル(約201億円)にも達する。IOCの財務状態は良好で、資産の流動性も高い。いざというときに基金から、しかも現金で財政出動が十分可能だ。

実は、IOCのカネを巡るこの程度のことは、オリンピックを取材する記者なら誰もが知っている。オリンピックを長年にわたり取材してきた、いわゆる「IOC記者」だったら常識にも満たない。

開催都市がまかなう費用やボランティアの無償活動あってこそ、オリンピックは開催可能になる。そこで潤って、残ったカネがこの基金だ。それなのに、IOCは東京五輪の費用負担は1割にも満たない。

自分のカネは自分のカネ、他人のカネも自分のカネ。バッハ会長が「ぼったくり男爵」の称号を受けたゆえんだ。

すでに始まったIOCの崩壊

現在、放映権料とスポンサー料という2つの収入源だけに頼ってIOCは存続している。ただ、これらは安定収入とは言いがたい。これら収入源の対価は「オリンピック」というのれん代、つまり無固形資産だ。その実態が掴みにくく、なにかの拍子でいとも簡単に消えて無くなる。

このIOCが持つブランド価値はもはや、著しく毀損している状況だ。夏の大会を猛暑の8月に開催しかできないのが、この何よりの証左だ。オリンピック人気が確実であれば、大リーグやNBAの人気スポーツを押しのけて、気候の良い「アスリート・ファースト」の時期に開けるはずだ。

これまでのオリンピックのスポンサー契約は1業種1社に限定されていた。これはブランド価値が高いからこそ可能な経営戦略だった。だが、東京五輪ではそれを解禁した。つまり、IOCが持つブランド価値が減り続けているのだ。

IOCはこれまで、大会ごとに放映権料の契約をしてきた。だが2014年、米NBCとは、2022年から2032年までの夏冬6大会を76.5億ドル(約8415億円)で一括契約した。この複数大会契約は、IOCが今後のオリンピック開催に懸念しているためといわれる。オリンピックという虚業が崩れ去ろうとしているのだ。

優雅な貴族と新興ブルジョアのサロン文化がオリンピックをダメにする

危機的な状況が迫りつつあるものの、IOCの改革は遅々として進まない。これはIOC委員に特権意識がこびりついていることに起因する。IOCは階級社会の階層移動の装置として機能している。その内部の関係は、英国市民革命後の黄昏ゆく優雅な貴族と、商魂たくましい新興ブルジョアの関係に似ている。

「オリンピックの光と影」というなら、IOCのサマランチ会長抜きでは語れない。オリンピックを再興させたと共に、商業主義に貶めた。「100%のフランコ主義者」を公言していたサマランチ氏はスポーツ・ジャーナリスト出身だ。オリンピックと関わりながら金融業などで財を築き、母国スペインで1991年、侯爵に上り詰めた。

その後のサマランチ氏の身の振る舞いは貴族そのものだ。長野五輪招致時には千葉の幕張から長野まで「お召し列車」で移動して物議を醸した。これは東京五輪の見物に来るIOC委員にも該当する。新型コロナ感染防止のためにと「新幹線一両貸し切り」と「航空機はチャーター」となる。

IOC委員の特権意識は数え上げたらきりが無い。筆者はオリンピックを取材しながら、幾度もこれを目の当たりにしてきた。これがIOCへの批判につながっているのだが、オリンピック貴族はその態度を一向に改めようとしない。

オリンピック大会期間中、競技場への選手優先を名目に、開催地の至る所で交通規制がされる。ただ、この中にはオリンピック貴族の私的な輸送も含まれる。北京五輪の期間中、万里の長城「八達嶺」が入場中止になり、北京市内からの道路が封鎖された。市内の交通はますます混乱した。実はこれ、IOC委員の物見遊山のためだった。

平昌五輪では選手村と競技会場が離れており、渋滞が発生すると選手が試合開始時間遅れる事態が何度かあった。IOC委員はというとアルペン・スキー競技会場の目の前にある豪華な新築リゾートホテルに滞在し、その部屋から優雅に雪景色と競技を楽しんでいた。

IOC関係者は東京五輪期間中に「The Okura Tokyo」など4つの日本の最高級ホテルに宿泊する。中には1泊300万円もする部屋もある。これを大会期間中の特別価格にすれば想像もつかない額になろう。当初は組織委が大半を負担する予定だったが、批判が相次ぎIOCが全額負担することで落ち着いた。

また、オリンピック貴族は大会期間中、毎晩のごとく贅を尽くした饗宴を開く。これについて組織委の森喜朗前会長でさえ、「同じ人がパーティーばかりやっている。そういうのはやめた方がいい」と批判したほどだ。東京五輪にはIOC関係者3000人、NOC関係者1万4800人が参加する予定だ。

もともと犠牲の上に立つオリンピック、がまんの限界に達したボランティア精神

オリンピックは基本的に、アスリートや開催地の住民ら様々な人々のボランティア精神の上に成り立っているが、すでにこの土台が崩れ去ろうとしているにしても、オリンピック貴族はその態度を改めない。

オリンピックは世界最高峰のアスリートが競演する大会であり、そのブランド価値はアスリートらによる身体表現から生まれる。だが、アスリートが「より速く、より高く、より強く」を実現できる環境作りがIOCの使命だ。「アスリート・ファースト(選手第一主義)」は大前提で、IOCや組織委がこれを盛んに喧伝すること自体が自己矛盾している。

選手の中にはオリンピックの開催頻度に不満を抱く者も多い。特に選手人生が短い競技で顕著で、4年に1度しかないオリンピックにその競技能力のピークを合わせるのは至難の業だ。ただ、マイナー競技に選手の場合、これを公に訴えることは少ない。大勢の観客が集まる唯一の晴れ舞台がオリンピックだからだ。

ボランティア人員は組織委が募集した大会ボランティアは8万人、東京都が募集する都市ボランティアが3万人の計11万人にも及ぶ。この多くは炎天下で観客の道案内のような内容だ。「やりがい詐欺」といわれても致し方ない。極寒期に開催された2018年の平昌冬季五輪では大会期間中、2000人ものボランティアが劣悪な労働環境を訴えて離脱した。

日本の納税者、大会ボランティア、そして五輪選手の悲鳴が日本中、いや世界中にこだましている。オリンピック・ビジネスはもう限界だ。現状のIOCとオリンピックは、もう要らない。


この記事は、米五輪専門メディア「Around The Rings」日本版(ATRJ)にも同時公開されます。筆者の小田光康さんはATRのボランティア記者として長野五輪からオリンピックを取材してきました。SAMEJIMA TIMESはATRJと連携し、東京五輪について報道していきます。

小田光康(おだ・みつやす)1964年、東京生まれ。麻布大学獣医学部環境畜産学科卒、及び東京大学運動会スキー山岳部卒。パブリック・ジャーナリスト兼社会起業家、明治大学ソーシャル・コミュニケーション研究所所長。専門はジャーナリズム教育論・メディア経営論。現在、東南アジアの山岳少数民族に向けた感染症予防メディア教育開発プロジェクトに携わる一方、長野県白馬村でコーヒーのフェアトレードとヒツジ牧場の経営を軸とした地域振興策に関わる。将来の夢は白馬村でコーヒー屋とヒツジ追いを経験したのち、タイ・ラオス・ミャンマーを転々とするオートバイの修理工とゾウと水牛の獣医師になること。写真はタイの屋台で焼き鳥にかぶりつく筆者。