シングルマザーや重度障害者、コンビニ店長…3年前の参院選でれいわ新選組を旗揚げした山本太郎代表の選挙戦略は、世襲政治家や官僚OB、芸能人が目立つ自民党や立憲民主党などの既存政党と違って、様々な困難に直面する「無名の当事者」たちを擁立する斬新なものだった。政治に声が届きにくい弱い立場の人々にこそ国会議員になってもらおうという、民主主義の原点に立ち返る画期的な選挙戦だった。
今夏の参院選でもトランスジェンダーを公表した新宿区議のよだかれん氏(東京選挙区)や在日コリアンのキムテヨン氏(比例区)ら多様な「当事者」を擁立していく姿勢に変わりはない。
そのなかで大型連休中の4月30日に山本代表が横浜市内で街頭演説の際に比例区への擁立を発表した京都在住の長谷川ういこ氏(40)の出馬はまったく異なる意味を持つものだった。
山本代表は彼女を次のように紹介したのである。
れいわ新選組から、れいわ新選組の政策を立案してくれている中の人が表に出てきました。本当に心強いです。(原発事故が起きた)2011年から、その存在を知っていて、この人みたいな人が国会議員になればいいのになと思ってて、今こうやって一緒にやれることは非常に感慨深いです。
れいわ新選組の政策を立案してきた人ーーこれはただものではない。山本太郎代表の長年の「盟友」ともいえるだろう。
しかも後述する彼女の街頭演説は堂々たるものだった。山本代表と並んでマイクを握ってもまったく遜色がない政治家としてのカリスマ性が備わっていたのだ。
維新キラーとして颯爽と登場した大石あきこ衆院議員につづいて、注目株の政治家がれいわから登場した。長谷川氏とはどんな人物なのか。
1981年、京都生まれ。2011年の福島原発事故のあと、エネルギー・環境の研究を目的としたNGOを設立し、2012年には緑の党グリーンジャパンを旗揚げした(翌年には参院選に挑戦。2019年まで共同代表)。2020年にグリーン・ニューディール政策研究会を設立して事務局長を務め、気候政策と経済政策に関する研究・翻訳を行っている。夫と8歳、6歳の子どもと4人暮らしーーれいわ新選組のホームページにはそう紹介されている。
31歳で「緑の党」を立ち上げて国政へ挑戦したというだけでものすごいパワーを感じるが、彼女が横浜市の街頭演説で披露した自己紹介がさらに衝撃的だった。山本代表との歩みについて以下のような内容を打ち明けたのである。
2011年の原発事故後、原発を止めたいとおもってNGOを立ち上げました。初めて開催した脱原発と再生可能エネルギーのイベントに有名な俳優さんが駆けつけてくれました。山本太郎さんです。それが私と山本太郎さんの最初の出会いです。
2012年には原発再稼働を止めたいという人たちが官邸前に10万人集まりました。でも(その年末の)衆院選では自民党が圧勝しました。なぜでしょうか? 政権与党だった民主党が経済に弱かったからです。20年もデフレが続いてきたのに民主党政権は消費税増税を決定したのです。
私は2016年に立命館大学教授の松尾匡さんと一緒に積極財政の研究を始めました。その直後、有名な政治家の方が松尾匡さんに積極財政の勉強をしたい、教えてほしいと連絡をしてこられました。山本太郎さんでした。れいわ新選組の中心である積極財政はここから始まったんです。
2019年の参院選前にれいわ新選組が結成されたとき、私は日本でもようやく積極財政を打ち出す政党ができたと大きな希望を持ちました。昨年の衆院選で、れいわ新選組は「脱原発! グリーン・ニューディール」という政策を打ち出しました。私はこの政策の立案に関わらせていただきました。
私はれいわ新選組のグリーン・ニューディールの政策の立案に携わってきました。この政策は単に気候変動を止めるというだけのものではないんです。200兆円の財政投資、インフラと、そして人への投資で雇用を生み出し、賃金を上げ、私たちの暮らしを向上させる、そういう政策なんです。
エネルギー危機を煽って「原発は安い」「自然エネルギーは高い」というのも嘘なんです。今や世界では風力や太陽光が最も安いエネルギーとなっています。脱炭素のマーケットは480兆円規模です。世界中がこのマーケットを狙っている。でも日本は原発と化石燃料に固執してこのマーケットに乗り遅れています。そして、これこそが今の物価上昇と円安の原因なんです。
輸入に頼らなくてもいい、国産の自然エネルギーを増やしていきましょう。そのためのインフラや、技術革新にこそ投資をしていきましょう。それこそが本当の経済安全保障です。(中略)
通貨主権を持つ日本では積極財政は可能です。消費税を廃止することも可能です。そして年金を増やすこともできます。教育を無料化することもできるんです。そして何より、ずっと停滞していた賃金を上げることも可能なんです。ただ政府が政治がそれをやってこなかっただけなんです。皆さんと一緒に何が起こっても心配しなくていい国、一緒に作っていきたいと思います。1%のためだけの利権にまみれた政治を私たちの手に取り戻しましょう。
長谷川さんの自己紹介を聞くだけでも、山本代表よりも若いこの女性がれいわ新選組の誕生から深くかかわり、政策立案を下支えしてきたことがよくわかる。彼女の政治信条は山本代表がこれまで掲げてきた政治信条とピッタリ重なる。長谷川さんには他のれいわ候補者からは感じられない、山本代表との「対等性」がにじんでいる。
それはそうだろう。山本代表が政治に向き合ってきた軌跡が長谷川さんとまったく重なっているのだから。
二人ともきっかけは福島原発事故だった。そこで脱原発運動に身を投じたが、既存政党(自民党と民主党が中心)に跳ね返された。この運動を通じて「原発反対」を叫ぶだけでは共感は十分には広がらず、世の中は変わらないことを悟った。そこから労働政策、さらには経済政策全般を研究しはじめ、松尾教授のもとで学び、ついには積極財政論にたどり着いたーー二人はこの闘いと学びの歴史を共有する「同志」なのだ。
二人は学問やビジネスを目的として経済政策を学んだのではない。原発事故をきっかけにあるべき社会像を追求し、それを実現する手段として、いちから経済政策を学んだのだ。
この結束は極めて強いに違いない。横浜市内の街頭に年下の長谷川さんと並んで立ち、彼女の擁立を発表する山本代表は、いつもの候補者擁立会見の緊張感が感じられず、どこか自然体で、むしろ照れくさいような、ちょっとやりにくいような、そんな気配さえ漂わせていた。それはそうだろう。この10年の闘いと学びの歴史を知り尽くされているのだから。
長谷川さんが緑の党を旗揚げした直後、2012年11月にドイツの緑の党大会に参加したときのスピーチ映像をみつけた。彼女が31歳の時である。当時からカリスマ性が漂っている。
山本代表は長谷川さんを彼女の地元・京都ではなく、比例区に擁立すると発表した。そしてこの日の横浜市での街頭演説で「私が出る選挙区はほぼ決まりです。5月の真ん中ぐらいに発表しようと思っている」とも明かしたのだ。
山本代表は4月30日の「神奈川」での街頭演説にれいわ新選組の政策立案を担う「京都」在住の長谷川さんを呼び寄せ、彼女を「比例」から擁立すると発表し、同時に自らが出馬する選挙区がほぼ確定したことを明らかにしたのである。この日、れいわの公認候補が決まっていない「神奈川」や「京都」、そして「比例」が絡み合う候補者擁立のパズルがほぼ決着したのではないか。山本代表の真意をどう読み解くか。
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