実家の近所に木造の2階建てのアパートがある。
1階と2階で4世帯ずつ入居でき、今はふた部屋が空室となっている。
このアパートは、築30年ほど経っており、1階に20年ほど居住している夫婦がいる。
実家の近くということもあり、アパートで起きた出来事も見てきた。
その中でもとくに印象に残った出来事がある。
そのアパートには5人の独居の高齢者がいた。その内、3人が男性、2人が女性であった。
3人の男性はいずれも短い間にそれぞれ孤独死をした。
女性の住人は、ひとりは施設へ入所、ひとりは入院をしたと聞いている。
高齢者の独居は、今も昔もあるけれど、なぜか昔よりも現代の方が悲壮感が漂うのは、家族や隣近所との様々な理由からの希薄な関係が背景にあるからだろうか。

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1️⃣ 独居の理由はさまざま
高齢者がひとり暮らしの場合、どのような理由からひとり暮らしになっているのか。
福祉施設勤務という職業柄それを訊く場合があるが、単刀直入には訊ねない。
まず、緊急連絡先届に記入してもらう際に、ある程度の見当をつける。
緊急な事が起きた場合の連絡先が「兄弟姉妹」「甥/姪」「友達」と記載されたときは、おひとり住まいですか?と訊ねることにしている。
実家の近くのアパートで起きた孤独死が常に頭にあるからだ。
福祉施設に来るはずの日に来ない、誰かが電話してもまったく出ない。そのような時が続いた際は、とくに独居の方にはすぐに電話を入れる。
もし、出ない場合は、緊急連絡先になっている方へ連絡をする。万が一の出来事が起きているかもしれないからだ。
職場では、独居の理由までは訊ねないが、自主的に話してくれる人もいる。子どもが独立し、配偶者に先立たれた人もいる。そもそも独身の人もいる。パートナーと離別・死別の人もいる。
独居になろうとも、誰もがその人なりに精一杯生きている。
以前、突然、意識を失ったなど、なにかあった際に必要なので、緊急連絡先届に緊急連絡先を書いてくださいと頼んだら、「〇〇区役所、福祉課」と書いた人がいた。
生活保護を受給しており、兄弟とは縁を切っているという。
やむなくの縁切りではなく、不仲だと言った。
様々な人たちがそれぞれの事情を抱えて生きていることをあらためて思い、その複雑な背景に溜息が出た。
2️⃣ 高齢男性の方が社会から遠ざかる
最近は、定年退職後も再雇用で働き続ける人が多い。
或いは、まったく別の会社で働く人もいる。
ただ、それも70代になると体力の衰えから、仕事をすっぱり辞めてしまう人がいる。
私は仕事柄、そのような人と会う機会がある。
既婚の場合は、妻側の愚痴を聞くことが多い。
「うちのお父さん、困っちゃうのよ」「うちのダンナ、ずっと家にいてさ」
妻にすれば、結婚後、何十年もの間続いた平日昼間の自分の時間を潰されて嫌だという思いがあるのだろうか。
そのような男性の中には、妻に引っ張られ、地域のコミュニティセンターや福祉施設で開催されている体操教室へ行く人もいる。
タイミングよく囲碁、将棋、麻雀サークルに入る人、囲碁はやるけれど群れるのが嫌いなので単独行で相手を探す人。様々な人がいる。
ひとりでも出かけて行って何かをやろうとする人は良いけれど、誰も誘わなければ家からでなくなる人がいる。これが行き過ぎると、誘われても頑なに拒否をするようになる。
妻からは、「夫が家にばかりいるから体に悪い。どうやって引っ張りだそうか考えている。何か妙案はないか?」と相談を受けることがある。
妻にすれば、昼間の時間に家にいられる窮屈さに耐えられない。それ以上に、70代で徐々に認知機能が下がってきているのだから、それが加速するのは堪ったものではないということらしい。
このような相談を受けるのは、今のところ夫が会社員だった人しかいない。
自営業だった人から相談を受けたことがないのは、自営業者は体が動くうちは働く人が多いからだろうか。
家に籠り始めた夫の連れ出しに上手く行ったケースとしては、麻雀のできる夫を指導者にして、今、流行りの麻雀のサークルをつくった妻がいる。
公的施設で無料の貸室を使い、講師料はもらわない。
人に頼られる、人に教える、これがその夫に活力を与えているのだ。
残念なケースもある。
頭と体の運動教室に参加を申し込んだ70代の夫婦がいた。家に籠る夫を外へ連れ出そうとしたのだ。ところが夫が運動教室には行かないと言い出したので、妻も「私ひとりでやっても仕方ない」と言い出し、結局、ふたりともキャンセルとなってしまった。
嫌ならやらない方が良いと思うだろうが、高齢の場合は、これが廃用症候群へつながることもある。
私は、残念なケースに接すると、その先の高齢者孤立が見えてしまうのでどうにか助言もしたいけれど、個人の意思を尊重することも大事なので、沈黙してしまうことも少なくない。

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3️⃣ 猫のおばさんと救急車おばさん
実家の近所のアパートの2階に「猫のおばさん」と呼ばれた独居の老婆が暮らしていた。
息子がふたりいると聞いたことがあるが、おばさんの後見人は、実姉だった。
猫のおばさんは、婚姻中に脳梗塞を患い、右半身に軽い麻痺と言語障害が遺った。
その後、離婚して、おばさんの夫は他の女性と再婚し故郷へ帰ってしまったという。
おばさんは、離婚を望んではいなかったようだ。
杖の代わりに閉じた傘を突き、買い物の荷物を道に擦りつけながら歩いていた。半身が不自由なために、右脚は引きずっていた。
荷物をアパートの階段にぶつけながら上がるので、レジ袋が破けて、中身が袋から出てしまったことがあった。たまたまその光景に遭遇した私は、階段まで駆け寄り、中身を拾ってあげた。
猫のおばさんの家には洗濯機が無いので浴室で洗濯をする。不自由なく使える左手だけでは、洗濯した衣類はきちんと絞れない。絞れないまま2階のフェンスに干すので、階下へ水がぼたぼたと落ちる。
階下の住人が置いたプラスチック蓋付のゴミ箱の上に遠慮なく落ちる。
自転車のサドルにも水が落ちていたので、階下の住人は自転車を移動させた。
おばさんが、夜の10時にプラスチックの衣装ケースをアパートの階段から下へ落としたことがあった。
大きな音がして、外を見てみると、パジャマ姿の猫のおばさんが階段の上にいた。
煩いのだが、障害があり、皆がおばさんを哀れんでいることもあり、誰も何も言わない。
このような出来事が、度々起きていた。
そのアパートでは、孤独死があったせいか、独居のおばさんが生きているので、私は、まあいいかとおばさんの行為には目を瞑るようにしていた。
ある時から、野良猫に餌をやっていたおばさんの姿を見かけなくなった。
しばらくすると介護ヘルパーのような人たちが数人でおばさんの家の荷物を廊下へ出したり、階段の下へ積み始めた。
積まれた荷物を運ぶのだろうと思っていると、街を回る市の清掃車がアパートの敷地に入って来た。荷物は次々に清掃車の中へ消えた。
そのような光景を初めて見たので私は面食らった。
ホットプレート、ひとり暮らしには多すぎる布団、明らかに結婚していた時の物、家族で暮らしていた時の物だった。それらの荷物が見ず知らずの他人の手でゴミとして消える光景を見ながら、私は胸の詰まる思いがした。
猫のおばさんは、施設ではなく、精神科へ入院したのだと近所の人から聞いた。
その隣に住んでいた週に3回は救急車を呼んでいたおばさんも、猫のおばさんの後を追うようにアパートからいなくなった。こちらは施設へ入所したという噂を耳にした。
冒頭で記述したように、猫のおばさんが住んでいたアパートでは孤独死が3人出た。
そして猫のおばさんともうひとりの女性は、日々の行動に問題があり、度々、住人などからアパートの貸主へ文句が伝えられた。
そのためなのだろう、現在になっても、そのアパートに独居高齢者の姿はない。
孤独死が起きた部屋のひとつは、扉の前にハエの群れがあり、腐敗臭がすると隣室の住人から貸主へ連絡があり、発見された。
発見が遅れたためか、特殊クリーニングの後も2年間は、部屋を誰にも貸し出さなかった。
高齢者の独居が孤独死へ直結するわけではないが、珍しくはないという現実があることも事実だ。
様々な理由から高齢者はひとり暮らしをしている。
子どもなどの家族ができる限りの介護サービスや最近の通信技術で支えられればいいが、そうできない家族もいる。天涯孤独な人もいる。
いつも思うのは、血の繋がりよりも心の繋がりの大切さだ。
ひとり暮らしの高齢者に気軽に声をかけて、親しくなれる社会になれば良いと思う。
年齢や性差に関係なく、互いを気遣い、優しくなれる社会になれば良いと切に願う。
写真:橘 世理
※本文中の写真は、記事に出てくるアパートとは関係ありません。

橘 世理(たちばなせり)
神奈川県生まれ。東京農業大学短期大学部醸造科卒。職業ライター。日本動物児童文学賞優秀賞受賞。児童書、児童向け学習書の執筆。女性誌、在日外国人向けの生活雑誌の取材記事、記事広告の執筆。福祉の分野では介護士として高齢者施設に勤務。高齢者向け公共施設にて施設管理、生活相談を行なう。父親の看護・介護は38年間に及んだ。