政府はマイナンバーカード取得を「任意」として普及させてきた。最大2万円のマイナポイントという「エサ」をぶらさげ、国民を引き込もうとしてきた。それでも9月末時点で取得率は49%にとどまっている。
個人情報漏えいへの不安は根強い。それに加え、政府の本当の狙いは国民の資産と所得を漏らさず把握し、税金や社会保障費を確実に取り立てることにあることを、国民は薄々感じている。
低取得率は、国民がこの国の政府を信用しておらず、税金を納得して納めるほど予算の使い方を支持していないという意思表示である。最大2万円の「エサ」をぶらさげられても、警戒感のほうが上回っているといえるだろう。
そのなかでデジタル庁を所管する河野太郎デジタル相が「任意」の方針を一転し、2024年秋に健康保険証を廃止してマイナンバーカードと一体化させる方針を表明した。国民生活に不可欠な健康保険証を人質にして「マイナ保険証」の取得を事実上強制するものだ。
内閣が一方的に宣言してマイナ保険証の取得を事実上強要するのは、国民に義務を課す場合には国会で法律を制定することが必要であるという民主国家・法治国家・三権分立の大原則に反している。任意取得のままでは一向に取得率が高まらない現状に業を煮やし、事実上の強制で普及を強引に進めようという強権政治というほかない。
河野大臣は「利便性が高まる」と強調するばかりで、国民の不安や疑問に論理的に答えようとしていない。それを「剛腕・河野大臣」と持ち上げるマスコミ報道にもつける薬がない。
マイナンバーカードについてはさまざまな批判が向けられているが、私がとくに懸念する点をここでお伝えしたい。
マイナンバーカードとは何か。一言で言えば、デジタル庁が運営する「マイナポータル」を利用する際に必要なカードである。この「マイナポータル」とは、行政手続きや本人情報の確認をオンラインで行う行政サービスのことだ。
つまりマイナンバーカードを取得するということは、マイナポータルを利用するということである。
私たちがほとんど知らされていないのは、マイナポータルを利用するルールは、法律や契約ではなく、デジタル庁が一方的に決める「利用規約」で決められているということだ(利用規約への同意は法律上、契約成立と解釈されうるが、ここでは双方が協議したうえで契約書を交わす狭義の「契約」と区別して論じたい)。
法律は衆参両院での国会審議を経た上で成立する。改正する場合も国会審議を経て可決することが不可欠だ。国民はさまざまな問題点・疑問点を国会審議を通じて知ることができる。
契約は双方の合意なしには締結も変更もできない。納得できないならサインしなければよい。
それに対し、利用規約はサービス提供側が一方的に変更できる。YouTubeやTwitterなどSNSの利用規約と同じだ。提供側が自分の都合である日突然に変更できるのである。利用者はそれに文句を言えない。
デジタル庁という国家権力が提供するマイナポータルの運用は、デジタル庁が一方的に変更できる「利用規約」で定められている。だからこの位置付けはあくまでも「行政サービス」であり、国民に強要するものではなく、それを利用するかどうかは本来「任意(=国民が自由に決められる)」であって当然なのである。
この原則を逸脱して取得を事実上強制する以上、やはり法律でルールを決めなければならないというのが民主国家・法治国家の大原則である。そこをうやむやにして「利用規則」のまま「利便性」を強調し、マイナポイントという「アメ」をぶらさげ、さらには健康保険証を廃止して取得に追い込むという「ムチ」で事実上強要するのは、国家権力の暴走ともいえる暴挙である。
さらにこの「利用規約」を読むと、実に恐ろしいことが書いてある。
マイナポータルの利用規約を読んだうえでマイナンバーカードを取得した人はごく少数であろう。マイナポータルのサイトを開いても、どこに「利用規約」があるのか、とても探しにくい。一番下の欄に「動作環境」「個人情報保護」などと並んで小さく「利用規約」という文字があり、そこをクリックするとようやく「利用規約」のページに飛ぶのだ。
利用規約のページにたどりついても、そこには難解な条文が第1条から第25条まで並ぶだけで、わかりやすい解説もない。これをすべて読む人は、関係者か専門家かよほどのマニアか、ごくごく一部であろう。
私も覚悟を決めて読んでみたが、法学部出身の私でさえ、とてもわかりにくい条文である。このページは一般国民が読むことを想定していない。極めて不誠実な行政態度である。
私が気になった条文をいくつか紹介しよう。
第3条「自己の責任と判断に基づいて本システムを利用し、(中略)デジタル庁に対しいかなる責任も負担させない」
マイナンバーカードはすべて自己責任で利用するという大原則をうたっている。利用によっていかなる問題が発生してもデジタル庁(=政府)は一切の責任を負わないと宣言しているのだ。
情報が漏れたり、システム障害で損失を被ったりしても、泣き寝入りするしかない。「これはあくまでもサービスであって、政府は一切の責任を取りませんよ」というわけだ。そんなサービスを強要されてはたまらない。
第4条「本システムにアカウント登録する場合、内閣総理大臣に対して次に掲げる事項について同意したものとみなします」
この条文はとくに難解だった。「内閣総理大臣」というのは何も首相個人に限定するものではなく「政府」を指す。そして「次に掲げる事項」として以下、ズラズラと規定が並んでいる。
ひとつひとつを吟味するのは法律家でなければ困難であろう。だが、間違いなくいえることは、マイナポータルにアカウント登録すれば、その際に提供した個人情報(口座情報など)は「政府がいろんな形で使っていいですよ」と白紙委任したと思ってよい。後から文句を言っても「利用規約にあなたは同意していますよ」と突き放されるだけだろう。
第11条「システム利用者が、本システムにおいて、金融機関名、本支店名、口座種別、口座番号及び口座名義(以下「口座情報」という。)を入力する電子申請を行う場合、申請情報入力画面で入力された口座情報の実在性を確認するため、本システムから、外部の口座確認サービスを通じて金融機関に対して当該口座情報を照会することについて同意したものとみなします」
この条文もじっくり読むと恐ろしい。政府ばかりか「外部の口座確認サービス」や「金融機関」にも個人情報の取り扱いを広く容認する内容になっている。
いったい私たちの個人情報はどのように使われるのだろうか。マイナポータルを利用して電子申請をすれば利用規約に同意したとみなされ、あとは「合法的」に私たちの個人情報はあちこちを駆け巡り、どこでどう使われているのか確認することは極めて困難となるのである。
第23条「デジタル庁は、本システムの利用及び利用できないことによりシステム利用者又は他の第三者が被った損害について一切の責任を負わないものとします」
こちらは第3条の規定を念押ししたもの。「何があってもデジタル庁は責任を取らないよ」「これを利用して損害が出ても知らないよ」と繰り返しているのである。よほど責任を問われたくないのだ。自己保身の塊である。
第24条「デジタル庁は、必要があると認めるときは、システム利用者に対し事前に通知を行うことなく、いつでも本利用規約を改正することができるものとします」「システム利用者が本システムを利用するときは、システム利用者は改正後の利用規約に同意したものとみなされます」
この規定が肝だ。先に指摘したとおり、この利用規約はデジタル庁が一方的に変更できるのである。利用者はその変更に気づかないまま、マイナポータルを利用した瞬間に、利用規約の変更に同意したとみなされてしまうのだ。どんなに不利な変更が加えられても、利用したら同意したことになるのである。
マイナポータルを利用するごとにサイトの下の小さな「利用規約」の文字をクリックして、難解な条文全てに目を通す人など存在しないだろう。なんて恐ろしい条文なのか、これは! 民間サービスではなく、政府が実施する行政サービスのあり方とはとても思えない。
マイナポータルの仕組み自体に、行政が公費を投入して行う事業として、さまざまな疑問点がある。私は利用する気になれない。そのうえに単なる「任意」ではなく、事実上の強制として取得を迫るのは、もはや国家による権力濫用だ。
河野大臣の強権政治をこのまま許すわけにはいかない。