安倍晋三元首相を銃撃した山上徹也容疑者のものと見られるツイッターアカウント「silent hill 333」が見つかり、ネット上で注目を集めている。コナミから発売されたゲームソフト「サイレントヒル3」から取ったと指摘されている。このゲームの内容が、カルト教団や母親との愛憎物語だからだという。
統一教会への批判や家族への複雑な思いを書き連ねており、その内容からして山上容疑者が投稿した可能性は高いだろう。
3年前にアカウントを開設してから統一教会批判を展開する一方、自ら「ネトウヨ」と称し、安倍政権にはむしろ親近感のある投稿も少なくない。韓国を毛嫌いする投稿が多いのは、統一教会への反発の表れだろう。
それが一変するのは、安倍氏が統一教会関連団体にビデオメッセージを送ったことを山上容疑者が知った2020年9月ごろだ。突如として安倍批判が始まるのである。
このあたりの分析は映画評論家の町山智浩さんの連続ツイートが詳しい。
私もざっと目を通してみたが、「ネトウヨ」を自称する一方、ツイッター上に溢れる支離滅裂な「ネトウヨ」たちの絡み方とは違って、彼の主張はそれなりの論理性を備えている。ジャーナリスト仲間とも意見交換したが、それなりに知識も教養もある人物であるという認識を多くは抱いていた。
そのなかで知人から「山上容疑者は鮫島さんのツイートにも反応してますよ」と指摘された。早速調べてみると、なるほど、私のツイートを引用するかたちで反論している。東京五輪の真っ只中である2021年7月26日、以下の内容だ。
私は日本の金メダルラッシュに歓喜して国威発揚に協力するマスコミ報道に苦言を呈するため、「日本がスゴイのではなく選手個人がスゴイのである」とツイートしたのだが、彼は「違うよ」と反論し、若い時代の成功は個人の能力や努力ではなく、生まれ育った環境によって決定するという認識を示している。
父親が4歳で自殺し、母親が統一教会にのめりこんで自己破産し、片目の視力を失っていた兄も自殺し、自らはお金がなくて大学進学を断念して海上自衛隊に任期制で入るもなじめず自殺未遂を図るーー。生まれ育った環境に恵まれず、いったんどん底に落ちると個人の努力では這い上がれない世の中の不条理を冷徹に眺める姿を私は思い浮かべた。
山上容疑者の犯行について、統一教会への個人的恨みによるものであり、民主主義の危機や政治的テロや暗殺と呼ぶのはふさわしくはないという意見が強く出ている。私はそうは思わない。
もちろん山上容疑者に通底する感情は統一教会への恨みだ。しかし母親が統一教会にのめりこんで自己破産したとしても、親の人生と子の人生は別であり、子は親の所有物ではなく、どんな子でも堂々といきていける社会政策が実現していたら、山上容疑者の人生はまったく違ったものになっていたはずだ。
このアカウントの投稿からは論理的な思考力を備えた人物像がうかがえる。統一教会への憎悪を膨らませながらも、統一教会の問題を放置してきた社会全体、さらには生まれ育った家庭環境が恵まれずに取り残された人々に冷徹な社会全体への批判的な眼差しを彼が抱いていなかったとは思えない。
山上容疑者は統一教会の幹部を襲撃することは難しいとして、統一教会に最も影響力のある安倍氏を狙ったと供述しているようだ。だとするならば、安倍氏を殺害することで、統一教会の問題に無関心だった世間ははじめて統一教会と自民党の歪んだ関係に目を向け、世論のうねりを巻き起こし、統一教会そのものを追い込んでいくという「政治的効果」を狙った犯行とみたほうがよいのではないか。ならばこの犯行は単なる「恨み」によるものではなく、一定の政治的・社会的効果を狙って面識のない政治家を狙った「単独テロ」または「暗殺」と呼ぶ方が実態に即していると思われる。
そしてそのような単独テロや暗殺を招いた社会的要因は、山上容疑者がどの程度自覚しているかどうかはともかく、やはり貧富の格差が拡大・固定化し、生まれ育った家庭環境に恵まれずに一旦どん底に落ちると這い上がれないという、この日本社会の不条理にあることを忘れてはならない。
親が統一教会にはまって自己破産しても、カジノにはまって自己破産しても、自殺してしまっても、子の人生は別である。どんな家庭に生まれ育っても堂々と生きていける社会をつくるのが、政治の最大の使命だ。
私たちが今回の犯行を「山上容疑者という特殊な人物の個人的恨み」として片づけ、根本的な問題である「社会の不条理」と向き合ってそれを取り除く努力を重ねないとしたら、同じような悲劇は必ず繰り返されるだろう。