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統一教会の名称変更経緯を暴露した前川喜平元文科次官の「退職後内部告発」から考える

官僚は不当な業務命令を受けた時、通常は上司に従う選択をする。安倍政権時代の公文書改竄事件などで繰り返された光景が統一教会問題で再びクローズアップされている。火付け役は、元文部科学事務次官の前川喜平氏だ。

前川氏は文部省宗務課長だった1997年、統一教会から名称変更の相談を受けた際、霊感商法などでトラブルを重ねた実態は変わっていないとして申請を出さないように求めたという。

ところが第二次安倍政権下の2015年、安倍派重鎮の下村博文・文科相時代に統一教会の名称変更が認証される。前川氏は当時、文部行政の事務方トップだった。

前川氏によると、当時の宗務課長が前川氏に説明に来たので「これは認証すべきではない」と指示したが、その判断を覆して認証されたという。前川氏は「私の判断を覆せるのは大臣しかいない。下村博文さんの意思が働いていたことは100%間違いない」とテレビ番組などで明言している。

一連の問題について、鮫島タイムスの読者で積極的にコメント投稿していただいている谷誠・京大名誉教授がご自身のホームページで興味深い見解を展開しているので紹介したい。

谷さんはまず、文科省が統一教会の名称変更を認めた問題について「省庁の官僚が、法に照らして妥当とは言えない不当な問題に直面した時の選択の難しさを、非常によく表現していて興味深い」と指摘。「責任は法的に文部科学大臣たる下村氏にあり、現在の文部科学省が責任を引き継ぎ、現在の大臣が責任をもつ事案だ」との見解を示している。

そのうえで、当時、文科審議官だった前川氏の取るべき対応について考察を進めている(当時の文科事務次官は科学技術庁出身であり、前川氏は文部行政の実質的なトップであった)。

谷さんは「事務方の実質的なトップであった前川氏が責任の一端を当然担っていなくてはならないはず」としたうえ、前川氏がテレビ番組で「名称変更阻止にクビを掛けられなかったのは、今思うと意気地無しと言われても仕方がない」と自己批判したことに注目。「みずからの行政判断の意思に反する上司の不当な判断を受けるかまたは上司を忖度する立場に直面した時、「辞職覚悟で責任者を部下が説諭するか」あるいは「週刊誌等へ内部告発するか」は、非常に難しい」「99.9%は、軋轢を避けて責任者に従うことになるでしょう。前川氏も結果的にそれを選択しました。そして、退職後に告発することをみずから選んでいます」と綴っている。

谷さんはこうした前川氏の姿勢と、安倍氏の森友学園事件への関与を隠すため公文書改竄を指示した当時の佐川宣寿理財局長ら財務省幹部の姿勢を比較。「麻生太郎元財務大臣は責任をとらず、事務方で指揮した佐川宣寿(理財局長)は、退職後も前川氏と異なって問題点を認めるに至っていません」と切り捨てている。

さらには、菅義偉政権下の日本学術会議の任命拒否問題に触れ、「杉田官房副長官は105名の推薦者から6名を除いた名簿を作成し、任命責任者である菅義偉首相に提出しましたが、責任をとることができない官僚が不正を行って責任者を動かし、責任者が任命拒否の理由も国民と学術会議に説明しない、きわめて不当な結果による不当な事態が今も解消されていません。こうした不正を苦々しく思う官僚も多いはずです」と指摘している。

では、官僚はこうした事態に直面した時、どうしたらいいのか。谷さんが指摘するとおり「週刊誌等で内部告発する」のは心理面でもハードルが高い。そこで谷さんが必要性を強調するのは「不正をただす法的なシステム」である。「平目官僚が一方的に当然視され、不当で不正な事態に対する多様な選択が用意されていない現状の制度にも問題がある」というわけだ。

だが、数々の不正をもみ消してきた自民党政権下で、そのような内部告発システムが整備される可能性はほとんどない。前川氏のように退職後に暴露するかたちで「内部告発」することに当面の間は期待するしかないというのが谷さんの結論だ。

私も27年間勤務した朝日新聞社を退職した後、巨大新聞社が崩壊する過程をすべて実名で克明に描いた『朝日新聞政治部』を上梓し、自己保身と組織防衛に明け暮れる新聞記者たちの実像を「退職後内部告発」した。

これに対して「在職中に告発すべきだった」というご指摘もたくさんいただいた。

実は会社に退職届を出した2021年2月にサメジマタイムスを立ち上げ、正式に退社する5月末まで連日公開した連載「新聞記者やめます」に『朝日新聞政治部』の原型はあり、正確に言うと現職社員として「内部告発」を開始したのだが、それでも退職届を出した後なのだから、「在職中の内部告発」というのは無理がある。

私は朝日社員時代、職務時間外に投稿していたツイッターで朝日新聞に掲載された記事を批判していたが、それでも当時の編集局長(現在の中村史郎社長)ら幹部社員から、懲戒処分をちらつかせる激しい注意・警告を繰り返し受け、相当な抑圧を感じた(この詳細も『朝日新聞政治部』に克明に記している)。

公開された記事への批判でもそうなのだから、会社が隠蔽している事実を暴露する「内部告発」に踏み切ると平穏に終わらないのは間違いない。

言論機関を名乗る新聞社でそうなのだから、官僚組織は推して知るべしである。

改善策として思いつくのは海外の事例だ。

米国では官僚らの内部告発が非常に多い。これは共和党と民主党の二大政党による政権交代が定着し、内部告発によって現政権に疎まれても、政権交代が起きれば復権できるという手応えを官僚が感じているからだ。

日本では野党が弱すぎて自民党政権が延々と続くと官僚たちが考えていることがまずは内部告発を阻む大きな要因である。

そのうえで、終身雇用や年功序列という日本型システムが内部告発を難しくしている点も見逃せない。米国では政権が交代すると幹部官僚はがらりと入れ替わる。日本で内部告発による不正防止を定着させるには、終身雇用や年功序列という旧態依然たる労働慣行を改めることが不可欠だ。

官界もマスコミ界も人材が流動化し、組織に入ったり飛び出したり、頻繁に人事が入れ替わることが常態化すれば、個人が自らの倫理や正義感を優先して不正を内部告発する機会は格段に増え、ひいては政治の浄化につながる可能性が高い。

現在の日本において、官界もマスコミ界も人材を囲い込む閉鎖空間である。人材の流動化を阻止し、年功序列人事で管理統制を強めることで指導者たちは自らの地位を守っている。

この内向きな管理統制こそ、不健全な膿を組織内に堆積させ、日本を長期低迷に導いた主犯であろう。

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