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麻生太郎に屈して駆け込み出馬した上川陽子と、推薦人を集められず出馬を断念して小泉進次郎の推薦人に回った野田聖子 得をしたのはどっちか?

自民党総裁選は、推薦人20人の確保に難航しながら駆け込み出馬にこぎつけた上川陽子氏と、出馬を断念して小泉進次郎氏の推薦人に回った野田聖子氏が明暗を分けた。

上川氏は土壇場で麻生太郎氏と極秘会談して推薦人を借り受けることに成功した。推薦人20人のうち9人は麻生派だ。麻生氏が当初から貸し出していた猪口邦子氏や今井絵理子氏ら女性議員に加え、最終的には鈴木俊一財務相や松本剛明総務相も加わった。麻生氏の軍門に屈し、麻生氏の傀儡候補になったといってよい。

その結果、女性初の首相候補をアピールしながら、持論の選択的夫婦別姓に賛成を明言することも許されず、上川氏は総裁選討論会で歯切れが悪い。何ともチグハグな選挙戦となっている。

上川氏は初当選から宏池会(現在の岸田派)に所属していた。東大→ハーバード大という煌びやかな経歴だが、党内(派閥内)では目立たない存在で、外交分野でもほとんど存在感はなかった。

彼女を最初に引き立てたのは、麻生氏の政敵である菅義偉氏だった。安倍政権の官房長官として上川氏を法相に三度もねじ込んだのである。そこでオウム真理教の麻原彰晃らの死刑執行にサインしたことで注目を集めた。

次に上川氏を引き上げたのは、岸田文雄首相だった。昨年秋、岸田派ナンバー2の林芳正外務大臣の後任として上川氏を抜擢したのである。林氏は宏池会(岸田派)で早くから岸田氏以上に首相候補と期待され、英語も堪能。外交でも岸田首相以上に存在感を発揮していた。岸田首相は林氏の台頭を警戒し、政治基盤のない上川氏に交代させることで「外交を独占」する狙いがあったのだろう。

その上川氏に目をつけたのが麻生氏だった。岸田首相が定額減税や派閥解消を麻生氏の意向を無視して進めるなか、岸田首相を牽制するために、岸田派の上川氏をポスト岸田候補として持ち上げたのだ。

上川氏はこのあたりから世論調査でも上位に加わるようになり、にわかに「女性初の首相候補」となったのである。本人も首相への意欲を隠さなくなっていた。

ところがその後、地元静岡県知事選の応援演説で失言が飛び出し、知事選も惨敗。各地の応援演説でも原稿を棒読みして面白みに欠けることが知れわたり、「選挙の顔」として疑問符がついた。一時の勢いはすっかり陰り、今回の総裁選でも出馬に意欲を示しながら推薦人を集めるのに苦労していた。

麻生氏はもともと、菅氏が担ぐ小泉進次郎氏が第一回投票で過半数を獲得するのを防ぐため、候補者を乱立させる作戦を描いていた。そこで当初から上川氏にも推薦人を貸し出すつもりだったが、結局のところ、当初予定の数では足りず、土壇場でさらに貸し出すことになった。そのかわり「決選投票では麻生氏の意向に従う」ことを誓わせたに違いない。

ちなみに上川氏の推薦人には、岸田派のなかで岸田首相に近い堀内詔子氏や盛山正仁氏ら5人が加わっている。岸田首相は岸田派が林芳正官房長官のもとで結束し、岸田派が林派に移行することを恐れて上川氏を側面支援したのだろう。

この結果、上川氏は林氏ら宏池会(岸田派)の多くから睨まれることになった。なぜ宏池会の一員なのに林氏を支持できないのかというわけだ。上川氏の出馬は、岸田首相と林官房長官の関係を決定的に壊し、今後の宏池会は分裂含みになる可能性がある。

進次郎氏を担ぐ菅氏も上川氏には怒り心頭だ。もともとは「菅派」とみられていた。それなのに、よりによって政敵の麻生氏に担がれて出馬したのだから、もはや「敵」扱いだろう。進次郎政権が誕生すれば、上川氏の外相留任の可能性はほとんどない。

今回の総裁選討論会でも、上川氏は「初の女性首相候補」をアピールするものの、個別の政策論議では他の8人に明らかに見劣りしている。やはり首相になる覚悟・準備不足は否めない。すでに71歳。最初で最後の挑戦としてはやや軽い出馬との印象は拭えない。

一方、野田聖子氏は土壇場で推薦人が集まらず出馬を断念し、小泉進次郎氏の推薦人になった。

前回総裁選は二階俊博元幹事長の支援を受けて推薦人20人を確保して出馬したが、今回は自力で推薦人を集めることができなかった。菅氏から推薦人の引き剥がしにあったことを打ちあけている。

野田氏は最後の最後に進次郎と協議し、持論である選択的夫婦別姓を1年以内に実現すると宣言したことを評価して、進次郎氏の推薦人になることを受け入れた。

進次郎氏は自助中心の競争社会を重視する「小さな政府論者」だ。野田氏は公助を重視する「大きな政府論者」である。進次郎氏の父・純一郎氏が掲げる郵政民営化法案に反対して自民党を離党した経歴からしても、政治観の違いは明らかだ。

それに目をつむり、選択的夫婦別姓の一点をもって進次郎氏の推薦人になったのは、野田氏にとってかなりのリスクである。自民党内では「露骨なポスト狙い」「土壇場で最も高く自分を売った」などと揶揄されている。

野田氏は小渕恵三内閣で郵政大臣に史上最年少37歳で抜擢され、女性初の首相候補のトップを走り続けてきた。しかし小泉純一郎政権で郵政民営化法案に反対して党の公認を得られず離党、刺客を送られながら無所属で当選し、翌年には復党するものの、その後は「初の女性首相候補」の主役を小池百合子氏や高市早苗氏に奪われてきた。前回総裁選でも高市氏に大きく引き離され、最下位に沈んだ。

今回の総裁選は、高市氏に加え、上川氏まで「初の女性首相候補」として出馬。野田氏も何としても出馬したいとの思いはあっただろう。

だが、進次郎政権が誕生すれば、上川氏に代わって重要閣僚に起用される可能性が出てくる。

急がば回れということが政界ではしばしば起きる。明暗をわけたふたりの女性首相候補の今後はまだまだわからない。

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