自民党総裁選の本命に浮上した小泉進次郎氏が目玉公約「聖域なき規制改革」の柱として打ち出した「解雇規制の見直し」が集中砲火を浴びている。
大企業の正社員を中心に「解雇の自由化」「金銭による一方的な解雇」への危機感が急速に広がり、進次郎氏以外の候補は軒並み反対論を掲げて「進次郎包囲網」が出来つつある。総裁レースの行方を大きく変える波乱要因となりそうだ。
進次郎氏は出馬会見で「聖域なき規制改革」を掲げ、一年以内に実現する具体策として①ライドシェアの全面解禁②解雇規制の見直しを打ち上げた。
労働基準法は、30日前に予告するか、30日分以上の平均賃金を支払えば解雇できると規定している。一方で労働契約法は合理的な理由がなく社会通念上相当ではない解雇は、企業の解雇権の濫用としている。解雇が許される具体的な要件は法律上ははっきりしていない。
このなかで大企業は高度経済成長期に優秀な社員を獲得するため、終身雇用をアピールして新規採用を進めてきた。労使協調路線のもと、終身雇用は日本型労働の基本形として定着し、裁判所もこの慣行を踏まえて個別具体の労使紛争を解決を図ってきた。
このなかで、裁判所は判例で「整理解雇の4要件」をつくりあげたきた。①人員削減の必要性②解雇回避の努力③対象者選定の合理性④手続きの妥当性ーーの4点だ。
これは企業側には極めてハードルが高く、整理解雇を諦め、配置転換や転勤を命じて自発的退職に追い込む「肩たたき」が横行。ほとんど意味のない仕事に専従させて自発的退職を迫る「追い出し部屋」も社会問題化している。
こうした大企業側の対応は、社内の人間関係をぎくしゃくさせ、中高齢層はそれでも退職を拒み、仕事は中堅若手や非正規労働者に集中し、業務の効率化を妨げているとして、経営側からは解雇規制の緩和を求める声が強まっている。
一方、中小企業では労基法通りに「30日前の通告」で解雇されることが常態化しており、ブラック企業では強引に退職に追い込む手法も少なくない。このような会社に勤める労働者たちは労組に加入していなかったり、法廷で争う資金力がなかったりするため、泣き寝入りするケースがほとんどだ。
さらに非正規労働者たちにすれば、正社員が自分たちよりも守られていることへの反発が強く、正社員の特権や労組の存在そのものへの不信感につながっている。
大企業の正社員たちの解雇規制は、正社員vs非正規の対決構造もあいまって、複雑な社会問題となっている。
進次郎氏の父・小泉純一郎氏が首相時代の2003年、構造改革の司令塔だった竹中平蔵氏らが主導して閣議決定した「規制改革推進3ヵ年計画」には、解雇基準の法制化や金銭解決による解雇の検討が盛り込まれ、「使用者は法律により制限されている場合を除き、労働者を解雇することができる」とする労基法改正案がを国会に提出された。しかし、与野党双方から反対論が噴出し、法案は修正され、解雇規制緩和の部分は削除された。
純一郎政権から「聖域なき規制改革」を主導してきた竹中氏の後継者が菅義偉氏だ。労働市場の規制緩和が進んで非正規労働は拡大したが、彼らの本丸は「解雇の自由化」「金銭解雇の導入」である。菅氏の後押しを受ける進次郎氏が掲げた「解雇規制の見直し」の最終目標がそこにあるのは間違いない。
しかし、世論や他候補の猛反発を受けて、進次郎氏は早くも発言を修正しはじめた。「解雇の自由化」は考えていないと明言。金銭解雇についても「河野太郎氏の意見」であって、自分はそこまで考えていないとの姿勢に転じたのである。
進次郎氏はリスキリング(学び直し)の強化などで雇用の流動制を高めると主張しているが、それではこれまでの解雇規制と何もかわらない。それでは大企業の正社員が他の業種に移ることが進まず、会社が停滞し、それが経済活性化を阻んでいるという立場からすれば、やはり「解雇の自由化」や「金銭解雇の導入」を実現しなければ「解雇規制の見直し」とは言えないのだ。
ここで進次郎氏がいきなりトーンダウンすれば、改革機運が吹っ飛び、失速する恐れがある。一方で、解雇規制の見直しへの反発が高まって進次郎包囲網が形成されれば、決選投票で敗れる可能性も出てくる。
進次郎氏は裏金事件で地に堕ちた自民党への支持を回復させるため、刷新感を売りに総裁レースのトップに躍り出たが、解雇規制の見直しをめぐる迷走でつまずき、総裁レースは混沌としてきた。一部世論調査では、石破茂氏や高市早苗氏が進次郎氏を上回っており、総裁選の行方は見通せなくなってきた。