東京地検特捜部が自民党きっての脱原発派として知られる秋本真利衆院議員の事務所を家宅捜索し、強制捜査に乗り出した。風力発電会社から3000万円を賄賂として受け取り、国会質問で洋上風力発電プロジェクトの入札基準見直しなどを求めた疑いがあるという。
秋本氏はただちに外務政務官を辞任し、自民党も離党。秋本氏の弁護士は3000万円を受け取ったことを認める一方、この会社の社長とは馬主仲間で、3000万円は馬の購入代金などにあてたもので賄賂ではないと主張している。
秋本氏側の主張が事実であれば、贈収賄にはあたらない可能性もあるが、検察は馬の購入代金を装った賄賂であるという構図を描いているのだろう。このあたりは捜査の推移を見守るしかない。
贈収賄にあたるかどうかはさておき、秋本氏は再生エネを推進する立場にありながら、再生エネ企業の社長と多額の現金をやりとりする私的関係にあったことは、政治不信を招く行為であり、少なくとも政治家としてのモラルに反する。強制捜査を受けた後、記者会見を開いて自らの言葉で説明しないまま、外務政務官を辞任し、自民党を離党したことも、批判を免れない。
その前提を確認したうえで、この事件には岸田官邸の意向に沿った「国策捜査」の匂いが漂うことは指摘しておきたい。
テレビ新聞の主要メディアが、岸田文雄首相の最側近である木原誠二官房副長官をめぐる疑惑(木原氏の妻が元夫の不審死事件の重要参考人として警視庁に事情聴取されながら、木原氏の妻であるという理由で捜査が不自然に打ち切られたことを追及する週刊文春のキャンペーン)を黙殺しながら、秋本氏に対する東京地検特捜部の強制捜査は大々的に報道しているのも、おかしな話だ。
捜査当局がもみ消す事件は報道せず、アピールする事件だけを報道するのなら、それは「政府広報機関」そのものである。改めて国家権力の意向に従った報道ばかりが目立つマスコミの現状にも疑問を投げかけたい。
秋本氏への強制捜査に「国策捜査」の匂いを感じる根拠を掲げていこう。
①秋本氏は自民党きっての脱原発派、再生エネルギー推進派だった
岸田政権は現在、原発をエネルギー政策の根幹に再び位置付け、原発再稼働を推し進めている。福島第一原発事故の反省から生まれた「脱原発」の流れを完全に止め、「原発国家」への逆戻りを志向するものだ。安全保障の面からも経済政策の面からも時代錯誤が甚だしい方針転換である。
岸田政権は「防衛力の抜本的強化」を掲げ、防衛費を大幅増額してミサイルや戦闘機を米国などから大量購入しているが、どんなに防衛力を増強しても、日本列島に立ち並ぶ原発は相手国にとって格好の標的だ。ミサイルばかりかテロの標的にもなり、これほど安全保障上の脅威はない。防衛力の抜本的強化と原発推進は真っ向から矛盾する政策である。
経済産業省や電力会社がアピールする「再生エネは高コスト、原発は割安」も大嘘である。電力会社や原発メーカー、原発立地自治体などの原子力ムラに対して、私たちの税金を原資とする補助金を様々な名目で大量に流し込んで保護する政策をとってきただけの話だ。原子力ムラにとって「安くつく=儲かる」ということであり、国民にとっては「高くつく」のである。
「安全コスト」「事故への補償」「使用済み燃料の処理」などを含めると原発ほど高くつくエネルギーはない。先進国では「原発は重厚長大の旧産業」「未来に向けて採算があわない」という評価が定着しているからこそ、再生エネへのシフトが急速に進んでいるのだ。原発は「安全面への不安」だけでなく「経済政策」としても時代遅れなのだ。
岸田政権は国際的潮流と逆行してまで原発再稼働を推進しているのは、自民党や電力会社を潤わせてきた「原発利権」を維持したいだけの話である。
自民党内で「脱原発」「再生エネ推進」を公然と唱える秋本氏はうっとうしい存在であったことは間違いない。秋本氏を「国策捜査」の標的とすることは、脱原発派・再生エネ派の動きを止める絶大な効果をもたらす。
②秋本氏は「岸田おろし」を画策する菅義偉前首相や「ポスト岸田」を狙う河野太郎大臣の側近だった
菅前首相は自民党内で自前を派閥を持たないが、どの派閥にも属しない無派閥議員を緩やかに束ね、一定の勢力を維持してきた。秋本氏は「菅グループ」の一員であり、菅政権が「2030年の温室効果ガスを2013年度に比べて46%削減する」という政府目標を掲げたことを後押しした。
河野氏は脱原発が持論だ。菅氏の後押しを受けて前回総裁選に出馬した際は脱原発の主張を抑えたが、秋本氏とは「脱原発」「再生エネ推進」の立場で連携してきた経緯がある。
菅氏は岸田政権で二階俊博元幹事長とともに非主流派に転じており、8〜9月の内閣改造に向けて「岸田派ー麻生派ー茂木派」の主流派体制を組み替えることを狙って茂木敏充幹事長の交代を迫っている。さらに首相最側近の木原誠二官房長官をめぐる文春の疑惑追及キャンペーンの背後に菅氏の存在を指摘する声も永田町にはくすぶっている。このため、秋本氏への強制捜査を岸田首相側による「反撃」ととらえる向きもある。
河野氏はマスコミ世論調査で「次の首相」トップを走ってきたが、マイナンバーカードをめぐるトラブル続出で失速し、ポスト岸田に黄信号がともっている。側近である秋本氏への強制捜査はそこへ追い討ちをかけるものといえるだろう。
③岸田政権直撃のスキャンダルが続出する状況で秋本氏への強制捜査は着手された
岸田首相が6月解散を見送った後、政権への逆風が吹き荒れ、内閣支持率は続落している。首相長男の秘書官更迭に続いて、マイナンバーカードをめぐるトラブル続出が大問題に。さらに週刊文春が追及する「木原疑惑」が襲いかかり、松川るい参院議員が率いる自民党女性局の「パリ漫遊」海外視察が発覚した。
自民党内では早期解散論が雲散霧消するどころか、来年秋の自民党総裁選までに岸田首相は衆院解散に踏み切れず、そのまま勇退するとの見方も強まっている。
政権直撃のスキャンダルから世論の目をそらすには、他のスキャンダルをつくるのが常套手段だ。菅氏や河野氏の側近である秋本氏への強制捜査は、木原疑惑に比べ、岸田官邸への「直撃度」は少ない。秋本氏への強制捜査は岸田官邸の意向に反するどころか、忖度したものといえるだろう。
検察側の事情も見逃せない。
東京地検特捜部は折しも、河井克行元法相の選挙買収事件で広島市議らの供述を誘導した問題で批判を浴びている。このスキャンダルからマスコミや世論の目をそらすためにも、新たな事件を動かすのは効果的だ。検察を担当するマスコミ各社社会部は、検察捜査情報をリークしてもらうため、検察批判を避ける傾向が強い。秋本事件に着手すれば、マスコミ各社は「特捜部取材」で競い合う状況になり、「ネタ欲しさ」から河井事件の批判を手控えるという読みもあるだろう。
さらに検察庁は安倍政権下で菅氏と検察人事で対立した経緯もある。菅氏は当時、官房長官として「官邸の守護神」と呼ばれた黒川弘務氏を検事総長に起用することを画策した。この目論見は黒川氏の「賭け麻雀」スキャンダルで吹き飛んだが、「検察vs菅」の確執はいまも尾を引いている。河井元法相も菅側近の一人だった。
以上、秋本氏への強制捜査には岸田首相の意向を汲んだ「国策捜査」の匂いがプンプンする。木原疑惑を黙殺するマスコミ各社が、秋本事件を大々的に報じているのも気味が悪い。
検察は悪徳政治家を裁く「正義のミカタ」ではない。時の最高戦力者の意向を踏まえ、政権にとって都合の良い捜査を推し進め、都合の悪い捜査は手控える「権力者の政権維持装置」という側面が強いのだ。
本来は検察権力を監視する責務を担うはずのマスコミ各社は、検察と一体化し、検察の言うがままの事件ストーリーを世の中に撒き散らし、世論操作に加担する。ジャーナリズムとしてあるまじき光景を、私たちはこれまで何度も繰り返し目の当たりにしてきた。
私は秋本氏を擁護するつもりはないし、冒頭に述べたように、政治不信を招いた責任は免れないと考えている。その一方で、この事件を推し進める検察の思惑、さらにはその背景にある岸田政権の延命策にも目を凝らしていくことが、本来のジャーナリズムのあり方であることも忘れてはならない。