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小室眞子さんの結婚会見で生じた違和感の正体〜「象徴天皇制」の意味を問い直そう!

秋篠宮家の長女眞子内親王が26日、大学時代の同級生である小室圭さんと結婚し、皇籍を離脱した。民間人となった小室眞子さんは同日、都内のホテルで夫と並んで記者会見した。

小室さん側の金銭トラブルが発覚して以降、国民の中からこの結婚への反対論が噴出した。一連の騒動は、天皇家への信頼を揺るがす戦後皇室史の重大事件に発展したといえるだろう。

この問題は憲法24条の「婚姻の自由」だけでは片付けられない。憲法1条の「象徴天皇制」とは何かを問う極めて政治的な問題である。私の見解は以下の記事に詳しく記しているのでご覧いただきたい。

眞子内親王の結婚騒動が問いかける象徴天皇制の根本的な矛盾を見つめ直そう〜皇族に皇籍離脱の選択権を!

きょうは小室眞子さんの記者会見を見て、とくに気になった点について触れたい。(会見全文はこちら)

 本日みなさまにお伝えしたいことがあるため、このような場を設けました。私が皇族として過ごしてきたなかで抱いてきた感謝の気持ち、私たちの結婚を心配し、応援してくださった方々への感謝、これまでの出来事のなかで私たちが感じてきたことや結婚への思いなどについてお話ししたいと思います。(中略)

 私と圭さんの結婚について、様々な考え方があることは承知しております。 ご迷惑をおかけすることになってしまった方々には、たいへん申し訳なく思っております。 また、私のことを思い静かに心配してくださった方々や、事実に基づかない情報に惑わされず私と圭さんを変わらずに応援してくださった方々に、感謝しております。

私が最も気になったのは、眞子さんの冒頭発言だ。眞子さんはこの結婚について「様々な考え方があることは承知しております」と述べ、反対論の存在を認めている。そのうえで「私のことを思い静かに心配してくださった方々や、事実に基づかない情報に惑わされず私と圭さんを変わらずに応援してくださった方々」に向かって「感謝」を伝えている。

芸能人の結婚会見なら「祝福してくれる人」や「応援してくれる人」に限って「感謝」を伝えても良いのだろう。しかし、これは、特別な公的地位にある皇族が結婚し皇籍を離脱することを国民に伝える記者会見のはずである。「結婚」の報告であると同時に、長年務めてきた「皇族」の役目を終えることを報告する機会なのだ。

何を難しいことを言っているのかと思われる方もいるかもしれないが、ここは「象徴天皇制」という国家統治の根幹にかかわる問題にこだわりたい。以下は憲法1条である。

第1条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。

憲法は天皇に対し「日本国民統合の象徴」であり「日本国民の総意に基く」存在であることを要請している。すべての国民から慕われ、すべての国民の連帯の証であることを求められているのだ。天皇制反対論者がいる以上は現実的に無理な話だが、できうる限り「全国民の統合の象徴」として立ち振る舞う責務を課されているといえる。これは「天皇家」に属する皇族も同じだ。

ところが、眞子さんの発言は、今回の結婚に対し「私のことを思い静かに心配してくださった方々や、事実に基づかない情報に惑わされず私と圭さんを変わらず応援してくださった方々」と、そうではない人々(この結婚に納得していない国民)を分けてしまっている。

その前段にも「私たちの結婚を心配し、応援してくださった方々への感謝」という部分がある。これも「私たちの結婚を心配し、応援してくださった方々」と、そうではない人々(この結婚を批判している人々)を分けてしまっている。

眞子さんは自分たちの結婚を心配し、応援してくれている人々に心から感謝の思いを伝えたかったのだろう。その気持ちはよくわかる。

しかし、今回の記者会見は、民間人となった小室眞子さんの「結婚報告」にとどまらず、眞子内親王の「皇籍離脱報告」でもあった。そこで「心配し応援してくれる人々」と、そうではない人々を分けて語るのは、「日本国民統合の象徴」であり「日本国民の総意に基く」ことを求められる皇族の立ち振る舞いとしては、避けねばならないことなのだ。この結婚に反対している人々、納得していない人々を含めて、すべての国民に対して、特別な公的地位である皇籍を離脱するにあたり「感謝」のメーセージを伝える姿勢が絶対に必要だったのである(少なくとも憲法はそのような立ち振る舞いを要請している)。

象徴天皇という特別な身分階級(憲法の「平等」原則の例外である特別階級)の存在は「日本国民統合の象徴」であり「日本国民の総意に基く」からこそ許されているという意識が、眞子さんを含む皇族の当事者たちにも、宮内庁にも、マスコミにも、そして国民の間でも希薄になっているのではないか。一連の結婚騒動を通じて私が最も懸念しているのはその点である。

安倍晋三元首相が街頭演説で、自らを批判する人々を「こんな人たち」と呼び、その姿勢が社会問題化したことがあった。首相は全国民を代表する立場なのに、自らを批判する人だけを切り離すのは一国のリーダーとしてあるまじき態度であるという批判はもっともだ。

同じことは皇族にもいえる。いや、皇族は憲法の条文でより鮮明に「国民の総意に基く」ことを求められているのだから、首相以上に「総意に基く」ように気を配らなければならない。そのような立ち振る舞いに徹することができず、一部の国民を切り離すような言動を重ねれば、象徴天皇制そのものの存続意義は失われてしまう。

象徴天皇制は国民を「統合」するためにある。これは日本国憲法が定める国家統治の根幹だ。天皇家の立ち振る舞いは国民を「分断」するものであってはならず、すべての国民の気持ちを包み込むように最善を尽くさなければならない。これは「すべての国民の平等」を掲げるこの国で「象徴天皇」という特別な身分階級を存続していくための大前提なのだ。

秋篠宮家で育った眞子さんが「象徴天皇制の根幹」への理解を欠いているとしたら、他の皇族たちははたしてどうなのかーー眞子さんの記者会見はそのような懸念を惹起させるものであった。

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