高齢者を見ていると食事中にむせることがよくある。それは嚥下機能低下に因るものだ。
私の90歳の母も時々はむせるが、嚥下機能はさほど低下していない。でも噛む力が弱くなっているので食べられるものが減ってきた。(嚥下機能とは、食べ物、飲み物を口から食道、胃へと送る一連の機能のこと。この機能が弱ると食べている最中にむせる、食べ物が喉に詰まるなどが起きる)
だからといって仕方ないと簡単にあきらめるわけにはいかないのが「食べること」だ。
食べることは生命維持に直結する。さらに食は日々の楽しみでもある。
母も食べることを楽しみにしている。だが私は、当初「噛めない」と言い出した母の食べられる物の種類が減ってきた、制限がかかってきたと受け止めてしまい、噛める食事を作らなければならないと思った。
でも、待てよ。食べられる物が減ってきたのではなく、食べられる物が変化してきたのだと考え方を変えてみた。加齢により皮膚にシワが増えるように。そうすると母の食事作りが億劫になっていた心が少し軽やかになった。
今、私は、仕事をしながら、自分の家の家事に加えて、母の昼食と夕食も作っている。
1️⃣ リンゴが噛めなくなってきた
母がリンゴを千切りにしたり、スライスにしたり、キッチン鋏で切り始めたのは、80歳を過ぎた頃だった。70代から上下義歯だったが、四つ切、八つ切りにしたリンゴはそれまで噛めていた。
90歳の今では、リンゴを噛んで食べることはなくなった。硬い果物なので仕方のないことだが、「若い頃は、丸ごとかじったのに」と嘆く母に私は苦笑いを返すしかない。老いたのだから仕方ないとは言えなかった。やがて私もこうなるのだ。
母は、どうしてもリンゴを食べたい時は、擦るか、千切りにした後でさらにキッチン鋏で細かく切る。しかし最近はそこまでしてまで食べようと思わなくなったのか、リンゴを人からもらうと私にくれる。
2️⃣ 肉が硬いと言い始めた
鶏の唐揚げ弁当、焼き肉弁当など市販の弁当も難なく食べていた母だったが、やはりリンゴが噛めなくなってきた頃から、キッチン鋏で肉を切り始めた。初めは半分、しばらく経つと四分の一、八分の一となり、そのうちにどんどん鋏を入れて、見た目にはそれが唐揚げとわからなくなった。それほど噛み千切る力が弱くなったのだ。
焼き肉も焼き鶏もキッチン鋏で刻んで食べるようになった。肉は焼くと硬くなるので、食べるのが大変になってきたと母は言った。
しかし私は、これなら噛めるだろうと思い作ったものがある。器具を使い人参をツマ切りにし、電子レンジで柔らかくした。いんげんは茹でて斜め細切りにし、しゃぶしゃぶ用の豚肉に巻いて焼いた。しゃぶしゃぶ用なら薄いので、焼いても噛めるだろうと思ったが、私が愚かだった。
スライスしてある豚肉は、蒸しても茹でても母には硬いので、ミンチを使うのが最適だとわかった。圧力鍋という手もあるが、時間的余裕のない普段の食事作りでは、使い勝手の良い、そしてたんぱく質も摂れる鶏肉を使うことが増えた。

母が噛めるように水量を多くして炊く
3️⃣ 柔らかいご飯がほしい
肉が噛み千切れない、噛み砕けない、果物が、お菓子が、とあらゆる食べ物が今まで通りに噛めなくなると、当然、噛みやすいご飯が食べたいと母は言い出した。
母の食事は、私が用意しているが、おかずは別に作っても、ご飯は別には炊かない。これをやっていたら本当に大変な手間となる。噛む力が弱ってきたとはいえ、雑炊ばかりでは、母も飽きてしまう。
炊飯時の水加減を迷っていると「ご飯に芯が残ってる」と母が言い出した。これ以上水を増やすと、一緒の炊飯器でご飯を炊いて食べている私と夫には炊き上がったご飯は柔らか過ぎて物足りなくなってしまう。
さてどうしようかと思ったが、幸い夫が「柔らかい分には消化も良いし、お母さんに合わせて炊けばいいよ」と言ってくれた。
米を2合炊くとき、水は2合半入れる。3合なら、水は3合半にする。そうすると芯のないご飯が炊き上がる。これは我が家の炊飯器の場合であって、他の炊飯器によって水量は異なるかもしれない。
4️⃣ やわらか食の手作りを始めたものの
ご飯も柔らかく炊いて、おかずも工夫し始めた。鶏のささみ、チーズはんぺん、鶏のひき肉、白身魚、おさかなソーセージなど、たんぱく質が摂取でき、噛みやすい食材が冷蔵庫に増えていった。
トマトは皮を湯向きし、噛み難い皮を取り除いた。胡瓜は器具を使いツマ切りにした。根野菜は圧力鍋で柔らかくしした。
インターネットで介護食レシピを探して参考にしてみたが、やわらか食を作るにはそれなりに時間がかかった。野菜を切って、肉を入れて、フライパンでささっと炒めて出来上がり!というわけにはいかないのだ。
野菜を使うにも、前もってレンジで柔らかくするなどの下ごしらえをしなければならない。仕事から帰り、食事の支度にとりかかる中でこの作業をするのは、なかなか大変だった。
母の介護は、食事だけではなく、トイレの掃除、買い物、ゴミ出しなどもしなければならないので、私ひとりではきりきり舞いとなる。
何事も母が先、とにかく先にやる。気づくとそうなっていた。時間配分として母の食事作りが先なのはよいが、そこに気持ちのすべてが持って行かれてしまうと自分が苦しくなる。
介護の基本は、自分中心だ。自分の時間を確保しないと介護は続けられない。身内の介護はいつまで続くかわからないので、前のめりにならず、自分に負荷をかけてはならないのだ。
ところが私は、いつの間にか母を優先し、そのせいで疲労が蓄積して母への言葉もきつくなる時があった。介護は、自己嫌悪の連続だとあらためて感じた。

容易にかめる、エビだんごのかきたま
5️⃣ 介護食は、ほどほどに手を抜こう
母の食事作り、母からのあれやってこれやっての要望に疲れきっている私に、夫が「こういう物があるよ」と教えてくれたのがレトルト介護食だった。パソコンの画面に美味しそうな鶏雑炊が見えた。
大手食品メーカーがレトルト介護食を販売している。「容易にかめる」「歯茎でつぶせる」「舌でつぶせる」などがある。(容易にかめる、歯茎でつぶせる、舌でつぶせる。これらは、ユニバーサルデザインフードの区分に属する。日本介護食品協議会が制定した規格)
お弁当では、特殊技術を使ったMFSムース食も購入することができる。母は、MFS食までは要らないが、先々のために知っておいた方が良い情報だ。
介護施設で寝たきりの方の食事介助をしていたとき、お正月に、MFSムース食のお節料理が提供された。見た目は黒豆だが、スプーンを入れたその瞬間の感触に驚いた。その柔らかさに感動した記憶がある。(MFSムース食とは、酵素の作用で食物を軟化させる製造技術を使い、味、見た目もほぼそのままの食事のこと。舌でつぶせる柔らかさ)
「何から何まで全部作らなくてもいいよ」「ほどほどに手を抜きながらやらないと身が持たない」
夫とふたりでそう話し合いながら、レトルト介護食を購入し、母の食事のメニューに取り入れてみた。

主食にレトルト介護食、副食は作る。
上の画像の食事は、主食にはレトルト介護食の「容易にかめる、煮込みハンバーグ」。副食に玉子焼きと柔らかく茹でたブロッコリーを添えた。
90歳の母の食事は、高タンパク質の食材を多用するように心がけているので、副食にも卵はよく使う。ほかによく茹でた菜っ葉のみじん切りやレタス細切りサラダなど自分たちが食べる物と同じ物をを細かく切り添える。副食は作っても主食にレトルトを使うと食事を作る負担が減るので、気持ちが楽になる。
介護食を試食してみたが、味もしっかりしていて美味しい。
レトルト介護食には肉じゃがやシチューもあるので、母はご飯にかけて食べている。高齢者が食するということで、喉に詰まらないように汁も多くしているようだ。

大手食品メーカーがレトルト介護食を販売している
今回は、母の食事作りに疲れてしまった私の経験を元に、ほどほどに手を抜くことも大事ということを書いてきた。
私がレトルト介護食を使うのは、主に夕食時だ。それは毎日ではなく、できる限り一日置きにしている。母が飽きてしまうのを避けるためだ。
ただ、一日置きでも私には十分に母の食事作りが楽になっている。介護食作りが大変だと思っている方には、レトルト介護食、弁当の宅配を使いながら、手間だけでなく心の負担も取り除いて欲しい。
「You are what you eat. (あなたは食べ物でできている)」の言葉通り、今、食べている物がこの体を作っている。
食は、生命維持のために重要であるだけでなく、文化的行為であり、生きていく上での楽しみでもある。現代の介護食は、栄養価のみならず、目と舌で楽しむということも大切な要素として取り入れている。作り手としては、これらを常に肝に銘じていたい。

橘 世理(たちばなせり)
神奈川県生まれ。東京農業大学短期大学部醸造科卒。職業ライター。日本動物児童文学賞優秀賞受賞。児童書、児童向け学習書の執筆。女性誌、在日外国人向けの生活雑誌の取材記事、記事広告の執筆。福祉の分野では介護士として高齢者施設に勤務。高齢者向け公共施設にて施設管理、生活相談を行なう。父親の看護・介護は38年間に及んだ。