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安倍国葬の最大の立役者は野田佳彦元首相?「元総理が元総理の葬儀に出ないというのは人生観から外れる」

立憲民主党の最高顧問である野田佳彦元首相が安倍晋三元首相の国葬に参列すると表明した。9月16日のBSテレ東の収録で以下のように語った。

内閣総理大臣の経験者は64人しかない。その重圧と孤独を、私も短い期間だが味わっている。それを最も長く経験された方だ。元総理が元総理の葬儀に出ないというのは私としては人生観から外れる。

あまりに軽いこの言葉をみて、野田氏は自らも「元首相」として国民に恭しく弔ってもらいたい、願わくは国葬にしてもらいたいのではないかと私は思った。

この政治家は「国民」「大衆」との一体感よりも「元首相同士」の連帯感を大切に生きている。

首相という地位を得た者たちのインナーサークルに属していることを最高の栄誉として誇っている。

一言で言えば、国民よりも国家権力にあからさまに寄り添っている。

「上級国民気取り」とは、こうした振る舞いを言うのであろう。これが野党第一党の最高顧問である元首相の実像である。

安倍国葬が抱える問題は①国家権力が特定の政治家を神格化し、国民に弔意を強要する②法的根拠がなく国民の多数が反対するなかで強行実施し、社会の分断を深める③権力私物化を重ねたうえ、自民党内に旧統一教会との歪んだ関係を広げたことを含め、安倍氏の政治的評価に厳しい視線が向けられているーーなどである。

民主主義のあり方に直結する国政上の重大な問題を棚上げし、「人生観」という個人的・情緒的な一言で片付けて自らの国葬参列を正当化する元首相の薄っぺらい政治感覚に私は呆れ、このような政治家が民主党政権の首相を務めていたこと、いまなお野党第一党の最高顧問として隠然たる影響力を保持していることの危うさを痛感した。

旧民主党政権に属した政治家たちは野田氏を首相に担いだ失敗を大いに悔い、現立憲民主党に属する政治家たちは野田氏を最高顧問に担いでいることを大いに恥じるべきだろう。この人物は、安倍政権が日本社会に残したさまざまな傷跡に憤慨する気持ちがさらさらなく、むしろ首相経験者としての連帯感に酔いしれているのである。

思い起こすのは、鳩山由紀夫、菅直人の両氏に続いて民主党政権の首相に就任した野田氏が2012年、自民・公明両党との間で公約になかった消費税増税に合意した挙句、自民党総裁に復帰したばかりの安倍氏との党首討論で早期衆院解散をいきなり約束し、その言葉通りに解散を断行して惨敗・下野したことだ。

安倍氏は政権に返り咲いた後、「民主党の悪夢」と民主党政権の失敗をあげつらうことで国政選挙6連勝を果たし、7年8ヶ月も最高権力者の座に君臨した。この間、大企業や富裕層はアベノミクスによる株高で潤う一方、庶民の賃金は上がらず、貧富の格差は拡大した。

安倍政権を歴代最長政権とし、安倍氏の国葬まで実施することになった最大の立役者は、安倍政権の誕生をお膳立てした野田氏であったといえるかもしれない。

立憲民主党はその野田氏を最高顧問に担いでいる。さらに泉健太代表は参院選惨敗後の人事で、野田内閣で副総理を務めた岡田克也氏を幹事長に、野田内閣で財務相を務めた安住淳氏を国会対策委員長に、野田氏の最側近として知られる財務官僚出身の大串博志氏を選挙対策委員長に起用した。これではどうみても「野田氏の傀儡執行部」であり、財務省べったりの野田氏がモットーとする「緊縮財政」「消費税増税」を進めるための布陣にしかみえない。

立憲民主党が安倍国葬への出欠についてなかなか態度を決めきれず、世論から散々批判された後、国葬そのものに反対するというよりも、国葬を決めた手続きが「拙速で独善的」という理由で「執行役員は欠席」「個々の議員の判断は尊重」という玉虫色の決定に至ったのも、立憲民主党内に隠然たる影響力を残す野田氏への配慮としか思えない。

野田氏は最高顧問ではあるが、執行役員ではない。野田氏の国葬参列に道を開くため、立憲民主党は「執行役員は欠席するが、他の議員は個々の判断」という、あいまいな態度をとったのではないか。

これでは、安倍氏の顔色ばかりうかがっていた近年の自民党と同じだ。安倍政権が日本社会に残した爪痕にもこの政党は本気で怒っていないのだろう。

私はこれまで立憲民主党の不甲斐なさを繰り返し指摘してきたが、今回の野田氏の態度をみて、堪忍袋の緒が切れた野党支持者は多いのではないか。

立憲民主党が大衆の立場に徹底的に寄り添い、上級国民の声を代弁する自民党に真っ向から対抗できない根幹的な問題がここにある。

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