岸田文雄首相は補選全敗で窮地に立った。自民党内では「岸田政権では選挙は戦えない」との声が広がり、6月解散は困難だ。このまま9月の自民党総裁選に出馬できず、退陣の流れが強まってきたといっていい。
そこで起死回生の一手として浮上しているのが、幹事長人事だ。不仲の茂木敏充幹事長を更迭し、国民受けの良い新幹事長を抜擢して内閣支持率を引き上げ、6月解散を狙う構想である。
永田町では「選挙は政権を強くする。人事は政権を弱くする」と言われる。自民党議員たちはいざ選挙となれば首相のポスターを張り、首相の応援演説を受けて、選挙を戦う。そこで当選すれば、どんなに首相のことが嫌いでも、頭を下げるほかない。しかも当面は次の選挙はなく、しばらく首相が続投するとなれば、すり寄った方が得策だ。かくして選挙後は首相の求心力は上がるのだ。
逆に人事は首相の求心力を落とす。人事で要職に起用されるのはほんのわずか。人選から漏れた大勢は不満を強める。政治家たちは自己評価が高い。「なんであいつが抜擢されて、俺がされないんだ」と首相を恨むようになる。かくして首相の求心力は低下するのだ。
しかし、今の岸田首相は八方塞がりで、ほかに手がない。
裏金事件を受けて派閥解消も打ち上げた。安倍派処分も断行した。国賓待遇の訪米でもアピールした。それでも支持率はほとんど上がらなかった。残る手は、一か八かの人事しかない。
人事で体制を一新し、内閣支持率を引き上げて6月解散を狙う。それしか打つ手がないのだ。
岸田首相は昨秋も茂木幹事長の更迭を画策したが、キングメーカーの麻生太郎副総裁に猛反対されて断念した。次のチャンスは安倍派処分を決めた4月上旬だった。ここで体制一新を打ち出して幹事長を更迭し、派閥解消や政治資金規正法の抜本改正を掲げて4月解散を断行するのが最後のチャンスだと私は思っていた。
しかし岸田首相は動かず、国賓待遇の訪米へ飛び立ち、大統領専用車に乗ったり、晩餐会の英語スピーチでジョークを連発したりして、外遊を満喫した。帰国後は補選全敗が待ち受け、一気に手足を縛られたのである。
いよいよ最後のチャンスが補選全敗だ。選挙を取り仕切るのは幹事長である。すべての責任を茂木幹事長になすりつけ、補選全敗を口実に更迭し、体制を刷新して支持率を引き上げ、6月解散を狙う。それしかない。
後任幹事長の候補に浮上しているのは、世論調査で次の首相1位の石破茂元幹事長である。岸田首相にとっては9月の総裁選で最大のライバルといっていい。その石破氏を幹事長に取り込んで総裁選出馬を阻止するという効果もある。
一方、麻生氏は石破氏を毛嫌いしている。かつて麻生内閣の閣僚でありながら「麻生おろし」に動いたことを根に持っているのだ。石破氏を幹事長に起用すれば、麻生氏は激しく反発し、岸田おろしに転じる可能性が高い。
それでも石破氏を幹事長に起用するのなら、ただちに解散総選挙を断行するほかない。さもなくば、党内がゴタギタして体制刷新の効果はたちまち消えてしまうからだ。
しかし、岸田首相は今国会で政治資金規正法を必ず改正すると宣言してしまっている。連休明けに幹事長人事を断行しても、法改正が実現するまでは解散できない。政治資金規正法が解散権を縛っているのだ。
そうなると、連休明けに幹事長人事を断行して石破氏を起用する筋書きは描きにくくなる。連休明け人事を見送ると、そのあとは政治資金規正法の改正をめぐる与党内協議、与野党協議が本格化してくるため、会期末に法改正が実現するまで人事を断行するタイミングはない。
6月の国会が閉会した後に幹事長人事を断行しても、ほとんど意味はない。国会が閉じれば衆院を解散することはできず、何のための幹事長人事なのかわからなくなる。石破氏を執行部に取り込むことだけが目的となるが、麻生氏や茂木氏が離反すれば、プラスマイナスゼロかもしれない。
結局、岸田首相は人事への意欲を示さないまま、GWの世界一周弾丸ツアー(フランスやブラジルを訪問)へ飛び立った。選挙よりも人事、人事よりも外遊を優先する岸田首相らしい振る舞いである。
連休明けも人事を断行できず、政治資金規正法の改正が焦点となる終盤国会へ現体制のまま突入し、9月総裁選まで現体制をダラダラ続け、そのまま総裁選に出馬できず退陣という流れが最もありうるのではないだろうか。