自民党総裁選に出馬している上川陽子外相が総裁選から一時離脱して国連総会出席のためニューヨークへ外遊することになった。離脱中の討論会には代役が参加するという。
ウクライナやイスラエルの情勢が緊迫するなかで外相として公務に専念する姿勢をアピールしたほうが総裁選にも有利と判断したようである。しかし上川陣営からも「本人不在では選挙にならない」との愚痴が漏れている。
一方で、中国・深圳で起きた日本人男児の殺害事件では、上川外相の発したメッセージがあいまいだったとして批判を浴びている。公務を強調するのなら予定調和の国連総会ではなく中国での突発事件に対応すべきではないかという批判は肯首できる。
そもそも外相という地位は世界中の突発事案に対応することが求められている。それを承知で総裁選に出馬したのだから、よほどの覚悟があるのかと思いきや、総裁選討論会での上川氏の主張はどれも具体性を欠いていて、9人の候補者のなかで準備不足はいちばん顕著ではないかと私は思った。
そもそも岸田文雄首相が岸田派で目立たない存在だった上川氏を外相に抜擢したのは、岸田派ナンバー2としてポスト岸田に台頭してきた前任の林芳正外相に警戒感を強め、外相から外すためだった。上川氏なら岸田首相が外交を独占できると考えたのだ。
その上川氏に目をつけたのが、麻生太郎副総裁だった。岸田首相が麻生氏の反対を振り切って定額減税や派閥解消を打ち出すのに対抗し、上川氏をポスト岸田に持ち上げて岸田首相を牽制したのだ。
岸田首相が総裁選不出馬に追い込まれ、麻生氏にとって上川カードは色褪せた。それでも本人は総裁選出馬に意欲を燃やしたが、推薦人20人が集まらず、最後に麻生氏に頭を下げて麻生派から推薦人9人を出してもらった。岸田首相も岸田派が林氏擁立で固まることを避けるため、上川氏に岸田派議員5人を回して側面支援した。
上川氏の総裁選出馬は、麻生氏と岸田首相の政局的思惑から実現したにすぎない。その結果として、上川氏は初の女性首相になることをアピールしながら、麻生氏らの意向を踏まえ、選択的夫婦別姓には賛成を明言できないというチグハグな対応となった。
総裁選が始まると、上川氏は伸び悩んだ。国会議員票では推薦人20人からほとんど上積みできず、当初は初の女性首相待望論から期待された党員投票でも、石破茂、高市早苗、小泉進次郎の3氏に遠く及ばず、小林氏や林氏に追い抜かれる可能性もでている。
そのさなかに国連総会出席のために総裁選から一時離脱するというのだから、これは事実上の撤退宣言と受け取られても仕方がない。総裁の座をつかみ取る権力闘争よりも、外相として華やかな舞台に立つことが好きなのだろう。
上川氏の選挙戦を必死に支えている陣営がぼやくのも無理はない。このようなリーダーにはもう誰もついていかない。
総裁選最中に国連総会があることは最初からわかっていたこと。それを承知で総裁選に出馬したのだから、外相の仕事を後回しにしても首相になりたいという強い思いがあったのではないのか。外相留任のためには総裁選に出馬して存在感を示しておいたほうがよいという程度の覚悟だったのかもしれない。
上川氏の外相留任はほぼ絶望的である。誰が首相になっても、政治基盤もなく人気も落ち目の上川氏を外相に留任させる政治的メリットはほとんどない。今回のニューヨーク外遊がまるで卒業旅行である。
上川氏はなぜ自分が外相に起用されたのかというカラクリをいまなお理解していない。だからこそ麻生氏にポスト岸田に持ち上げられて舞い上がったのだ。権力闘争のイロハをちっとも理解しないまま、権力者たちにただ踊らされているのである。