衆院選は投開票日を迎えた。
首相の存在がここまで目立たない衆院選はかつてあっただろうか。彼が何を主張しているのか、さっぱり伝わってこない。
岸田文雄首相は9月の自民党総裁選でも河野太郎氏、高市早苗氏、野田聖子氏という他の候補者のなかで誰よりも影が薄かった。本命視された河野氏がキングメーカーの安倍晋三氏や麻生太郎氏と激突するのか、融和するのかで迷走し、一挙に失速した結果として転がり込んできた勝利であった。
首相就任後も「成長」と「分配」のどちらを優先するかで二転三転し、金融所得課税の見直しという目玉公約もあっさり先送りし、とにかく何をしたいのかわからない。失言はなくても、テイクノートすべき言葉もない。
安倍氏と麻生氏の操り人形であることは国民が広く知るところになったが、それにしてもこんなに存在感のない首相は過去に思い浮かばない。
岸田氏が唯一「英断」したのは、衆院選日程を一週間前倒しすることだった。
与野党とも11月7日投開票を念頭に準備を進めてきたが、10月31日投開票に前倒しした。投開票まで時間がたつほど政権批判は高まる。それを見越して「短期決戦で逃げ切り」を目論んだのは誰の目にも明らかだった。
実際、岸田内閣の支持率は衆院解散後、じわじわと低下している。だが野党への支持も広がりを欠いている。自民党総裁選と同様、自らの存在を消し、「敵失」による勝利に期待するのが岸田スタイルなのだろう。
10月はじめは緊急事態宣言が解除されて行楽気分や宴会気分が広がり、選挙どころではないという様相だった。公示後のマスコミは選挙報道よりも眞子内親王の結婚報道に明け暮れてきた。
衆院選をのらりくらりと進めて盛り上げず、組織票を固めて低投票率で逃げ切る自公与党の作戦通りの結果になってしまうのか。
安倍氏らが権力を私物化するこの4年間の醜悪な政権運営に怒りを募らせてきた人々は少なくない。
そのうえ虚偽答弁や公文書改竄などの隠蔽行為が後を絶たないのは、自公与党が国会で圧倒的な議席を占め、政治の緊張感がまったくないからだ。コロナ禍で露呈した行政崩壊・医療崩壊は、政官界のモラル崩壊の帰結である。
政権批判の高まりを追い風に、野党は支持を訴えてきた。しかし、野党支持の広がりは遅々としたもので、政権交代への期待が高まるには至っていない。なんとも煮え切らない情勢のまま投開票日を迎えてしまった。
投票率が5割前後にとどまれば、自民党は議席を減らすものの、自公与党は組織票を固めて過半数を維持して逃げ切り、岸田政権は続行する。ただし、岸田首相の求心力はまったく上がらず、安倍氏や麻生氏に依存した政権運営をいっそう強いられる。最も得をするのは、キングメーカーとして発言力を増す安倍氏と麻生氏だけーーという「最悪の結末」となる可能性が高い。
そもそも安倍氏や麻生氏は岸田政権で衆院選に圧勝することを望んでいなかった。勝ちすぎると岸田首相の求心力が高まり、安倍氏や麻生氏の「操り人形」でなくなる恐れがあるからだ。
自民党は議席を減らすものの、自公与党で過半数を維持し、岸田首相は求心力を失って、安倍氏や麻生氏の手助けを受けなければ政権運営はままならないーーそれがキングメーカーにとっては理想の政治状況なのである。
衆院議員の任期は4年。今回の衆院選は「岸田政権」か「枝野政権」かを選択する選挙なのだが、安倍氏と麻生氏の傀儡である岸田政権が衆院選に勝ったところで4年間続くとはとうてい思えない。衆院選でこれほど存在感を示せない首相がこれから内閣支持率を上向かせる可能性は極めて小さいだろう。
来年夏には参院選がある。その直前に内閣支持率が低迷していたら、安倍氏と麻生氏は躊躇なく岸田首相を「新しい顔」にすげ替える。今回の衆院選前に菅義偉首相を引きずり下ろしたように。
安倍氏と麻生氏がキングメーカーとして君臨する現在の自公政権である限り、岸田政権は衆院選で過半数を維持してもいつまで続くかわからない。あっという間に取り替えられてしまうかもしれない。
有権者は「岸田政権」を選ぶか否かというよりは、安倍氏と麻生氏が支配する「自公政権」の継続を選ぶか否かという視点で判断したほうがよい。
日本の政治の閉塞感を吹き飛ばすには、自公与党が圧倒的多数を占める国会を変えることが不可欠である。野党第一党の立憲民主党に現状を打破する力強さを感じることはできない。有権者の「1票」の力が結集して何とか政治を動かせないものかと祈るばかりである。