岸田文雄首相の最側近として知られる自民党の木原誠二幹事長代理の発言が波紋を広げている。4月25日のセミナーで「今、自民党は非常に厳しい状況にあり、政権交代が起こってもおかしくはない」と明言した。岸田首相による6月解散に真っ向から反対する姿勢を示したといっていい。
岸田首相は9月の自民党総裁選の前に解散総選挙を断行し、総裁再選の流れをつくる戦略を描いてきた。6月23日に会期末を迎える今国会中に解散する必要がある。つまり6月解散だ。
解散しないまま総裁選を迎えると、総裁選は「選挙の顔」を選ぶ戦いとなる。内閣支持率が低迷し国民に不人気の岸田首相が続投してはとても選挙は戦えないという空気が自民党内には強く、総裁再選は黄信号だ。
つまり岸田首相が9月総裁選を乗り切るには6月解散しかない。
ところが、首相最側近の木原氏が6月解散へ反対する姿勢を明確にしたのだから、自民党内では「ついに最側近の木原氏も岸田首相を見切ったのか」と受け止められたのである。
一方で、木原氏が岸田首相とのすれ違いを自ら明らかにしなければならないほど「岸田首相は解散に前のめりになっている」という警戒感も呼び覚ましたのだった。
マスコミ世論調査では自公政権の継続を求める声をよりも政権交代を求める声が上回っている。各種情勢調査でも自公過半数割れを予測するものが少なくない。
岸田首相が自らの総裁再選のために6月解散を断行することだけは避けたいというのは、キングメーカーの麻生太郎副総裁も、非主流派のドンである菅義偉前首相も、連立パートナーの公明党も、みんな一致している。
そこへ最後の首相側近の木原氏も加わったのだから、もはや6月解散をあきらめていないのは岸田首相ひとりといえるかもしれない。
木原氏は、岸田派(宏池会)の次世代のホープとして期待されてきた。岸田首相の次のリーダーは林芳正官房長官、その次は木原氏というのは、派閥内の既定路線である。
岸田政権発足後は官房副長官として内政外交全般を取り仕切り「影の総理」とも呼ばれた。閣僚経験もないのにここまで官邸で存在感のある政治家は過去にもほとんど例がない。
だが、昨年夏の文春砲で大逆風を浴びた。木原氏の妻の元夫の不審死事件が不自然な形で捜査打ち切られ、木原氏が警察に圧力をかけたのではないかという疑惑だ。警察庁長官が「事件性はない」と全否定しても疑惑は収まらず、木原氏は昨年秋の人事で岸田首相に自ら副長官退任を申し出たのだった。
岸田首相は最側近を手放したくはなく、当初は慰留したが、木原氏はこのまま批判を浴びると次の総選挙(東京20区)で落選の恐れがあるとみて固辞。自民党の幹事長代理へ横滑りすることで落ち浮いた。
その後も岸田首相は木原氏と節目ごとに二人きりで出会い、政権運営全般を相談してきたのである。
だが、6月解散を断行した場合、木原氏はやはり落選の危機がある。木原氏としては木原事件の記憶がなくなり、裏金事件の逆風がおさまるまで、できるだけ総選挙は先送りしたいということだろう。
ここに及んで、岸田首相と木原氏の利害が重ならなくなってきたという側面は否定できない。
もうひとつ木原氏のセミナーで注目を集めたのは、麻生太郎副総裁が訪米してトランプ前大統領と会談したことをめぐる発言だった。
米国のバイデン政権は内々に不快感を示していた。木原氏は岸田首相とバイデン政権をつなぐ窓口役を務めてきただけに、麻生トランプ会談にはネガティブかと思いきや、「党派を超えて日米同盟は揺るがないことを確認した上での会談」であり、「あまり騒ぎ立てることもないし、困惑することもない」と擁護したのだ。
この発言は、麻生氏と木原氏が6月解散阻止で接近したのではないかという憶測を読んだ。木原氏はむしろ麻生氏の宿敵である菅義偉前首相と関係が深いが、ここにきて呉越同舟で6月解散阻止に動いているという見立てである。
政権の生みの親と最側近がタッグをくんで6月解散阻止に動いているとすれば、それを振り切って本当に6月解散を断行できるのか。岸田首相はいよいよ孤立感を深めているようにみえる。