自民党総裁選に向けたカウントダウンが静かに、しかし着実に始まっている。石破茂首相が8月末に退陣表明するとの見通しが強まり、自民党内のパワーゲームは一気にヒートアップ。本命視されているのが、高市早苗氏だ。
前回総裁選で第一回投票をトップで通過しながらも、決選投票で逆転敗北を喫した高市氏。今度こそ初の女性総理誕生となるのか。だが、その道のりは決して平坦ではない。
高市総理実現を阻む「三つの壁」が、目の前に立ちはだかっている。
■自民党の危機感が後押しする「高市待望論」
今回の参院選では、自民党が苦戦を強いられ、右派勢力として急伸する参政党に支持層を切り崩された。とくに保守層の離反が顕著で、自民党内には「もはや高市氏のような保守派を前面に立てるしか再建の道はない」とする声が強まっている。
実際、高市氏は参院選終盤にいち早く「腹をくくった」と総裁選出馬の意欲を表明。石破政権下で総務会長のポストを断り、「党内野党」として存在感を保ってきた。
党内基盤の脆弱さは否めないが、旧安倍派や麻生派、茂木派など、かつての有力派閥の支持を受ける可能性が浮上している。もしこれらが結集すれば、高市氏が本命に躍り出る構図も現実味を帯びてくる。
■第一の壁:「野党連立政権」の芽
高市氏が自民党総裁となっても、すぐに総理になれるとは限らない。現在、自民・公明の与党勢力は衆参両院ともに過半数を割っており、国会での首相指名選挙で野党が結束すれば、阻止される可能性がある。
昨年秋の総選挙後、立憲民主党、維新、国民民主など野党は多数を確保したが、野田佳彦氏を担ぐことで合意できず、少数与党の石破政権を許す形となった。
しかし、相手が高市氏となれば事情は異なる。彼女の「極右」的イメージに対するアレルギーは根強く、特に立憲内には「高市阻止」の一点で団結すべきとの声が高まる可能性がある。政策の違いや過去の因縁を乗り越えて国民民主の玉木雄一郎代表を担ぎ、野党連立政権を組む「奇策」も現実味を帯びてくる。
実際、社民党のラサール石井氏が「#石破辞めるな」とSNSで訴え、「極右政権」誕生の阻止を呼びかけるなど、野党支持層には危機感が広がっている。高市氏が総裁選に勝利し、高市政権誕生が現実味を帯びる展開になれば、想定外の「野党連立政権」を誘発する可能性があるのだ。
■第二の壁:アメリカの不信感
もう一つの大きな障害は、「アメリカの壁」だ。前回の総裁選でも、高市氏の総理就任を強く警戒したアメリカは、自民党内に働きかけ、高市阻止に動いたとされる。
その背景にあるのが、靖国神社参拝問題だ。高市氏が総理に就任し、終戦記念日に靖国を訪れれば、韓国世論が激しく反発し、日韓関係は一気に冷え込む。米国にとって最大の懸念は、日米韓の連携が崩れ、中国を利する展開になることだ。
特にバイデン政権下では、東アジア外交における日韓連携が不可欠とされており、高市氏は「扱いにくいリーダー」として、警戒されている。岸田前首相が高市氏を支援しなかったのも、アメリカの意向を忖度したためと見られている。トランプ政権になってアンチ高市の機運は下がったものの、米政府内の主流派にはなお警戒感が根強い。
高市政権が誕生し、靖国参拝となれば、米韓との外交に深刻な影響を及ぼす。そのリスクを自民党内の議員たちがどう見るかが、高市支持拡大の鍵となるだろう。
■第三の壁:岸田文雄の復権と「緊急総裁選」
最後に立ちはだかるのが、「岸田の壁」である。岸田前首相は決して高市氏の支持者ではなく、むしろ「アンチ高市連合」の中心的存在と見なされている。
しかも、岸田氏自身が再登板への意欲を隠していない。高市氏が党員人気で優勢である一方、国会議員の支持はまだ弱い。仮に「党員抜き」の緊急総裁選となれば、岸田氏が復活する可能性もある。
問題は、総裁選のルールを決めるのが現執行部であるという点だ。森山幹事長や石破首相が「党員抜き」の緊急選挙を主導すれば、高市氏にとっては不利な土俵となる。
逆に、党員投票を含めた「正規の総裁選」となれば、高市氏に勝機がある。このルールを巡る攻防も、今後の焦点となりそうだ。
■「高市政権」誕生はあるのか
高市早苗氏が次期総理の座を射止めるためには、以上の「三つの壁」をどう乗り越えるかにかかっている。
野党の結束を崩す外交力、アメリカを安心させる現実路線へのシフト、そして岸田派との距離をどう取るか。保守再建の旗手として期待される一方で、リスクもまた大きい。
その選択は、自民党が「参政党ショック」にどう向き合い、次の時代をどう描くかに直結する。
果たして、初の女性総理は誕生するのか。答えが出るのは、この夏の終わりかもしれない。