政治を斬る!

比例名簿が暴いた「本音の政局」――総選挙の裏で始まった冷酷な権力闘争

総選挙の比例名簿が出そろった。そこに書かれているのは、政治家たちの建前ではない。本音である。

高市・麻生体制の自民党は、石破政権の閣僚を容赦なく切り捨てた。
立憲と公明が結成した中道改革連合は、公明党を名簿上位に並べ、立憲の中堅若手を背水の陣に追い込んだ。

比例名簿は、政治家の言葉よりも正直だ。
そしてそこから見えてくるのは、選挙結果だけではない。総選挙後の政局までをも暗示する、冷酷な権力構図である。

公明が手にした「新党マジック」

最も劇的な変化は、公明党だ。

中道改革連合の比例名簿は、各ブロックで公明党が上位を独占した。公明は小選挙区から全面撤退し、現職・元職・新人あわせて28人を比例単独の上位に配置した。

この時点で、これらの候補は当選がほぼ確実となる。

公明党は前回総選挙で大敗し、議席を大きく減らした。連立離脱と選挙協力解消により、さらなる議席減が確実視されていた。

ところが、立憲との新党結成によって状況は一変する。
比例枠を優先的に確保し、議席を回復させる構図をつくり上げた。

近畿では上位5枠を独占。九州や東京、南関東、東海などでも、従来より多くの議席を確保できる布陣となった。

仮に中道が選挙で敗北しても、議席を大きく失うのは立憲であり、公明は議席を増やすのは確実だ。
新党が解散しても、公明だけが議席を積み増す。
まさに「新党マジック」と呼ぶべき現象である。

立憲が背負った過酷な代償

一方で、最大のリスクを背負わされたのが立憲民主党だ。

小選挙区に立つ立憲候補に残された比例復活枠は、極めて限られている。
比例で安定的に当選できる公明候補とは対照的に、激戦区を背水の陣で戦わされている。

それでも立憲が新党に参加した理由は明確だ。各選挙区で公明票が上乗せされるという期待である。

しかし解散後の世論調査は、その前提を崩した。
創価学会内部には、長年対立してきた立憲への警戒感が残っていた。
さらに、これまで公明を支えてきた業界票も離れ始めた。

公明票がそのまま立憲に流れる構図は成立しなかった。
むしろ支持層の一部は公明党との合流に反発して離反し、結果として支持は単純合算を下回る形となった。

加えて、公明候補はすでに比例で当選が確実視されている。
学会組織が小選挙区で立憲候補を支援するインセンティブは大きく低下した。
立憲は比例枠を差し出す代わりに、不確実な支援を期待するという極めて危うい選択をしたといえる。

ただ一人の特別待遇

比例名簿のなかで、象徴的な例がある。奈良1区の馬渕候補だ。

比例近畿では、公明候補が1位から5位までを占めた後、馬渕候補だけが6位に配置された。
他の立憲候補はその下の7位に横並びで置かれている。

この配置の背景には、立憲と創価学会を結ぶ政治的パイプの存在がある。
馬渕氏は新党協議の場にも同席し、学会側との調整役を担ってきたとされる。

結果として、立憲内部では不公平感が広がる構図となった。
比例復活の道が極端に狭められた中堅若手にとって、士気低下は避けられない。

比例近畿で想定される議席数を考えれば、立憲候補の復活枠はほぼ残されていない。
新党参加という決断は、立憲の組織基盤を大きく揺るがしている。

自民が仕掛けた党内粛清

比例名簿の衝撃は、自民党にも及ぶ。

高市・麻生体制は、党内の反主流派を徹底的に排除する布陣を敷いた。
石破政権で閣僚を務めた3人(村上誠一郎前総務相、阿部俊子前文科相、伊藤良孝前北方沖縄相)が、比例名簿の下位に配置されたのである。いずれも小選挙区候補の下に置かれ、比例単独での当選は極めて困難な位置だ。
前回は比例1位で優遇された3人が、今回は落選圏に押し込まれたのだ。

これは単なる人事ではない。
総選挙後に想定される「反高市連合」への牽制である。中道と自民党内のアンチ高市派(石破茂前総理や森山裕前幹事長)が連携し、高市総理を退陣させて大連立を組む構想だ。
自民党内の権力闘争は、すでに比例名簿という形で表面化している。

三つ巴の選挙構図

今回の総選挙は、単純な与野党対決ではない。

高市総理を支える自民主流派と維新。
高市退陣を狙い、大連立を模索する自民非主流派と中道。
そして勢力拡大を狙う国民民主や参政党という第三極。

比例名簿は、その三つ巴の構図を如実に映し出した。

選挙戦の表舞台では政策論争が繰り広げられている。
だが、水面下では、総選挙後の主導権を巡る仁義なき闘争がすでに始まっている。

比例名簿は、静かな紙切れに過ぎない。
しかしそこには、政治の最も残酷で、最もリアルな力学が刻まれている。