大学教授出身で野党統一候補として当選4回を重ねてきた静岡県の川勝平太知事が職業差別発言で辞任を表明した。これまでも失言を連発し「今度、人様に迷惑をかけたら辞職する」と明言していた。一方で、リニア建設に反対して開業を遅らせたことでも全国的に注目を集めていた。6月県議会冒頭に辞表を提出する見通しで、知事選の行方は6月解散が取り沙汰される国政への影響も出そうだ。
失言は4月1日 県庁の入庁式で飛び出した。新規採用職員たちに向かって「毎日、毎日、野菜を売ったり、牛の世話をしたり、モノを作ったりということと違って、皆様方は頭脳・知性の高い方たちですから、それを磨く必要があります」といきなり訴えたのだ。
この発言は農業や畜産業など第一次産業で働く人々を差別するとして強い批判を浴び、川勝知事は辞意表明に追い込まれたのである。
野菜を売ったり、牛の世話をしたりすることには、県庁職員とは別の種類の知性が必要だ。川勝知事にはそのような視点をまったく欠いている。受験勉強重視の偏差値教育による「歪んだ社会観」を露骨に示す失言といっていい。
川勝知事はこれまでも「御殿場にはコシヒカリしかない」「磐田は浜松より文化が高い」という地域差別発言を繰り返してきた。このような感覚の持ち主が、大学教授や知事として社会的地位を得ていたこと自体に驚きを禁じ得ない。
川勝知事は京都の大地主の家に生まれた。進学校として知られる洛星高校から早大へ進学し、経済学者に。公立の静岡文化芸術大の学長を務め、2009年知事選に民主党など野党の統一候補として担がれ、自公候補との激戦を制した。
県議会最大会派の自民党とは対立を重ねてきたが、過去4回の知事選で当選。南アルプスを貫くリニア建設に一環として反対し、JR東海は2027年開業を断念していた。環境問題を重視する人々から支持を集める一方、山梨県をはじめリニアルートの自治体や財界との関係は悪化していた。
川勝知事は知事選に4度も勝ち続けてきたのは、なぜか。
静岡県の人口は360万人で全国10位。富士山や南アルプスからの水が豊かで、多くの企業が工場を持つ。温暖な気候で農業も盛んだ。とても豊かな県といっていい。
そのためか伊豆(沼津市や三島市など)・駿河(静岡市など)・遠江(浜松市や磐田市など)の地域対立は激しく、自民党内の対立も激しい。歴史的に全県を代表する強い国会議員は登場せず、つねに勢力が分散してきた。
ポスト岸田に急浮上した上川陽子外相(衆院静岡1区)の政治基盤も決して強固ではない。
一方、県内に多数の工場立地が進んだことから連合静岡は一定の基盤を持ち、旧民主党は勢力を拡大してきた。落下傘候補の細野豪志衆院議員(現在は自民党へ)や世襲候補の渡辺周衆院議員、国民民主党幹事長の榛葉賀津也参院議員ら多くの国会議員を輩出してきた。与野党伯仲の政治情勢のなかで、川勝知事はリニア問題や自らの失言で批判を浴びながらも政治基盤を維持してきたといっていい。
後継選びはどうなるのか。
川勝知事は6月の県議会冒頭に辞表を提出する意向を示している。例年、6月県議会の開始は中下旬。そうなると7月の知事選が有力視される。
国政では自民党裏金事件へ世論に批判が噴出し、与野党は対決モードだ。岸田文雄首相は9月の自民党総裁選で再選を果たすため、総裁選前の6月の衆院解散を狙っているとされる。7月7日には東京都知事選も行われる予定だ。ここに与野党激突の静岡県知事選が加われば、国政も左右する要因となる。
川勝知事はこれまで連携してきた立憲民主党の渡辺周氏に真っ先に電話で辞意を伝え、これが後継指名と報じられた。渡辺氏も「それらしい話はあった」と認めている。渡辺氏は知事選への意欲を抱いているとみられるが、選挙情勢や解散総選挙の行方を見極めつつ慎重に判断する構えだ。
野党陣営でもうひとつ知事選に意欲を持っているのは、国民民主党の榛葉幹事長である。
国民民主党は自公与党へ歩み寄る「ゆ党」路線で立憲とは一線を画してきたが、自民党の裏金事件を受けて路線を転換し、解散総選挙に向けて立憲との連携を強めている。一方、岸本周平衆院議員が和歌山県知事選に出馬して当選したほか、大塚耕平議員が名古屋市長選へ出馬するため離党を表明。地方政界への転出が相次ぎ、榛葉氏も続くのではないかとの見方が強い。
一方、自民党は知事奪取の好機が突然巡ってきた格好だ。とはいえ、裏金事件で批判を浴びるなか、財界人や学者らが自民党に担がれて出馬するかどうか見通せない。知名度がある国会議員では、上川外相はポスト岸田に急浮上しており知事への転出はないだろう。細野氏も自民党に入党したばかりで知事選出馬の環境が整っているとはいえない。候補者選びは難航しそうだ。
川勝知事のリニア反対に手を焼いてきた国交省やJR東海、財界には歓迎ムードが広がる。仮に野党系知事が誕生するとしてもリニア反対の方針が転換される可能性が高いとみているからだ。