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大谷翔平選手の通訳をメジャーリーグ・ドジャースがスポーツ賭博で解雇した衝撃〜なぜそのルールが設けられているのかという根本をめぐる日米社会の温度差

米大リーグ・ドジャースに移籍した大谷翔平選手の通訳として人気を集めていた水原一平氏が違法なスポーツ賭博をしていたとして解雇されるという衝撃のニュースが、3月20日に韓国で開幕戦が行われた直後に飛び込んできた。

水原氏は開幕戦でもベンチ入りして試合中にも大谷選手と言葉を交わしていたし、ネット裏では大谷選手の新妻と水原氏の妻らが一緒に声援を送る映像が流れていただけに、どう受け止めたらいいのかという困惑が日本中に広がったのは無理もない。

【米メディアの報道】

これまでの報道で見えてきた経緯は以下のとおりである。

・水原氏が米国でスポーツ賭博を行い、約7億円の損失を出した。

・賭博業者の摘発を機に大谷選手の口座から6億8000万円が賭博業者に送金されていたことが発覚し、FBIが捜査を進めている。

・水原氏は当初、スポーツメディアの取材に「大谷選手に借金を肩代わりしてもらった」と証言したが、のちに「大谷選手は何も知らなかった」と撤回した。

・ドジャース球団は「大谷選手は被害者だ」として、水原氏を「窃盗」で当局に告発して解雇した。

・米国では大スキャンダルとして報道されている。大谷選手が関与していた可能性が高いとして責任追及を求める声も上がっており、FBIの捜査や大リーグの対応の行方は予断を許さない。

【二つの違反】

以上の経緯から論点を整理してみよう。

まずは水原氏をめぐるふたつの「違反」の有無が焦点だ。

①法律違反

米国の多くの州ではスポーツ賭博は合法だが、カリフォルニア州では違法である。水原氏がかかわった賭博業者はカリフォルニアで賭博を行って摘発された。水原氏は賭博行為を認めているうえ、金額も大きいことから、賭博行為をめぐって刑事訴追される可能性は十分にある。

②大リーグ規則違反

大リーグは選手や関係者の野球賭博を禁止している。とりわけ自球団にからむ賭博が発覚すれば永久追放は免れない。

その他のスポーツ賭博も違法なものは禁止対象だ。カリフォルニアでのスポーツ賭博は法律に加えて大リーグ規則にも違反する行為で、厳罰が科される可能性は否定できない。ドジャースが水原氏を早々に解雇したのはこのためだ。

【大谷選手の関与】

最大の焦点は、大谷選手が違法賭博に関与したのかどうか、大谷選手の責任が問われるかどうかだ。

水原氏の当初証言通り、大谷選手が水原氏からスポーツ賭博に手を出して巨額の損失を招いたことを聞き、借金を「肩代わり」するために自ら賭博業者に6億8000万円を送金したのなら、違法賭博に関与したと判断される可能性は高いだろう。仮に賭博が違法であるとの認識がなくても、それだけで免責されるのは難しい。

このため大谷選手の代理人(弁護士)は、大谷選手は一切関与していないというところに防衛ラインを設定し、水原氏に当初の証言を撤回させて「大谷選手は何も知らなかった」と虚偽のストーリーをつくっているのではないかとの疑念が抱かれている。

大谷選手が送金したことが認定されると、大谷選手自身も共犯として刑事訴追されることや、刑事訴追を免れたとしても大リーグ規則に違反したとして永久追放を含む厳しい処分が下される恐れがある。そこで代理人は水原氏が勝手に大谷選手の口座から賭博業者に6億8000万円を送金した「窃盗」で告発したというわけだ。

だが、大谷選手の口座から賭博業者へ送金される事実は動かしがたい。通訳として常日頃から密着していたとはいえ、水原氏が大谷選手の知らないところで勝手に送金したという説明の信憑性は高くない。

はたして代理人の主張がFBIや米国メディアに受け入れられるのか。この主張が破綻すれば、状況はさらに暗転する。決して楽観できない事態といっていい。

【この問題をどう考えるのか】

水原氏は「違法とは知らなかった」と証言しているが、それだけで刑事訴追を免れることは難しい。

大谷選手が水原氏に「二度としない」と約束させたうえで巨額の借金を肩代わりして「助けた」というのは、人情的には美談になっても、法的には免責事項にはならず、むしろ「違法行為を知りつつ幇助・隠蔽した」という疑念を深める恐れがある。

このため、代理人としては大谷選手は何も知らなかったということで押し通すしかないと判断したと思われる。その判断自体が法的なリスクを抱えているが、大谷選手にそのような主張を強いることもメンタル面で相当な負荷となるに違いない。

私が今回の件で指摘しておきたいのは、「ルール違反」に対する日米の認識ギャップである。

日本では「ルールに違反したらダメ」という形式的な見方が強くある。しかし、より大切なのは「なぜそのルールがあるのか」という法律や規則の目的を理解することだ。日本社会は常にこの視点が弱い。

まずは法律について考えよう。

米国で賭博を法律で禁じているのは、個人の賭博行為自体を「悪」とみなして撲滅するというよりも、賭博に絡んで巨額の資金が反社会勢力に流れることを防ぐ社会的目的からである。本来は賭博で負けて大損を招くのも個人の自由だけれども、その結果として巨額の資金が反社会性力に流れ、治安が悪化したり、人権侵害が進んだりすることを未然に阻ぐ社会的目的のために、個人の自由に制約を加えるという発想なのだ。

この点を今回の問題に置き換えると、送金が6億8000万円という巨額であることが重大になってくる。「二度と賭博をしないことを約束させて助けた」というのは、私人同士の行動としては立派だとしても、その結果として反社会勢力に巨額の資金が渡ったという社会的損失は計り知れず、社会的責任を問われることは避けられない。私的な友情や思いやりよりも社会的要請が勝るというシビアな現実も米国社会にはある。

次に野球賭博や違法なスポーツ賭博を禁じる大リーグ規則について考察したい。

この規則の目的は、大リーグを楽しむ野球ファンが「八百長」への疑念を抱くことを阻止し、一流選手たちが世界最高峰の舞台で真剣勝負を繰り広げるという「大リーグのブランド価値」を守ることにある。「倫理的・道徳的ルール」というよりは「ビジネス的な要請に基づくルール」と考えたほうがよい。

野球賭博に手を染めた選挙や関係者を大リーグにとどめれば、八百長疑惑がいつ再燃してもおかしくはない。永久追放を含む厳しい姿勢を示すことで野球ファンの信頼を勝ち取ることが、大リーグビジネスを持続させるために死活的に重要であるという認識が共有されているのだ。

野球賭博でなくても、違法な賭博に関与した人物は、今後は野球賭博に手を出すかもしれない。だからこそ野球以外の賭博も規制対象となっている。合法的な賭博まで禁止すると過度な人権制約になりかねず、そこはバランスをとって容認しているが、賭博全てに関与してほしくないというのが大リーグの本音だろう。

その趣旨を踏まえると、違法賭博に「友人を助ける目的」であっても関与していたことが明らかになれば、厳罰に処すという考え方に合理性が出てくる。今回の件で水原氏だけではなく大谷選手も永久追放を含む厳しい処分の可能性が指摘されているのはそのためだ。

もっとも米国は交渉社会であり、政治的・経済的・法律的にさまざまな闘争を通じて解決が図られていく。ドジャースも巨額を投資して大谷選手を獲得し、多くのスポンサーもかかわっていることから、大リーグ、ドジャース、スポンサー、FBI、メディアなどで激しい水面下の攻防が繰り広げられるだろう。大谷選手の強い人気が危機を救う展開もありうる。今後の動向を注視したい。

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