岸田文雄首相が6月21日、今国会閉会にあたり記者会見した。9月の自民党総裁選に出馬するどうかを問われ、明言を避けた。「最近お疲れのようだ」とも質問されたが、答えに覇気はなく、精彩を欠く会見だった。
内閣支持率は10%台に沈み、岸田首相が期待した政治資金規正法の改正と定額減税は政権浮揚にはまったく効果がなかった。6月解散は断行できず、国会も延長もできず、総裁選前に解散総選挙に勝利して再選の流れをつくる戦略は失敗に終わった。
自民党内からは「岸田首相では総選挙は戦えない」として退陣論が噴出し、政権の生みの親である麻生太郎副総裁との関係も悪化。総裁再選は絶望的な状況に陥っている。9月まで岸田政権は完全にレームダックと化した。
国会閉会にあわせて、自民党内ではいよいよポスト岸田レースが本格化する。岸田不出馬を視野に入れ、ポスト岸田候補たちは蠢き始めている。
とはいえ、本命不在の総裁レースとなりそうだ。有力候補たちの現状を分析してみよう。
①石破茂
マスコミの世論調査「次の首相」では安定的に1位を守っている。自民党支持層よりも野党や無党派層で人気の高いのが特徴だ。裏金事件の逆風をかわしたい自民党にとって「選挙の顔」としては最適任といっていい。
しかし、最大の弱点は、党内人気が著しく低いことだ。最大派閥だった安倍派では、安倍晋三元首相が石破氏を毛嫌いしていたことで「石破アレルギー」が強い。第二派閥・麻生派を率いる麻生氏も、首相時代に石破氏が真っ先に麻生おろしに動いたことを根に持っており、石破氏だけは首相にしないという構えだ。
石破派は安倍政権で干され続けたことで解体に追い込まれた。石破氏自身は党内基盤が弱く、有力者を味方につけないと総裁選を戦えない状況だ。
頼みにしているのは、非主流派のドンである菅義偉前首相である。しかし菅氏はまだ誰を担ぐか決めておらず、石破氏も菅氏だけに頼るのはリスクが高いと考えているようだ。
岸田首相は国会閉会後、石破氏を幹事長に取り込んで政権基盤を立て直す内閣改造・党役員人事を検討していると報じられた際、石破氏は周辺に「総裁に要請されたら断れない」と漏らしたと報じられた。まずは幹事長職を手にして自らの党内基盤を再構築するほうがよいと考えているのかもしれない。
しかし菅氏はこれに反発して石破氏と距離を置き始めているとも言われる。
逆風・自民の選挙の顔としては最有力だが、党内情勢からすると総裁への道はなかなか険しいのが現状だ。
②茂木敏充
本来は総裁を支える幹事長の立場にありながら、露骨に総裁選出馬に意欲を示してきた。岸田首相の警戒感を買い、何度も幹事長を更迭されそうになったが、そのたびに麻生氏に救われ、踏みとどまってきた。
岸田首相が失速し、総裁選不出馬の可能性が高まっているのは、茂木氏にとって幸運だ。岸田首相が出馬する場合は幹事長の立場で出馬するのは簡単ではなかったが、岸田不出馬なら堂々と出馬できる。
とはいえ、茂木氏の足元はぐらついている。岸田首相が打ち上げた派閥解消を受けて、第三派閥・茂木派からは次世代のホープである小渕優子選対委員長らが相次いで離脱。茂木氏は当初は麻生氏とともに派罰存続を表明していたが、最終的には解散に追い込まれた。しかも派内のライバルである加藤勝信元官房長官は菅氏と接近し、総裁選出馬を目論んでいる。
自民党全体でも茂木氏は不人気だ。エリート臭が強く、パワハラ体質であることがかねてより指摘されてきた。
頼みは麻生氏なのだが、麻生氏も茂木氏について「性格がなあ…」とこぼしたことがある。茂木氏を擁立して勝てるのかどうかを慎重に見極めることになろう。
茂木氏は岸田首相と当選同期、年は二つ上だ。今回の総裁選をラストチャンスとみて照準をあわせてきた。何が何でも出馬したいようだ。
裏金事件の処分の際は、安倍派5人衆のひとりである萩生田光一前政調会長と密会し、党の役職停止1年という軽い処分にとどめて味方に引き入れようとした。最近は非主流派の菅氏とも会食し、麻生氏頼みからの脱却を目指している。
③高市早苗
前回総裁選で無派閥ながら安倍晋三元首相に担がれたことで、安倍後継者としての立場を確立した。右派の安倍支持層に絶大な人気だ。
一方、安倍氏死去で後ろ盾を失い、党内基盤は極めて弱い。
安倍派5人衆には「なぜ安倍氏は無派閥の高市氏を担いだのか」との不満がそもそも強くあり、高市氏を敬遠する向きが強かった。安倍派解散によって中堅若手が5人衆の顔色をみずに高市支持に動くことができるようになったが、党内支持が広がっているようには見えない。
最近は上川陽子外相が女性初の首相候補として急浮上し、高市氏の存在感が薄くなった。しかも右派は日本保守党の結成でわき、高市氏がやや埋没しているようにみえる。
④河野太郎
かつては世論調査で「次の首相」1位を独走していた。
しかし、マイナンバーカード問題で失速したうえ、ワクチンの健康被害が社会問題化した後はワクチン担当大臣として旗を振ったことも批判され、国民人気は凋落。「次の首相」1位を石破氏に明け渡し、小泉進次郎氏にも抜かれて、いまでは3位以下に甘んじることが多い。
党内人気はもともと低い。脱原発の持論が自民党内で警戒されていることにくわえ、独断専行の政治スタイルが嫌われている。麻生派に所属しつつ、親分の麻生氏は世代交代を嫌って河野氏を遠ざけてきた。前回総裁選に菅氏に担がれて出馬したことで、麻生氏との関係は決定的に壊れた。
だが、菅氏は今回の総裁選では河野氏では勝てないとみて選択肢から外しているようだ。河野氏はそれを感じ取り、麻生氏と久しぶりに会食するなど関係修復に動いている。何としても総裁選に出馬したいということだろうが、支持が広がる保証はない。
⑤小泉進次郎
菅氏が本命として想定しているのは小泉進次郎氏だ。知名度は抜群で、裏金自民のイメージを払拭するには最適任といえるかもしれない。
菅氏が「HKT」と呼ばれる非主流派グループの萩生田光一(安倍派)、加藤勝信(茂木派)、武田良太(二階派)との定期的会合に小泉氏を招いたことが「小泉擁立論」に拍車をかけた。
最大のネックは、父・純一郎元首相の反対だ。純一郎氏は「50歳までは首相を支えなさい」「今は動くな、何もするな」と進次郎氏に言い聞かせていると語っており、それに反して進次郎氏が出馬を決断できる可能性は低いのではないか。
⑥上川陽子
岸田派の無名の政治家だった上川陽子氏が外相に抜擢されたのは、岸田首相が岸田派ナンバー2の林芳正外相を警戒して交代させたためだった。岸田首相とすれば、上役に忠実な上川氏であれば、自分を差し置いて外交を展開することはないと高を括っていたのだろう。
ところが、その上川氏に目をつけたのが、麻生氏だった。ポスト岸田候補として流布したうえ、「このおばさん、なかなかやる」という失言で話題を惹きつけ、上川氏の知名度を急速にアップさせたのだ。
かくして世論調査の「次の首相」上位にランクインし、高市氏や河野氏を上回るようになったのである。
一方、注目を浴びると、国会や記者会見で官僚の用意した原稿を「棒読み」するなど面白みに欠ける側面が目立つようになった。地元・静岡県知事選の応援で「女性がうまずして…」との失言は、女性初の首相候補としての期待感に自ら水を差した。この知事選で自民候補は敗北し、選挙の顔としても疑問符がついた。
そもそも上川氏の台頭は、麻生氏が岸田首相を牽制するために仕掛けた側面が強い。岸田首相が出馬する場合は上川氏が手を挙げることは困難だ。最終局面まで麻生氏のカードとして残るだろうが、本命に浮上する可能性は決して高くはない。
⑦加藤勝信
菅氏と連携する加藤勝信氏も総裁選出馬に意欲を示している。HKTの残りの二人は裏金事件で処分されており、ただちに総裁選出馬は難しい。このなかで菅氏が担ぐとすれば加藤氏しかない。
とはいえ、あまりに地味で「選挙の顔」にはなりそうにない。岸田首相や茂木幹事長を牽制するカードとしての側面が強く、本命に浮上する可能性は低いだろう。
⑧野田聖子
前回総裁選は二階派の支援で推薦人20人を確保し、出馬にこぎつけた。今回の総裁選にも出馬に意欲を示している。
しかし、二階派は解散し、二階俊博元幹事長は次の総選挙で政界引退を表明。後ろ盾を失い、推薦人を確保できるかは見通せない。
⑨林芳正
岸田派ナンバー2の林芳正官房長官は、岸田出馬の場合は支える立場にある。しかし岸田不出馬の場合は一転して出馬のチャンスが巡ってくる。
もともと宏池会(岸田派)では岸田首相よりもプリンスとして扱われてきた。岸田首相は林氏を警戒して外相を交代させたほどだ。しかし裏金事件で安倍派の松野博一官房長官が退任すると、後任に林氏を起用するほかなくなった。重要閣僚を歴任してきた経歴は、総裁候補としては申し分ない。
一方、麻生氏の天敵である古賀誠元幹事長と近く、麻生氏には睨まれている。官房長官というポストも、総裁選にむけて動きにくい。岸田首相の去就次第ということで、積極的には仕掛けづらい立場だ。
とはいえ、虎視眈々と総裁レース参加の機会を伺っているのは間違いない。
番外編 麻生太郎と菅義偉
以上、有力候補たちの現状を分析したが、いずれもパンチに欠け、本命不在であるのは間違いない。そこで浮上しかねないのが、キングメーカー争うを繰り広げている麻生氏(83)と菅氏(75)の元首相の再登板説だ。
麻生氏はいまなお再登板をあきらめていないとの見方がくすぶっている。菅氏は健康不安説があるものの、待望論が一部に根強くある。
立憲民主党でも野田佳彦元首相の再登板説が浮上している。与野党双方で元首相に期待が集まる現状は、政界の閉塞感を映し出しているのかもしれない。