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菅首相は「安倍争奪戦」で岸田氏に敗れ自滅した〜国民不在の権力闘争の成れの果て

菅義偉首相が自民党総裁選への不出馬に追い込まれた。政権の生みの親である二階俊博幹事長の解任を表明し、党役員人事を断行したうえで17日告示の総裁選で再選を果たすつもりだった。しかし、ここ数日で自民党内の「菅おろし」は勢いを増し、対抗馬として名乗りをあげている岸田文雄前政調会長に勝つ自信を失った。

菅首相はコロナ対策に専念するために出馬をやめたとしているが、それならば野党の求める臨時国会召集に応じて補正予算をつくり、野党が求める10月21日衆院任期満了までの「政治休戦」に応じてコロナ専用の臨時病院などの医療体制を緊急整備するのが筋であろう。

自民党内はこれから「ポスト菅」を競う権力闘争一色になる。コロナ危機下の政治空白を招いて「救える命が失われていく」現状を放置している菅首相の政治責任は、辞任するだけでは許されない重大なものだ。

政治が果たすべき役割を放棄して内向きの権力闘争に明け暮れる自民党を批判せず「コップの中の争い」を垂れ流し続けるマスコミ報道への批判も高まっている。私も同感だ。権力闘争を行方を追うだけの政局報道はもういらない。

一方で、長く政治記者をしてきた立場からひとつだけ指摘しておきたい。「誰が勝つか、負けるか」という政局報道に意味はないとしても、「いまこの国の権力を掌握しているのは誰か」という実体を明らかにする報道には大きな意味がある。ここ数ヶ月、菅首相が感染爆発と医療崩壊を招いて内閣支持率が続落する中、「菅首相さえ辞めさせれば政治はよくなる」という風潮が一部に広がったことに、私は強く危機感を抱いていた。

菅政権が誕生してから一年、この国で最も権力を握っていたのは、菅首相ではない。菅首相を代えたところでこの国の政治は変わらない。この国の政治を牛耳る「ほんとうの権力者」は別にいるのだ。「ほんとうの権力者」がその力を見せつけるのが自民党総裁選である。政局報道の意味は「ほんとうの権力者」を浮き彫りにすることにある。

今のほんとうの権力者はだれか。それは安倍晋三前首相である。菅首相が「敗北」に至る経緯をつぶさに検証すれば、権力の中心が安倍氏にあることがわかる。それを伝えるため、以下、菅首相が自滅した道をたどってみたい。

安倍氏は菅支持を表明していたものの、自らが牛耳る最大派閥・清和会(細田派)を菅支持でまとめるそぶりをみせず、「菅おろし」が広がるのを楽しんでいるようにさえ見えた。安倍氏の最側近である経産省出身の今井尚哉・元首相補佐官に加え、安倍氏と親密なジャーナリストらが続々と岸田陣営に出入りし、安倍氏の本音が岸田支持にあることは安倍氏を取り巻く人々なら誰もが確信する状況にあったのである。

岸田氏は8月26日の出馬会見で「総裁以外の党役員の任期を1期1年、連続3期までとする」という公約を真っ先に掲げ、幹事長に5年も居座っている二階俊博氏に退場宣告をした。安倍氏が菅氏に要求していた「二階幹事長の交代」を先取りし、安倍氏に熱烈な秋波を送ったと誰もが受け止めた。実際に安倍氏の近い自民党議員たちは一挙に岸田氏支持へ流れた。

菅首相は岸田氏に対抗し、8月30日に二階氏を官邸に呼びつけ、幹事長交代を告げた。安倍氏が救いの手を差し伸べてくれることを期待した人事であることは明白だった。政権の生みの親である二階氏よりも安倍氏の後ろ盾に期待したのである。菅首相と岸田氏の戦いは「安倍争奪戦」だったのだ。

それでも「菅おろし」の動きはやまなかった。菅首相はこのままでは総裁選に勝てないとみて、総裁選前に衆院を解散して総裁選を先送りする案を探った。これは二階氏の提案だったようだ。自分が切り捨てた二階氏の提案に耳を傾けなければならないほど、菅首相は孤立していた。実際に衆院解散には踏み切らないとしても、解散風を吹かせれば「菅おろし」を収めることができるかもしれないと考えたのだろう。

これも裏目に出た。衆院解散で総裁選を先送りするという無理筋の案は毎日新聞の「スクープ」の形で表面化し自民党内の猛反発を食らった。小泉進次郎環境相ら菅支持派に大反対したうえ、肝心の安倍氏からも直接電話で反対すると釘を刺されてしまった。

菅首相が追い込まれるここまでの過程は、マスコミ各社の報道でほぼ明らかになっている。ここから先は私の見立てを紹介したい。

マスコミ各社は菅首相が新しい幹事長に石破茂元幹事長や河野太郎ワクチン担当相、小泉進次郎環境相らを抜擢し、体制を一新して総裁選に突入するという見方を強めていた。安倍氏は石破氏を最も敵視している。世代交代が進む河野氏や小泉氏の重用にも後ろ向きだった。マスコミ各社の見立てが正しいとすると、菅首相は「安倍争奪戦」から撤退し、安倍氏と決別して総裁再選を目指そうとしたことになる。

私はそれはあり得ないと思っていた。そもそも安倍氏に媚びて二階氏を切ったのである。その時点で後任の幹事長は安倍氏の意中の人を起用し、あくまでも岸田氏との「安倍争奪戦」を制して再選を果たす道筋を描いていたのではないか。そもそも安倍氏の明確な支援を受けられないまま総裁選に出馬するつもりはなかったのではないか。

菅首相が二階氏の幹事長交代を決断した当初に後任幹事長に想定したのは岸田氏だったと私はみている。岸田氏は安倍氏に対して自らの幹事長起用をずっと希望してきた。安倍氏も自らに従順な岸田氏の幹事長起用を歓迎すると菅首相は思ったのだろう。岸田氏を幹事長に抱き込んで総裁選への出馬をやめさせれば、菅首相は無投票再選を果たせる。菅首相はこのシナリオの賭けたのではないか。

この奇策は、岸田氏が31日に先手を打って「幹事長を受けることは絶対ない」と宣言したことで立ち消えになった。安倍氏に従順な岸田氏は「幹事長を受けない」方針を安倍氏や安倍最側近の今井氏らに相談して決めた可能性もある。

それなら幹事長を誰にすれば安倍氏は納得しれくれるのか。菅首相に苦悩したに違いない。残る選択肢は、安倍氏が清和会のなかで最も重用している萩生田光一文部科学相しかない。安倍政権の縁故政治を象徴する「加計学園」疑惑に登場した萩生田氏の幹事長起用は、総裁選後の衆院選にむけてマイナス効果が大きい。それを覚悟で安倍氏の支持をつなぎとめ「菅再選」に動いてもらうには萩生田氏を起用するほかないーー菅首相は「萩生田幹事長」に最後の望みを託したのではないかというのが私の見立てである。

9月3日の自民党役員会で総裁選不出馬を表明する前日か前々日に、菅首相は安倍氏か萩生田氏へ幹事長起用を打診したのではないかだろうか。それでも受諾してもらえず、万事休すーー菅首相は安倍氏に菅再選を支える意思が毛頭ないことを確信するに至り、不出馬を決断したのであろう。

詳しい検証は今後の課題として、菅首相を自滅に追い込んだ「影の主役」は安倍氏だったのは間違いない。安倍氏にとっては、条件闘争をしかけてくる菅首相より、ひらすら従順に徹する岸田氏のほうが、扱いやすいのだ。

感染爆発と医療崩壊をそっちのけにした国民不在の権力闘争が、はたして安倍氏が望む岸田政権誕生につながるのかはまだわからない。

自民党内で岸田氏への支持が広まってきたのは、「菅首相では総裁選後の衆院選で落選してしまう」という危機感からだった。菅首相が表舞台から去れば、今度は「岸田首相で勝てるのか」が問われることになる。国民的人気の高い石破茂元幹事長や河野太郎ワクチン担当相らが出馬したらどうなるか。今度は「安倍傀儡の岸田氏では落選してしまう」という空気が広がる可能性もある。菅首相の不出馬は総裁選の構図を一変させた。

安倍氏をさらなるキングメーカへ押し上げるのか、それとも安倍一強の終わりのはじまりとなるのか。どちらを選ぶかは、自民党国会議員と自民党員たちの選択だ。私たち有権者はそれを見定めたうえ、自公政権の継続か、野党への政権交代かを選択する秋の衆院選挙に臨むことになる。

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