自民党総裁選は麻生太郎氏と菅義偉氏のキングメーカー争いだ。双方の思惑が入り乱れるなかで11人が出馬を目指す大混戦の様相を呈している。
現時点では菅氏が担ぐ小泉進次郎氏が優勢との見方が広がっている。麻生氏はこれに対抗し、候補者の大量出馬を後押しして乱戦に持ち込み、小泉氏が第一回投票で過半数を獲得することを阻んで決選投票で2位以下の多数派工作で逆転する作戦だ。
具体的には麻生派から河野太郎氏、茂木派から茂木敏充氏、岸田派から林芳正氏(さらには上川陽子氏)の出馬を後押しし、さらには若手代表の小林鷹之氏の出馬を側面支援している。決選投票で2位に勝ち残った候補にアンチ菅・アンチ進次郎票を集結させる狙いだ。
石破茂氏や高市早苗氏は麻生氏と距離があり、麻生氏の意向に従うかどうかは定かではない。麻生氏としては、第一回投票で進次郎氏が過半数を獲得するか、決選投票にもつれ込んでも石破氏や高市氏が2位に残る展開は避けたいところだ。
もうひとつ、麻生氏にとって要警戒なのは、林氏である。
林氏は岸田派ナンバー2で63歳。世襲4世で東大→ハーバードの超エリートだ。宏池会(岸田派)では早くからプリンスと呼ばれ、岸田文雄氏以上に将来の首相候補と目されてきた。官房長官、外務大臣、文科大臣、農水大臣、防衛大臣を歴任し、華麗な経歴だ。岸田氏よりも先に総裁選に出馬したこともある。
地元・山口で安倍家と林家は世代をまたがった宿敵で、林氏は安倍晋三氏に参院から衆院への鞍替えを阻まれてきた。宏池会の第8代会長である古賀誠氏は、2012年に安倍氏が自民党総裁に復帰した際に政界引退を決意し、後継会長に安倍氏と同期の岸田氏を指名した。本命は林氏だったが、参院議員では首相候補になるのは難しいうえ、安倍氏との距離を考えて岸田氏に会長職を譲ったのだ。
しかし宏池会内では林氏こそ本流であり、岸田氏がまさか3年も首相を務めるとは誰も思っていなかった。林氏は岸田政権下でついに衆院鞍替えに成功し、外務大臣に就任。岸田首相は林氏を警戒して外相を交代させ、同じ岸田派の上川陽子氏を後継に起用したが、裏金事件で安倍派の松野博一官房長官が退陣する政権の危機で林氏を官房長官として閣内に引き戻すしかなくなったという経緯がある。
岸田派ナンバー2として、内閣の要の官房長官として、岸田首相をもっとも支える立場にあり、岸田首相が総裁再選を目指すのなら、林氏は出馬できないところだった。だが、岸田首相が出馬を断念したことで、ついに出番が回ってきた。
第四派閥の岸田派が2代続けて首相を輩出するのは困難だが、林氏としてはまずは名乗りを上げて首相候補としての立場を強固のものとし、岸田派を林派に衣替えすることが今回の最大の狙いだろう。麻生氏と菅氏のキングメーカー争いのなかで、決選投票でキャスティングボートを握り、勝ち馬に乗って幹事長などの要職を狙う思惑もあるとみられる。
もともと麻生氏に担がれて総裁選に勝利した岸田首相と違って、林氏は、麻生氏の地元・福岡での宿敵だった古賀氏と親密で、麻生氏とはソリが合わない。麻生氏は林氏の官房長官就任にも最後まで抵抗した。上川氏をポスト岸田候補として持ち上げたのも、林氏への牽制の側面もある。上川氏が今回の総裁選に推薦人20人を集めて出馬すれば、林氏を牽制するために麻生氏や岸田首相が水面下で支援したとみていいだろう。
そうなると林氏は決戦投票で菅氏と連携して小泉氏支持に回り、麻生氏や岸田首相と決別するという展開もありえる。宏池会の代替わりとあいまって、林氏の出方が総裁選の行方を左右するひとつの要因となろう。