自民党の茂木敏充幹事長が1月25日の衆院代表質問で、岸田文雄首相が打ち出した「異次元の少子化対策」に関連し、児童手当の所得制限撤廃を主張した。
民主党政権は当初、所得制限のない「子ども手当」を実行していた。自民党は当時、バラマキ政策だとして激しく批判し、予算総額を抑える「児童手当」に改めて所得制限を導入するよう迫った。現在は中学生以下の子どもがいる世帯は原則として1人当たり月額1万円~1万5000円支給しているが、一定以上の収入がある世帯は月額5000円に減額している。
茂木氏は民主党政権時代、所得制限のない「子ども手当」を批判する急先鋒だった。国会審議で「ばらまき政策そのものだ」「これだけ厳しい財政状況の中で見直しは必要だ」「かなりなレベルの所得制限が必要だ」と主張していたのだ。
それが突然の手のひら返し。民主党政権を担った立憲民主党の幹部からは「どの口が言うんだ」(長妻昭政調会長)と批判が噴出している。
長妻氏の気持ちはわかる。茂木氏の変節はたしかに節操がない。
しかし児童手当は親ではなく子どもに対する支援である。どんな家庭に生まれても、親の所得にかかわらず、子どもひとりひとりを公平に支援するという理念に照らせば、所得制限の撤廃は望ましい。
政治家としての目的が政策の実現にあるならば、与党が野党の政策をパクって実現することは政治的手柄を奪われて不愉快になるにせよ、その気持ちを乗り越えて歓迎すべき事柄である。むしろ野党は与党を先取りする形で時代が要請する政策を次々に打ち出し、それを与党にパクらせるというかたちで政策実現を進めていくのは、野党のひとつの役割であろう。その積み重ねが政党としての信頼を高め、選挙で与党を倒して政権を奪うことにつながっていく。
立憲は専守防衛を逸脱する敵基地攻撃能力の保有や、旧統一教会の被害者救済法案で、維新とともに自公与党にすり寄り、野党支持層の離反を招いている。逆に今回の所得制限撤廃のように自公与党がすり寄ってくるような魅力的な政策を掲げることに全力を尽くせば、信頼回復につながるだろう。
以上の点をふまえて、さらに茂木氏の「所得制限撤廃」について解説を深めていこう。
茂木氏は第二派閥・茂木派の会長として「ポスト岸田」への野心を隠していない。岸田派の主流派は茂木派、麻生派、岸田派であり、自民党の総裁ー副総裁ー幹事長をこの主流3派で固めている。岸田首相が退陣した後は自分の番だという思いは強く、だからこそ岸田政権を幹事長として支えているといってよい。
岸田政権の最大の後ろ盾である麻生太郎副総裁は財務省の「用心棒」だ。安倍政権下で消費税増税に消極的な安倍晋三首相を説得して二度の増税を実現させたのは、麻生副総理兼財務相だった。
岸田首相が率いる宏池会は言わずと知れた財務省に最も親密な派閥だ。池田勇人、大平正芳、宮沢喜一ら大蔵省OBの歴代首相を輩出しており、岸田首相の最側近である木原誠二官房副長官も財務省OBである。
財務省としては岸田ー麻生体制のうちに悲願の消費税増税を進めたい。岸田首相が「異次元の少子化対策」を打ち上げたのは、消費税増税への布石であると永田町・霞が関では誰もが受け止めた。
岸田首相が打ち上げた「防衛増税」(法人税、所得税、たばこ税の増税)も、先に防衛力強化を表明し、その財源の確保として慌ただしく提起したものだった。今回もまずは「異次元の少子化対策」を打ちあげ、その財源を確保するために消費税増税の議論を打ち出すーーこれは財務省のいつもの手である。
茂木氏としては、麻生派や岸田派の後押しを受けてポスト岸田をねらう以上、財務省を敵に回すわけにはいかない。最大派閥の清和会(安倍派)や非主流派のドンである菅義偉前首相、二階俊博元幹事長らは増税路線に反対だが、茂木氏は彼らにそもそも受けが悪く、岸田政権の主流派の枠組みでポスト岸田に担がれるしか道はないのだ。
この文脈で読めば、茂木氏が一足先に所得制限撤廃を打ち出し、消費税増税の議論をはじめる地ならしを進めた意味が読める。財務省がシナリオを描いているに違いない。茂木氏の「政権取り戦略」が見えたといえるだろう。
問題は、茂木氏を批判する立憲民主党も本質的には「財務省べったり」の消費増税派であることだ。
民主党政権で菅直人・野田佳彦両首相が公約に掲げなかった消費税増税を強引に推し進めたことが、民主党政権崩壊の最大の原因であった。当時、副総理や財務相として消費税増税を進めた岡田克也幹事長と安住淳国対委員長が今の立憲民主党を牛耳っている。このあと岸田ー麻生ー茂木ラインが「異次元の少子化対策を進めるための財源を確保するために消費税増税が必要だ」と提起したとき、全面的に反対できるのだろうか。
防衛増税も同じである。立憲は敵基地の先制攻撃には反対しながらも、敵基地攻撃能力を持つ巡航ミサイル・トマホークを米国から購入して国内に配備することには反対していない。その財源を確保するための防衛増税には今のところ反対しているが、歳出改革(他の予算削減)などで財源を確保して防衛費を増額すること自体には反対していないのだ。歳出改革を尽くしても財源が足りなければ、防衛増税やむなしという姿勢に転換する余地を十分に残しているのである。
同じように消費税増税も、少子化対策を大胆に進めるために歳出改革に取り組んだうえで、それでも財源が足りなければ消費税増税はやむなしと受け入れる可能性は十分にある。財務省のシナリオ通りである。
異次元の少子化対策を消費税増税の布石とする、その第一歩が所得制限の撤廃だーーという大きな方向性で、岸田政権の主流派(岸田ー麻生ー茂木)と、立憲民主党は重なり合う。どちらも財務省主導の増税路線(緊縮財政路線)に変わりはない。
日本を衰退させた最大要因は少子化である。その少子化対策を人質にとって、一般庶民を切り捨てる消費税増税を推し進める政治姿勢こそ、国民の政治不信を増大させた最大要因であることに与野党は気づかなければならない。
自民党はそもそも強者の味方である。庶民や弱者の立場に立つべき野党第一党が便乗していることに、日本政界を覆う閉塞感の最大の原因がある。
鮫島タイムスYouTube週末恒例の『ダメダメTOP10』に今週は茂木幹事長もランクイン。されどランキング上位はやはり権力を私物化しているあの父子か? ぜひご覧ください。