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野田佳彦を首相に押し上げた松下政経塾と財務省〜「練りに練った安倍追悼演説」を機に彼の「かませ犬人生」を振り返る

私が朝日新聞政治部記者として民主党を最初に担当した2001年当時、野田佳彦元首相は当選2回、世間的には無名の衆院議員だった。マスコミ各社でも彼を積極的に取材する政治記者はほとんどいなかった。

けれども民主党内ではそれなりの存在感を示していた。与野党を超えて政界に進出していた松下政経塾の1期生だったからだ。

民主党の若手ホープとして脚光を集めていたのは、非自民連立政権が誕生した1993年衆院選で国政デビューした当選3回の前原誠司、枝野幸男、玄葉光一郎、松沢成文、樽床伸二の5氏だった。弁護士出身の枝野氏をのぞく4人は松下政経塾OBだ。前原氏と玄葉氏は8期生、松沢氏と樽床氏は3期生である。

この「5人組」は世代交代や若手登用を掲げて連携し、定期的に会合を重ねていた。そのうちの一人、玄葉氏がある時、政治記者の私に「仲間をひとり増やして6人組にしようと思う。野田佳彦がいいと思うんだけど、どう思う?」と意見を求めてきた。

私は正直、野田氏をほとんど知らなかった。言葉に窮していると、玄葉氏は「野田佳彦はいいよ」と繰り返した。

5人のうち、前原氏、枝野氏、玄葉氏は新党さきがけから1996年の民主党結成時に参画し、1998年の新進党解党を受けて民主党に合流した松沢氏や樽床氏とは微妙な温度差があった。同じさきがけ出身者でも玄葉氏は民主党を旗揚げした菅直人氏が寵愛する前原・枝野両氏に比べると存在感が薄かった。松下政経塾の先輩で政治スタンスが近い野田氏を5人組に引き込んで主導権を確保しようとしたのだろう。

実は野田氏も1993年初当選組である。しかし彼は1996年衆院選に新進党公認で出馬するも僅差で落選し、2000年衆院選で国政復帰した経緯がある。5人組から一歩出遅れていたのだった。

玄葉氏の後押しもあって、野田氏はこのあたりから民主党内で少しずつ頭角を現していく。彼の最初の政治的原動力は松下政経塾の人脈にあった。

パナソニック創業者である松下幸之助が立ち上げたこの政治塾が、世襲政治家やキャリア官僚OBが幅を利かしていた日本政界に新たな人材を注ぎ込んだのは間違いない。

野田氏と同じ一期生19人の中には自民党の逢沢一郎氏がいる。松下政経塾は先輩・後輩の関係を重視しており、野田氏や逢沢氏は党派を超えて後輩たちから一定の敬意を払われていた。

岸田政権では、高市早苗・経済安保担当相(5期生)、松野博一官房長官(9期生)、秋葉賢也・復興相(9期生)らが要職に就いている。そのほか、自民党の小野寺五典元防衛相(11期生)や立憲民主党の福山哲郎元幹事長(11期生)、原口一博元総務相(4期生)らも松下政経塾OBだ。三日月大造・滋賀県知事(23期生)や松下玲子・東京都武蔵野市長(25期生)ら首長にも少なくない。

このところ話題になった政治家では、2019年参院選広島選挙区での大規模買収事件で実刑判決を受けた河井克行氏(6期生)、統一教会のイベントで「マザームーン」とおもねる発言で有名になった山本朋広氏(21期生)、未成年と同意のもとで性行為をして逮捕されるのはおかしいなどと発言したとして衆院議員辞職・立憲民主党離党に追い込まれた本多平直氏(9期生)がいる。

与野党にまたがってこれだけ多くの政治家を輩出してきたのだから、世襲や官僚に代わる政治家供給源として良くも悪くも大きな存在感を発揮してきたといえるだろう。

野田氏はその第一期生であり、首相に上り詰めた唯一の政治家である。政治家養成をめざして設立された松下政経塾の「集大成」とも言えるのではないか。

民主党が政権を奪取した2009年以降、中堅政治家に過ぎなかった野田氏を台頭させたのは財務省である。野田氏は鳩山内閣で財務副大臣に起用され、菅内閣で財務相に昇格し、そのまま一直線に首相に上り詰めた。

野田氏はそもそも財務副大臣を強く希望したわけではない。鳩山官邸の当時の幹部は「副大臣人事を決めるにあたり野田氏は財務副大臣でも総務副大臣でもよかったのだが、野田氏は存在感があったので財務副大臣にした。今思えば失敗だった」と明かす。

その野田氏を財務省は囲い込んだ。偶然の巡り合わせで財務省入りしたことが野田氏の政治人生を飛躍させたのである。

民主党政権は消費税増税を進めた菅直人、野田佳彦、仙谷由人、岡田克也、枝野幸男、前原誠司、安住淳の各氏と、消費税増税に反対した小沢一郎氏や鳩山由紀夫氏の抗争で3年余りで崩壊した。

菅内閣が倒れた後、財務相だった野田氏は「反小沢」と「消費税増税」の主導役として首相に担がれた。この野田氏を財務省は全面的にバックアップしたのだ。現在も野田氏が政界で一定の影響力を保っているのは、財務省との濃密な関係があるからにほかならない。

野田氏は首相時代に宏池会の谷垣禎一総裁が率いる野党・自民党と消費税増税で合意し、公明党を含めた「3党合意」に踏み切った。その後に自民党総裁に返り咲いた安倍晋三氏との党首討論で衆院解散を約束。民主党はこの衆院選で惨敗して下野し、分裂していく。自民党の政権復帰や安倍長期政権実現の最大の立役者は野田氏といっても過言ではない。

時は巡り、財務省とは歴代親密な関係を続けている宏池会の岸田文雄政権が誕生し、野田氏ら消費税増税派が牛耳る立憲民主党に接近するのは自然な流れであろう。岸田首相が国民世論の総スカンのなかで断行した安倍国葬に野田氏が参列し、安倍追悼の国会演説を野田氏が引き受けたことも、自民・立憲の歩み寄りを象徴する出来事だったといっていい。

野田氏は10月17日、自らのブログに安倍追悼演説を引き受けた理由を記した。

安倍氏とは1993年初当選の「同期」だとしつつ、「「政治家一族」と呼ぶべき家に生を受け、生まれながらにして「公」を「背負う」ことが運命づけられていた安倍氏と、徒手空拳で這い上がってきた私の生い立ちは対照的でした」としつつ、「長期政権が誕生するきっかけとなった因縁がある上に、その最期にも立ち会う運命になるとは…。安倍氏にスポットライトを当てるための政治人生です。「かませ犬」みたいです」などと綴ったうえ、「今週は言葉を練りに練り仕上げにかかります」と記している。

追悼演説を事前告知する野田氏のツイッターにも、久々の表舞台にどこか浮かれている様子が伝わってくる。

さて、どんな追悼演説になるのか。それを前に、野田氏の政治人生を私なりに振り返ってみた。

野田氏の国葬参列と追悼演説についてはユーチューブ動画でも考察したので、ご覧いただきたい。

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