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自民党内の「菅降ろし」が始まった。首相は総裁選に出馬できるのか〜ワクチン一本足打法を改め、医療供給体制の緊急整備を打ち出した首相会見を読み解く

菅義偉首相は8月17日夜に記者会見し、緊急事態宣言を9月12日まで延長すると発表した。そのうえで、新型コロナ対策を最優先し、これまで想定してきた「9月衆院解散」を先送りする考えを示唆した。感染爆発と医療崩壊が加速し内閣支持率が急落するなかで、医療供給体制を整備するまで解散総選挙に突入することは困難だと判断したとみられる。衆院解散は10月21日の衆院任期満了に限りなく近づく可能性が高まったといっていい。

これにより政局の当面の焦点は、菅首相が再選を目指して自民党総裁選に出馬できるか否かに移る。菅首相の総裁任期は9月30日まで。自民党総裁選は「9月17日告示ー9月29日投開票」の日程を軸に調整が進んでいる。

菅首相は自民党総裁選前に衆院解散を断行し、総選挙で安定多数を得たうえで総裁選に無投票再選する戦略を描いてきた。「9月解散」を見送り総裁選を先行実施することになれば、菅首相の再選戦略は根底から崩れる。

安倍晋三前首相が牛耳る最大派閥・細田派を中心に「菅首相では総選挙を戦えない」として「菅降ろし」の動きが強まっており、安倍氏や麻生太郎副総理が岸田文雄・前政調会長を担ぐとの見方も広がってきた。

菅首相の地元である横浜市長選(8月22日投開票)は自民党が分裂し大混戦の様相だ。菅首相が強く支援している小此木八郎・前国家公安委員長が敗北すれば「菅降ろし」が一挙に加速するとみられ、自民党は総裁選に向けてコロナ危機そっちのけの党内権力闘争一色になってきた。

このところ菅首相は挙動不審だった。広島の式典では原稿を読み飛ばし、長崎の式典には遅刻した。記者団の質問に答える際も覇気がなく、目はうつろで、支持率急落と菅降ろしの動きを受けて、精神的にも肉体的にも相当に追い込まれている様子だった。

ここで少しでも政権運営に弱気な姿勢をみせれば、一挙に総裁選不出馬に追い込まれかねない。そんな政治状況下で、この夜の記者会見を迎えたのである。

菅首相が最初に打ち上げたのが、ワクチン一本足打法を改め、コロナ患者を治療する医療供給体制の緊急整備を打ち出したことである。「政府の使命は国民の命を守ることであり、必要な人が必要な医療を受けられる医療体制を構築することだ」と明言したのは、初めてのことではないか。

菅政権はこれまで、国民に自粛を求めて人流を抑制するとともにワクチン接種を進める「感染拡大防止」策ばかりを強調し、コロナ患者の早期診断・早期治療を可能とする「医療供給体制」を整備するという国家としての当然の責務を放棄してきた。内閣支持率の急落と自民党内の菅降ろしの動きに背中を押され、医療供給体制の整備にようやく本腰を入れることにしたのだろう(政治指導者として情けない話だ)。「医療体制の構築」「感染防止」「ワクチン接種」を三本柱として明確に掲げたのは、遅きに失したものの、一歩前進といえる。

立憲民主党は、東京五輪選手村などを活用したコロナ専用の臨時病院の緊急整備を求め、9月の感染爆発と医療崩壊の深刻化に備えて与野党が協力してコロナ危機対応にあたる「政治休戦」を探る動きもある。菅首相が「コロナ危機対応を最優先する」として野党と政治休戦の協議を進めることで、自民党内の菅降ろしの動きを牽制する可能性もあるだろう。

菅首相は緊急事態宣言の解除の時期について「国民の命と健康を守ることができる医療提供体制の確保、ワクチンの接種状況、重症者、病床使用率などを分析し、適切に解除の判断をしていく」と述べた。このうちワクチン接種について「10〜11月のできるだけ早い時期に、希望するすべての人へ2回のワクチン接種の完了を目指していく」としており、9月12日以後も緊急事態宣言の続行を迫られる公算は高い。

衆院解散の時期については「選択肢はだんだん少なくなってきているが、その中で行わなければならないと思っている。新型コロナ対策が最優先、首相として行うべきことだ」と述べた。自らの手で衆院解散に踏み切る意向を示したものだが、感染拡大が続く限り衆院解散を断行するのは非常に困難とみられ、10月21日の任期満了まで解散権を封じられる可能性も現実味を増してきたといえよう。

9月解散がなくなり、総裁選を先行実施することが決まれば、自民党内の「菅降ろし」は勢いづく。この日の記者会見でも、日頃は忖度を重ねる官邸記者クラブの政治記者から「自民党総裁選には当然出馬するのか」と露骨に確認を求める質問が出た。菅首相は「総裁として出馬するのは当然のことだろうということに変わりはない」と頬を多少緩めながら答えたものの、その言葉に力強さは感じられず、孤立感を深める首相の現状を映し出す場面だった。

会見を総括すると、菅首相はワクチン一本足打法を改めて医療供給体制の緊急整備を打ち上げ、政権続行への意思を示したものの、「9月解散ー10月総選挙ー総裁選に無投票再選」という再選戦略は破綻し、自民党内の菅降ろしの動きを受けて孤立感を深めつつあることも露呈した。

このまま総裁選不出馬へ追い込まれるのか、安倍氏らに屈服して支持を取り付け辛うじて再選を果たすのか、それとも野党を巻き込んだ政界再編の動きをみせて自民党内を牽制するのか。この日の会見をみる限り、まだ「迷い」の中にいると私は感じた。

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