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菅首相は「感染拡大防止」に失敗したことを認めて国民に謝罪すべきだ〜「感染拡大防止」から「医療提供体制の確保」へ政策目標のなし崩し的変更を許さない

菅義偉首相は8月17日の記者会見で、9月12日まで延長する緊急事態宣言について「今回の宣言を解除する前提は、国民の命と健康を守ることができる医療提供体制の確保」と述べ、新規感染者数よりも病床利用率や重症者数など医療提供体制の負荷に着目して解除の是非を判断する考えを示した。コロナ対策の政策目標を従来の「感染拡大防止」から「医療提供体制を整備して死亡・重症化を抑制すること」へ変更するものだ。

専門家として政府のコロナ対策を主導してきた尾身茂会長は同じ会見で「すでに感染しても即入院は必要ないという弾力的な運用になっている。ワクチン接種が進んで、いずれインフルエンザのような時代になる」と述べ、近い将来にはコロナを「ただの風邪」として扱う検討に入るとの見通しを示した。

菅政権が「重症以外は入院拒否」という方針を突然打ち出した今月始め、私は、菅政権がコロナを「ただの風邪」と認定して感染拡大を受け入れる方向に舵を切ったと当欄で解説した。今回の記者会見もその流れに沿ったもので、感染拡大防止を最優先に掲げてきた従来のコロナ対策の根幹的変更といえる。

コロナを「ただの風邪」として受け入れる方向にこっそり舵を切った菅政権〜「感染拡大防止の放棄」をごまかすな!

私はそもそも政府発表の「感染者数」を重視してコロナ対策を議論することに極めて懐疑的だった。なぜなら、日本政府は当初から、病床や医療スタッフなどの医療提供体制を増やすのではなく、PCR検査を抑制して患者数を少なくみせかけることで医療崩壊を防ごうとしてきたからだ。実態を反映していない「感染者数」に一喜一憂するのは対策の方向性を見誤る、無症状者を含めた実際の感染者数は桁違いに多いだろう、検査体制や医療提供体制の拡充こそ最優先すべきだ、と考えてきたのだった。その立場からすると、「医療提供体制の確保」へ政策目標を転換することは、感染爆発が起きた現実を直視した適切な判断であると思う。

しかし、看過できないのは、この政策目標の転換が、感染爆発と医療崩壊という差し迫った現実に直面して、国民に対する十分な説明がないまま、なし崩し的に行われたことだ。

一年半にわたり「感染拡大防止」を最優先に掲げて国民に一方的に行動自粛を求めてきた政府や、そのような政府の要請を無批判に垂れ流してきたマスコミ報道によって、日本社会には隅々まで「感染拡大防止がコロナ対策の最優先課題」という意識がすっかり浸透している。十分な説明がないまま、なし崩し的に「感染拡大防止」の旗を降ろして「ただの風邪」として受け入れる方向に舵を切ったら、国民の多くはついてこれず、社会不安や混乱が増大するのは間違いない。

感染拡大防止を最優先目標から降ろすしかなくなったのは、感染爆発と医療崩壊の現実を覆い隠すことができなくなったからだ。つまり、感染拡大防止を最優先に掲げてきた日本政府のコロナ対策は失敗に終わったのである。まずは菅首相が感染爆発と医療崩壊を招いた「政策の失敗」を率直に認めて国民に謝罪し、これまでコロナ対策を主導してきた担当大臣や専門家(この中には尾身会長も含まれるだろう)の結果責任を問うて更迭し、体制を一新して出直すべきなのだ。そこまでしてはじめて国民は「政策の転換」が必要なことを理解し、それを納得して受け入れるのである。しかし、菅首相も尾身会長も「政策の失敗」をあいまいにしたまま「政策の転換」を進めようとしているのだ。

菅首相と尾身会長の記者会見で不可解だったのは、官邸記者クラブの政治記者たちが、国民の命を生活に直結する重大な政策目標の転換について、誰も突っ込んで質問しなかったことである。記者会見翌日の新聞各紙はいずれも「感染拡大防止」を軸にした紙面展開を続けており、政策の最優先課題を「医療提供体制の確保」に変更する菅政権の意図を知覚して報道するには至らなかった。マスコミは「少なく見せかけた政府発表の感染者数」に一喜一憂し、「感染拡大防止」の政策目標を無自覚・無批判に垂れ流してきたため、この重大な政策目標の転換に気づかなかったのかもしれない。

マスコミがそうなら、国民の多くがそれに気づくことはなおさら難しいだろう。政府は「感染拡大防止」の旗を降ろしつつあるのに、国民の多くは「感染拡大防止」は今後も最優先課題であり続けると信じているという、なんとも不健全な社会の状態が生じているのだ。すべては菅首相が「感染拡大防止の失敗」による感染爆発と医療崩壊の現実を率直に認めて国民に謝罪していないせいである。

菅首相にとって、9月12日に緊急事態宣言を終了できるかどうかは、政権を継続できるか、退陣に追い込まれるかを左右する重大な問題だ。

自民党総裁選は9月17日告示ー同29日投開票の日程で調整が進んでいる。菅首相は総裁選がはじまる前に衆院を解散して総裁選を凍結し、衆院選に勝利した後で総裁選に無投票再選を果たす戦略を描いてきた。しかし、緊急事態宣言中はの衆院解散するのは困難だと見方が永田町の大勢だ。9月12日にさらに緊急事態宣言を延長することになれば「9月解散」の見送りは決定的となり、菅首相の再選戦略は大きく崩れる。自民党内で「菅降ろし」が拡大し、総裁選不出馬に追い込まれる可能性も出てくる。

9月12日時点で感染者数が大きく減少していることは想定しにくく、菅首相も「9月解散」を事実上断念したとみられるが、それでもなお「9月解散」の余地を残して求心力の低下を防ぐため、宣言解除のハードルをできる限り下げておきたい。「感染者数」に代わる「医療提供体制の確保」を宣言解除の指標に掲げた背景には、そのような政治的思惑もある。国民に対して明確な説明を避けるのはそのような背景があるからだろう。

9月12日の宣言解除が政局優先で判断されるとしたら非常に危険だ。この国はいま、首相が自民党総裁選の再選を画策する「権力闘争」と並行して、感染爆発や医療崩壊の「危機管理」を担うという、極めて危うい状況にある。

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