自民党非主流派のドンである菅義偉前首相の地元で「岸田おろし」の狼煙が上がった。自民党市連の佐藤茂会長が6月4日の定期大会で「総裁自ら身を退く決断をしていただきたい」と公然と退陣要求したのだ。
菅氏の意向を無視して地元の自民市連幹部が首相退陣を迫ることは考えにくい。
裏金国会最大の焦点である政治資金規正法の改正案で自公維3党が合意し、岸田文雄首相が今国会の衆院解散を見送って会期末の6月23日に国会を閉会する方針が報じられたタイミングを見計らって、菅氏が佐藤氏と示し合わせて「岸田おろし」の号砲を鳴らしたとみて間違いないだろう。
菅氏は規正法改正案が衆院を通過した6日には東京都内のすし店に、萩生田光一前政調会長、加藤勝信元官房長官、武田良太元総務相、小泉進次郎元環境相を集めて会食した。
萩生田、加藤、武田3氏は「HKT」と呼ばれ、非主流派の菅氏を取り巻く主要メンバーで定期的に会合を重ねている。萩生田氏は安倍派5人衆のひとり、武田氏は二階派事務総長として裏金事件で批判の矢面に立ったが、党の役職停止1年という比較的軽い処分で逃げ切った。岸田首相や茂木敏充幹事長には9月の総裁選での多数派工作をにらんで萩生田、武田両氏を敵には回したくはないという思いがあったといわれている。
加藤氏は菅内閣で官房長官を務めた。茂木派では茂木氏のライバルだ。HKTではひとり裏金事件で傷付かなかったため、菅氏が総裁選で担ぐポスト岸田候補のひとりと目されている。
今回の会合には、HKTに加え、世論調査の「次の首相」で石破茂元幹事長に次ぐ2位につけている小泉進次郎元環境相も参加したことで、菅氏が9月の総裁選に向けて「岸田おろし」を本格始動させたとの憶測が流れた。
岸田首相は9月総裁選前に衆院解散を断行し、自公与党で過半数を得ることで総裁再選への流れをつくる戦略を描いてきた。しかし、内閣支持率が低迷し、解散総選挙を断行すれば自公過半数割れの事態が現実味を帯びる中で解散を断念。党内の引き締めで総裁再選を目指す戦略に転換した。
しかし、キングメーカーの麻生太郎副総裁や茂木幹事長とは、昨年秋の定額減税表明や今年はじめの派閥解消に続いて、政治資金規正法改正で公明党に大幅譲歩したことをめぐって激しく対立。岸田、麻生、茂木の主流3派体制は完全に崩壊した。一方で、公明党に近い菅氏や森山裕総務会長の支持を取り付けるには至っておらず、岸田首相は孤立感を深めている。
麻生氏も岸田首相に代わって誰を担ぐかは見通せない。一時は上川陽子外相をショーアップしたが、上川氏は失言などで失速気味。茂木氏は総裁選出馬に意欲をみせるものの、党内外で人気がない。
こうした状況の中で、菅氏の出方に注目が集まっている。麻生氏に入れ替わって岸田首相を支えるキングメーカーの座を取りに行くのか、岸田首相への対抗馬擁立に動くのか。菅氏の動向で総裁選の構図は大きくかわるだろう。