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福祉・介護のある風景(26)介護事始め「散髪どうしよう」~橘 世理

高齢になるとできない事が増える。ひとつ、またひとつと増える。

私の90歳の母は「若い頃はこんな事、簡単にできたのに」と嘆く。

その母ができなくなってしまった事のひとつに外出がある。

歩行器で10メートル歩くとひと休みし、また歩きだすが、今度は10メートルも歩かないうちに疲れてしまい「帰る」と言い出す。

歩けなくなると困る事も増えてくる。

困った事のひとつに「美容室へ行きたい、でも行かれない」ということが起きた。

それならば車で連れて行こうと思ったが、背骨を圧迫骨折している母は、美容室で椅子に座っているのもつらい。洗髪の際には椅子の背もたれが倒され背中を伸ばすので苦しいのだ。

さて、どうすればいいのだろう。私は頭を抱えた。

(1)大学病院内の美容室を予約してみた

月に一度は美容室へ行っていた母だったが「美容室で長い時間座っていられない、つらい」と言い出した頃から、伸びた髪を黒いパッチン止めを使い無造作に留めるようになった。

若い頃からいつも髪を綺麗にまとめていただけに、老いを感じざるを得なかった。

私は、母の髪を染めることはできても、カットは二の足を踏んだ。

やはり他人の髪を切るのは私には難しい作業だ。自分の髪を切るのとはわけが違う。

そこで通院していた大学病院内にあるカットハウスを利用する事にした。

病院内のカットハウスは、主に入院患者が利用するが、通院者でも構わない。

院内のカットハウスを選んだ理由は、カットの途中でトイレに行きたくなったとき、車椅子で多機能トイレへ連れて行かれるからだ。

ただ、カットハウスが開いているのは、あまり見たことがなかったので不安はあった。

パンフレットには、火曜日と木曜日が営業日と書いてある。営業時間は午後4時まで。予約はスムーズにできるのかどうか、様々な事が気になった。

さて、まずは予約専用の電話番号にかけてみることにした。誰もでなかった。

これが4回以上続き、留守電にメッセージを入れたがその日にはかかってこなかった。

折り返しの電話を受けたのは、翌日だった。

院内のカットハウスは、登録美容師たちが持ち回りで店を開けていた。そのため、予約電話が鳴っても仕事中だと電話に出られないと言われた。

当日、店にいたのは背の高い男性美容師だった。

男性美容師に髪を切ってもらった経験のない母は気鬱になり、美容師は親切だったが、大きな手で頭をいじられたのが恐かったと言った。

病院内の美容室は、登録美容師の持ち回りなので、誰が来るかわからない。

男性か女性かもわからない。母が「もう行かない」と言ったのでそれきりとなった。

(2)出張美容師もいるけれど

自宅から外出できない高齢者のために、出張してくれる美容師もいる。

「今まで通っていた美容室に出張できるかどうか、訊いてみたら?」

知人にそう言われて私はその気になったが、母は渋い顔をした。

母には、この人たちなら自宅訪問は構わないと思っている人たちがいる。それは訪問クリニックの医師と看護師、ケア・マネージャー、福祉用具会社の人、訪問マッサージ、そして馴染みの電気店の社長だ。

その他の人たちを自宅に上げるとなると、母は掃除や片付けをしなければ気が済まない。そうなると一生懸命にやり過ぎて訪問前に疲れてしまう。

こちらも寝込まれては困るので、母の気の進まない来客の機会は避けるようにしている。

結局、母は「変になってもいいから、あんた切ってよ」と言い出した。

※「出張美容師」(訪問美容)

病気や怪我、育児、高齢、要介護などで美容室へ出向くのが困難な方に対し、自宅、施設、病院を訪問し、カットやカラー、パーマなどの施術を行うサービス。「美容所以外の場所で美容の業を行ってはならない」と美容法で定められているが、適切な手続きを行えば合法的に美容所以外の場所でも提供できる。手続きをした美容師のみ訪問できるため、利用希望の場合は、予め訪問美容を行っているか否かを確かめる必要がある。

(3)家でカットするしかない

大学病院内のカットハウスは一回で懲りてしまった。訪問美容師に自宅に来てもらうのも気が向かない。そうなると母の癖のある髪は、私がカットするしかない。

溜息をついていると、「お母さんさえ良ければ俺が切るよ」と夫が名乗りを上げてくれた。

そうだった! 夫は自分の母親の髪を切っていたのだ。

夫が髪を切ってくれることを母に話すと、二つ返事で快諾してくれた。

母よりも私が大きく安堵し、ひとつ肩の荷が下りた。

スプレイボトルの水を吹きかける


母の髪を切る前に、夫はYouTubeでカットのやり方を確認していた。

失敗しないコツは、よく切れるハサミと櫛を使いながら、少しずつ切ることだそうだ。

それは蕎麦を茹でる際の火加減同様に、弱火でゆっくり茹でるのと似ている。

※夫の場合、散髪時には髪を梳いてカットするのに便利なプラスチック製のヘアカッターという道具も使っている。

ヘアカッター。毛をカットし過ぎない。


夫が母の髪を切り始めて10カ月が過ぎる。最近では、母も緊張せず、夫も母の髪の癖に慣れたので、カットする時間も初めの頃よりも随分と短くなった。

襟足を整えるのも慣れてきた


散髪は、頭部の衛生状態を保ち、尚かつ、髪型という見た目の衛生を保つためにも重要だ。

私の母の髪は、家で切ることができたので解決したが、誰もが自宅でできるわけではない。その際は、上述したように訪問美容という手もある。

相談する人もいないときはどうすればいいのか?

介護認定を受けている場合は、ケア・マネージャーに相談してみるのが良い。

介護事業所には、様々な情報が集まっている。

他には、地域包括支援センター、役所の福祉課なども窓口として機能している。

散髪に限らず「困ったな」が出てきたとき、自分で調べるのも良し、役所などに頼るのも良し。

役所などに尋ねた場合、申請した方が良い、この団体に問い合わせた方が良いなど、自分では辿り着けない解決方法が見つかることもある。

『介護事始め』は、福祉・介護のある風景の記事の中で、介護が始まりそうな兆候の気づき方、困った事が起きたときはどのように対応すれば良いのか、筆者の在宅介護経験を基にその方法を書いている。

これまでに掲載した介護事始めの記事です。

写真:橘 世理

橘 世理(たちばなせり)

神奈川県生まれ。東京農業大学短期大学部醸造科卒。職業ライター。日本動物児童文学賞優秀賞受賞。児童書、児童向け学習書の執筆。女性誌、在日外国人向けの生活雑誌の取材記事、記事広告の執筆。福祉の分野では介護士として高齢者施設に勤務。高齢者向け公共施設にて施設管理、生活相談を行なう。父親の看護・介護は38年間に及んだ。

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