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日本の検疫を通らず入国する米兵たち〜沖縄県民には米軍の感染状況を知る法的権利がある〜阿部藹

12月17日、沖縄県民に衝撃が走った。

日本政府が外国人の新規入国を原則停止し、厳しい水際対策を講じてまでその侵入を阻止しようとしている「オミクロン株」の感染者が、沖縄県で確認されたと発表されたのだ。さらに、この感染者が米海兵隊の基地「キャンプハンセン」(金武町)で働く男性で、この時点で基地内の海兵隊員に100人規模のクラスターが発生していると伝えられたことで、沖縄県内の緊張感は一気に高まった。

その後、さらに2人のオミクロン株の感染が確認された。しかし、基地での感染者については機器がないという理由でゲノム検査が行われておらず、これらの米軍の感染者が沖縄での「オミクロン株」の感染源になっているかは(それがもっとも説明がつく理由であるにもかかわらず)明確にすることができない。

そんな中、沖縄県では12月18日と19日の両日、キャンプハンセン内の従業員を対象として、ドライブスルー方式による無料の集中PCR検査を実施した。以降連日、基地従業員の中から「オミクロン株」の感染者が確認されている。

沖縄県総合運動公園 19日(日)午後1時。キャンプハンセン内の基地従業員を対象としたドライブスルー検査

日本政府は、すべての国と地域からの外国人の新規入国を原則停止する水際対策を11月30日から実施しているが、米本国から軍の航空機や船舶で直接基地や施設に到着する米兵については制限することができず対策の対象外にあり、日本の検疫を受けることもなく入国してくる。日本政府には彼らの基地内外での行動を制限する権限もなく、基地で働く地元住民もいる中で、フェンスを越えて沖縄県民のコミュニティに感染が広がっていると考えられるのだ。

米海兵隊基地「キャンプハンセン」19日(日)午前11時半ごろ。タクシーで外出する米兵の姿も多く見られた。

しかし、このように日本の検疫体制に大きな穴が存在し、公衆衛生に関する重要な情報について日本国民は目隠しをされた状態で日々を過ごしているという驚くべき実態は、“本土”ではあまり知られていない。

新型コロナウイルスが日本で猛威を奮い始めた2020年3月、筆者は在日米軍の存在が日本の防疫に及ぼすリスクについての論考を「論座」に発表した(『新型コロナウイルスで明らかになった「在日米軍リスク」』)。

この際、在日米軍が抱える公衆衛生上の問題について、事態に対処するための情報に住民がアクセスする権利を守るのは、国際人権法の観点から日本政府の責任であることを指摘した。今回は、当時の文章を引きながら、あらためて日本政府にはどのような責任があるのか問い直すことにしたい。

地位協定による日本の検疫体制の穴

沖縄県の「他国地位協定報告書」(平成31年)によれば、2011年6月時点で沖縄県の米軍駐留人数は約2万5千。しかし沖縄に配属された何千、何万という数の米兵が那覇空港などで列をなして入国審査や検疫を受けることはない。

データが公表されていないので正確な割合は不明だが、配属された米兵の多くは米軍の航空機や船舶で、基地などの米軍施設に直接到着することになる。

その入国手続きについては、日米地位協定第9条2項に「合衆国軍隊の構成員は、旅券及び査証に関する日本国の法令の適用から除外される」とあり、米兵が日本に入国する際、入国審査などの手続きは免除されることになっている。

それでは、検疫手続きはどうなっているのか? この点について、12月16日の参議院予算委員会での有田芳生氏の質問に対し、外務省が回答しているので引用する。

「米軍の施設区域において日本に入国する場合には米側の検疫手続きによること、となっているが、在日米軍からは水際対策を含む日本政府の方針に整合的な措置を取るという説明を受けている」(市川恵一北米局長) 

この発言は、基地などの米軍施設に直接到着する航空機や船舶については、日本側では検疫が行えないことをあらためて明らかにしたものだ。

日米両政府が1996年に合意した沖縄に関する特別行動委員会の最終報告(いわゆるSACO合意)の中で、検疫手続きについては「(1996年)12月2日の日米合同委員会により発表された更改された合意を実施する」と記載されている。

その合意の中身を見てみると、米国の検疫官が「検疫伝染病(現在は検疫感染症)」の患者を発見したときは、所轄の日本の検疫所長に通報するとあるが、そうでなければ検疫の基準、方法、結果を含めて米国側が日本政府に報告する義務はない。日本人が基地に入るためには身分証明書の提示や許可が求められるが、米兵やその家族が基地から外に出る際に日本側からは何のチェックも受けない。

つまり、米軍基地に到着した米兵は、日本の検疫を受けないままゲートを通過して周辺の町に足を踏み入れることができる。これと同様のことは、沖縄の米軍基地に限らず、日本各地にある在日米軍基地でも起きている。

先述したとおり、日本政府は外国人の新規入国を原則停止する水際対策を続けているが、米軍施設に直接到着する米兵については入国審査も検疫も実施できないので、拒否どころか把握することもできない。また、12月18日付の朝日新聞の記事によれば、沖縄県では基地内での感染が「オミクロン株」によるものか否かを判定するための解析を申し入れているが、米軍側は個人情報保護を理由に断っているため、基地従業員の感染と基地内クラスターの疫学的な関係は明らかになっていないという。(参照『オミクロン株感染、沖縄で新たに2人 米軍クラスターは計158人に』

松野博一官房長官は12月22日の記者会見で「米側からは今回のキャンプハンセンの陽性者について日本側の協力を得て変異株検査を行い結果を日本側に共有し、また米本国に検体を送付し、ゲノム解析を実施すると連絡があった」と明らかにしたが、すでにキャンプハンセンのクラスターは200人を超え、ほかの基地の日本人従業員にも「オミクロン株」の陽性者が出ている今となっては遅きに失したと言わざるを得ない。

キャンプハンセンがある金武町にて。19日(日)午前11時半頃撮影。米兵で席が埋まっている飲食店も。

国民の健康に関する重要な情報を提供するのかさえも、米軍側の理屈による恣意的な判断で決められているのが実態なのだ。

情報は健康に関する権利

米軍からの詳細な情報が得ることができない中で、基地従業員に対する集中検査を行っても、「感染源の特定」という公衆衛生上の要点を抑えるには不十分だ。感染症対策には正確な情報の把握が非常に重要であることを沖縄県民はあらためて痛感し、苛立っているところだと思う。

実は、情報が人々の健康を守る上で重要であり、健康に関する情報を得られることは人権であると国際的な人権基準においてすでに確認されている。国際人権条約での中でも最も重要な条約の一つであり、日本も批准している社会権規約には12条に健康に関する権利が明記されているが、この権利には「健康に関する情報へのアクセス」も含まれると理解されている(社会権規約委員会一般的意見14)。

日本も社会権規約を批准しているため、政府には住民が健康に関する情報にアクセスするために必要な措置を取る法的責任がある。

在日米軍基地で新規入国者にどのような検査が行われているのか、感染しているウイルスがどのような変異株なのか、感染が確認された米兵の隔離はどこでどのように行われているのか。現地雇いの従業員を含む濃厚接触者は何人で、どのような行動パターンを取っていたのか。

これら全ては、小さな島に米軍基地がひしめく沖縄に住む住民にとっては命に関わる重要な情報であり、これらの情報へのアクセスは健康に関する権利に含まれる。国民の命に関わる公衆衛生上の情報について政府や自治体が把握もできず、住民に公表もできない現在の状況は、日本政府による住民の健康に関する権利の充足義務違反であると言えるだろう。

沖縄県内で初めて「オミクロン株」の感染者が基地従業員の中から確認されたニュースの翌日(12月18日)に在日米海兵隊公式サイトを確認したが、基地内でのクラスターについての記述は一切なく、ツイッターとフェイスブックには「キャンプハンセン所属の軍人軍属が地元社会福祉協議会職員と軽石除去」という、マスクなしで作業する様子の写真を含む投稿があるのみだった。

ここからは、「良き隣人」として沖縄県民が健康な生活を維持するための情報開示を行う姿勢は見出すことができない。

沖縄県は2021年に「デルタ株」による全国最悪の感染状況を経験し、長い間続いた緊急事態宣言とそれに続く県独自の措置が11月にようやく解除され、経済活動がようやく戻りつつある段階だ。しかし、検疫体制の穴から漏れるリスクが放置され、公衆衛生の観点から必要な情報が得られないとなると、沖縄県民の長きに渡った忍耐と努力の成果が在沖米軍の存在によって失われかねない。翁長雄志前沖縄県知事は「基地は経済の阻害要因」であると繰り返し述べていたが、年末年始の観光シーズンを前にした大規模なクラスターの発生、そして「オミクロン株」の確認は、まさに沖縄の主要な産業である観光業に打撃を与えかねない。

もちろん、沖縄県だけでなく、在日米軍基地や施設を抱える日本国内の都道府県全てに共通するリスクでもある。

日本政府は在日米軍感染状況の「知る権利」確保を

2014年の第187回臨時国会において糸数慶子参議院議員(当時)が行なった「在日米軍基地において感染症が発生した際の情報交換に関する質問」に答え、政府は「広範な防疫措置が必要となった場合」は在日米軍の各病院の指揮官と、それが所在する地域を管轄する日本の保健所長が緊密に協力し、必要な措置をとることになっていると答弁している。

世界的な「オミクロン株」の感染拡大、そして日本が水際対策を徹底している時期にあることを鑑みれば、現在は広範な防疫措置が必要となる場合に該当する。

今から1年9ヶ月前に米軍嘉手納基地で初めての新型コロナウイルス感染者が確認された際、筆者は「日本政府は、まずは検疫体制の穴を埋め、在日米軍との緊密な連携を確保し、在日米軍、日本政府、そして沖縄県で感染者に関する詳細な情報をリアルタイムに共有する態勢を直ちに整える必要がある」と論じた。

しかし、松野博一官房長官は12月17日の記者会見で「新型コロナウイルス感染症の拡大を防止しつつ、在日米軍の即応性を維持することは極めて重要な課題であることから、日本政府としては米側に対し感染症拡大防止のための措置を一層徹底するよう求めていく」とし、隔離や濃厚接触者の追跡を求めたことを明らかにしたが、感染状況の情報共有について言及することはなかった。

また、先述した12月16日の参院予算委員会では、有田芳生参議院議員が10月に成田空港の検疫で陽性が確認された米兵が虚偽の申告のもと民間機で沖縄入りしていた問題に関して、事案の詳細や同じ機内に乗り合わせた日本人を含む濃厚接触者の数について質問したが、外務省は「米側の関係があるので答えを差し控える」と繰り返した。

米軍内の感染状況や経緯という「健康に関する情報」を知る権利の前に繰り返し立ちはだかる“軍隊の理屈”。これは過去にも感染症の拡大の要因になったことがある。1918年から1921年にかけて「スペイン風邪」が世界中で大流行し、多くの死者を出した。この新型インフルエンザは、当初アメリカの米軍基地で発生したが、第一次世界大戦中という状況下で情報統制が行われていたために予防措置が取られず感染が拡大、さらにヨーロッパへの派兵を通じて世界的な流行に及んだと言われている。“軍隊の理屈”によって情報を閉じることが多くの一般人の命を危険に晒すことになることは、歴史が証明している。

その後答弁に立った岸田文雄首相は「これは国民の命や健康にも関わる問題なので、何ができるのか林外相とも検討したい」と述べた。

岸田首相にはぜひ、米軍基地における新型コロナウイルス、特に「オミクロン株」を含む変異株に関連する公衆衛生上の情報について、国民の知る権利を確保するという日本政府の責任を全うしてもらいたい。これは、小さな島に県民と在日米軍が同居する沖縄で感染拡大を防ぎ、沖縄県民の命と健康を守るために不可欠であるとともに、日本政府が必死に食い止めようとしている変異株の国内市中感染を防ぐためにも欠かせない対策であると思う。


阿部 藹(あべ あい) 1978年生まれ。京都大学法学部卒業。2002年NHK入局。ディレクターとして大分放送局や国際放送局で番組制作を行う。夫の転勤を機に2013年にNHKを退局し、沖縄に転居。2015年から沖縄の抱える諸問題を国際人権法の観点から分析し、情報発信を行っている。2017年渡英。エセックス大学大学院にて国際人権法学修士課程を修了。2021年、沖縄の女性のエンパワメントのための事業を行う一般社団法人「IAm」を設立。