ポスト岸田に急浮上した自民党の上川陽子外相は、本当に「選挙の顔」になるのか。
5月26日投開票の静岡県知事選は、自民推薦の元総務官僚と、立憲推薦の元浜松市長が激突し、次の総選挙の前哨戦となっている。自民党が裏金事件の大逆風の中、立憲推薦候補が一歩リードの情勢だ。
自民党が4月の衆院3補選に続いて静岡県知事選でも敗れると、「岸田首相では選挙に勝てない」という空気がいっそう強まり、6月解散はさらに困難となろう。岸田首相が9月総裁選を機に退陣する流れが加速する。
その時、岸田首相や麻生太郎副総裁ら現主流派がポスト岸田に担ぎ出す有力候補のひとりが上川外相だ。
ところが静岡県知事選は、衆院静岡1区選出の上川外相にとっても「選挙の顔」としての真価が問われる正念場となっている。上川外相は地元入りし、巻き返しに動いているが、ここで負けると「選挙の顔」として疑問符がつき、ポスト岸田レースから脱落する恐れがあるからだ。
静岡県知事選は、川勝平太知事が職業差別発言で辞任したことに伴い、突然の選挙となった。自民党は静岡県副知事を務めた元総務官僚を推薦したが、裏金事件の逆風は強く、立憲推薦の元浜松市長比べて知名度も劣り、現時点では劣勢だ。
逆転に向けて期待を集めているのが上川外相だ。
上川外相は5月11日(土)に自民候補の応援に駆けつけた。外相就任以来、初めて地元入りだ。しかし、街頭演説したのは2箇所。いずれも農協の駐車場だった。大勢の人が集まったものの、「動員」であるのは間違いなかった。
なぜ、多くの人が行き交う繁華街で演説しなかったのか?
自民陣営からもそんな不満がくすぶった。しかも翌日曜日には街頭に立たず、東京へ戻ってしまったのだ。
上川外相は4月の衆院島根1区補選にも応援に駆けつけたが、原稿を棒読みするような応援演説で盛り上がらなかったという。本当に集票力があるのか、自民党内でも疑問がわいているのだ。
そもそも上川氏は外相就任前は全国的にはほぼ無名の政治家だった。実績は法相を3度歴任したくらい。菅義偉前首相の後押しで入閣した。記憶に残るのは、オウム真理教の麻原彰晃ら死刑囚の死刑執行に署名したことくらいである。霞が関では「官邸の意向に忠実。それ以外は法務官僚のいいなりだった」という見方が大勢だ。
東大を出てハーバード大に留学し、米上院議員のスタッフを歴任したが、国会議員になったあとは外交実績は見当たらない。外相としても外務官僚の振り付け通りに動くという意味で、省内では受けがいい。岸田首相が上川氏を外相に起用したのも、ライバルの林芳正外相を更迭し、政治基盤のない上川外相に差し替えて、外交を独占する狙いがあったとみられている。
その上川外相がポスト岸田に急浮上したのは、キングメーカーの麻生太郎氏が担ぎ出したからだ。
麻生氏は、岸田首相が所得税減税や派閥解消を独断専行で決め、麻生氏の意向に従わなくなってきたことが不満だった。そこで岸田派の上川外相を押したて、岸田首相を牽制したのである。
麻生氏が最も恐れるのは、岸田首相が9月の総裁選前に解散総選挙を断行して勝利し、党内基盤を強化することだった。そうなると麻生氏の影響力は低下してしまう。何としても6月解散は阻止し、岸田首相が麻生氏に服従する状況をつくりたかった。そのために岸田首相に代わる首相候補が必要だったのだ。
だが、内閣支持率の低迷で6月解散は困難になりつつある。岸田首相も麻生氏との激突は当面避け、4月の補選惨敗後に茂木敏充幹事長を更迭する人事も見送った。上川外相を押したてて岸田首相を牽制する目的は一応達したともいえる。
さらに麻生氏は11月に米大統領選でトランプ前大統領がバイデン大統領を破る「もしトラ」に備え、ニューヨークを訪問してトランプ氏と会談した。上川外相は就任以来、ウクライナやイスラエルの問題でバイデン政権とぴったり歩調をあわせており、仮にトランプ政権が復活すれば、上川外相はむしろ邪魔な存在となる。
5月の静岡県知事選で敗北すれば、「上川はやはり選挙の顔にならんな」と言い出し、あっさり切り捨てる可能性もあるのだ。
上川外相は、静岡知事選に深入りして敗北しポスト岸田として傷つくことを恐れているのかもしれないが、深入りしなくても敗北すれば、「選挙の顔」にはならないと総括され、ポスト岸田レースから脱落するリスクも十分に自覚したほうがよい。逆に不退転の決意で静岡県知事選に全面参入し、逆転して「選挙の顔」となることを見せつけるしか、上川氏がポスト岸田レースに残る道はないと私はみている。