政治を斬る!

入管法改正案には反対なのだが…野党の国会戦術に異議あり!総選挙に向けて「左右」ではなく「上下」の対決に持ち込め!

外国人の強制送還をしやすくする入管法改正案が6月8日、参院法務委員会で与党の強行採決で可決された。9日の参院本会議で可決・成立する見通しだ。

8日の委員会は野党議員の怒号が飛び交う中での混乱の採決となった。立憲民主党が入管法改正案への反対姿勢を強めたことで、今国会では最も激しい与野党の対決法案となり、解散総選挙をにらんだ与野党攻防の最大の焦点に浮上した。立憲、共産、れいわは反対する一方、維新と国民民主党は賛成し、野党の対応は割れた。

この入管法改正案は外国人の難民らの人権を軽視する内容で「人権後進国」のそしりを免れないと私は考えており、改正案には大反対である。野党第一党が改正案に反対し、成立を阻止するために国会で徹底抗戦することも基本的には支持したい。

その立場を明確に示した上で、自民党の国対政治を長く取材してきた立場から、あえて問題提起したいことがある。立憲が解散総選挙をにらんだ与野党攻防の山場で入管法改正案を大きな政治争点に据えたことは、自民党の術中にはまっているのではないかということだ。

残念なことではあるが、入管法改正案に対する日本の有権者の関心はさほど高くない。この問題の報道に力を入れてこなかったマスコミの責任であるし、日本社会の人権意識が未成熟であるともいえるだろう。

だからこそ野党が人権を重視する立場から入管法改正案に反対し、国会で徹底抗戦し、世論を喚起するのは、平時であれば評価されてよいことだと思う。

けれども、今はまさに6月解散風が吹き荒れ、一日一日が総選挙の行方を左右しかねない重要な局面である。そこで有権者の関心がさほど高くはない問題について世論を喚起したり、啓蒙したりしている余裕はない。野党第一党の最大の責務は、政権批判のうねりを引き起こし、政権交代を実現させることなのだ。

ここで重要なのは、この入管法改正案が政権批判のうねりを呼び覚ますのに効果的なテーマかどうかというシビアな政治判断である。

30年にわたって賃金が上がらず、庶民の生活が厳しくなる一方なのに、株価ばかりが上昇して貧富の格差が拡大している。多くの庶民はいま、他人の人権問題に関心を向けるほど暮らし向きに余裕がない。それではいけないのかもしれないが、それが現実であろう。

解散総選挙をにらんだ重要局面では、多くの庶民の怒りに火をつけるテーマにフォーカスすることが、野党第一党のとるべき国会戦略ではないか。

自民党は今、立憲が提出する内閣不信任案を「解散の大義」とし、「今なら勝てる」と判断すれば衆院解散に踏み切ろうと待ち構えている。そのタイミングで入管法改正案が与野党激突の最大のテーマとなると、この問題がそのまま総選挙の大きな論点になる可能性が高い。

とても残念なことであるが、入管法改正案が総選挙において与野党の大きな対立軸となるのは、自民党にとって都合がよい。自民党が恐れるのは貧富の格差が争点となる「上下対決」に持ち込まれることだ。外交や人権問題をめぐる「左右対決」を前面に出すことで「上下対決」の構図を薄めるのは自民党の常套手段である。

自民党は入管法改正案に強く反対するリベラル層の支持獲得をそもそもあきらめている。そして一部リベラルは猛然と反発するだろうが、その反対の動きは広がりに欠けると見越している。自民党への怒りは爆発せず、投票率も上がりにくい。自民党にとって、くみしやすい争点なのである。

私が長く取材してきた自民党国対は、このような発想で法案審議の順番や時期を考える。かなり早い時点から今国会の最終盤の対決法案として何をもってくるかという国会戦略を練り上げ、解散総選挙になだれ込んだときに一部リベラルだけが猛然と反発するにとどまって庶民層に怒りが拡大しないテーマを最終盤の与野党対決法案に持ってくるのだ。実に狡猾である。

国会最終盤に、世論の怒りが噴出する「増税」や「税金の無駄遣い」に関する法案を積み残すのは、自民党にとっては出来の悪い国対だ。今国会はあらかじめ会期末に解散風が吹くことを想定し、有権者の関心がさほど高くはなく、かつ立憲が反対するとみられた入管法改正案を最終盤に持ってきたのだろう。

立憲は、国民の負担増に直結する法案を国会最終盤に持ち越して争点化するともに、岸田文雄首相も参加した首相公邸での「岸田一族の大忘年会」など権力私物化や公私混同を徹底追及したほうが、庶民の政権批判をかき立てることができたのではないか。

入管法改正案を本気で阻止したいのなら、解散風が強まる前に争点化し、法案提出や衆院審議入りの前に徹底抗戦してつぶしておかなければならなかったのだ。

解散総選挙をにらんだ国会最終盤に入管法改正案を与野党攻防の中心に据えられた時点で、立憲国対はすでに自民国対に戦略負けしている。スケジュール闘争に敗れたのだ。長く国対政治を取材してきた立場からはそう見える。

とても玄人的な解説なのだが、そのような積み重ねが国政選挙の投票率や勝敗に大きくかかわっていることは紛れもない事実である。

立憲が入管法改正案を大争点にしたのには、もうひとつ見逃せない理由があると私は見ている。

岸田首相の権力私物化や公私混同を一大争点にすれば、岸田首相と全面激突に突入し、二度と連携することができなくなる。立憲には、安倍元首相とそのような関係になって苦しんだという後悔がある。

入管法改正案に反対しても、改正案が成立した後、つまり次期国会以降に岸田首相との連携を阻害する要因にはならない。だからこそ首相個人の権力私物化の追及はほどほどにとどめ、安心して激突できる入管法改正案に力を入れたのではないだろうか。

政治は結果である。「悪法に反対!」と叫ぶだけではなく、幅広い世論を味方に引き込むことができる争点で総選挙に突入するように法案審議の順番や時期を決めていくのも権力奪取に不可欠な政治技術だ。それを欠く「徹底抗戦」は、「私たちは反対しました」とコア支持者たちにアピールする内向きな政治パフォーマンスでしかない。

せめて立憲議員たちは入管法改正案が成立した後も、この法案に反対したことを忘れることなく、反対デモなどの活動を続けてほしい。そのうえで入管法をまともな内容に再改正することを総選挙の公約に盛り込み、政権交代を成し遂げてそれを実現するのが、野党第一党の責務なのだ。

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