れいわ新選組の山本太郎代表には「物語」を生み出す才能がある。自民党総裁選で埋没した野党陣営に欠けている貴重な資質を、彼は兼ね備えている。
山本氏は9月5日、滋賀県で記者会見し、衆院選滋賀3区(草津市、守山市など)に高井崇志衆院議員をれいわ公認で擁立すると発表した。
高井氏は東大卒業後に郵政省(現総務省)に入ったキャリア官僚だった。2009年衆院選に民主党公認で岡山1区から出馬して敗れるも比例で復活当選。紆余曲折を経て立憲民主党に所属していた。
ところが、昨年4月の緊急事態宣言中に新宿でセクシーキャバクラに出入りして「夜遊び」していたことを週刊誌で報じられ、立憲民主党を除籍処分に。同党は岡山1区に新たな候補者を擁立し、高井氏は選挙区を失った。
そこへ山本氏からスカウトされたのだ。
「まさに失意のどん底にある時に真っ先に声をかけてくださったのが山本太郎代表でした。『やり直しができない人生なんかない。どんな失敗をしても必ずやり直すことができる日本を一緒に作りましょう』と言われ、どれだけうれしかったかわかりません」と高井氏。以後、東京都知事選に出馬する山本氏の裏方として政策づくりを支えてきたという。
高井氏は5日の記者会見で「なぜ、れいわから立候補するのか? 山本太郎代表を総理大臣にしたいからです」と言い切った。
どんな失敗をしてもやり直しができる日本にーー山本氏の政治闘争を貫くコンセプトである。高井氏はそれを体現する候補者の一人といえよう。
人間には弱い面がある。誰でも過ちを犯すことはある。それを率直に見つめて反省し、やり直す。エリート人生から自らの不祥事で転げ落ちた高井氏にも「やり直し」の権利はある。
高井氏は立憲民主党を除籍された後、山本氏から「今回の行動をとった背景にあるものを学び直してはどうか」とアドバイスされ、ドメスティック・バイオレンス(DV)の加害者・被害者を支えるNPOの勉強会に毎週1回通ってきた。自身は暴力をふるった経験があるわけではないが、すべての男性の内面に潜むDV的なものに気づいたとこの日の記者会見で語った。
高井氏の政治家としての「やり直し」は、人生をやり直したいと願う多くの人々に希望を与えるだろう。順風満帆な人生を歩んできた独善的な政治家よりも、過ちを犯して挫折した心の痛みを知り再起をめざす政治家こそ、コロナ禍で多くの人々が困難に直面する今の日本に必要な存在かもしれない。
世論の批判を覚悟のうえで「苦悩した当事者」を担ぎ出し、国政へ送り出す。そのことを通じて、多くの人々を励ます。山本氏が描く「物語」を感じる記者会見であった。
山本氏と高井氏が並ぶ記者会見をみて、私は「れいわ旋風」が吹き荒れた2019年夏の参院選を思い出した。
山本氏は元コンビニ店長や非正規労働者ら「苦しい生活に直面した当事者たち」を次々に擁立。徹底的に弱者の視点に立つ演説は全国各地で熱狂的に迎えられた。
私は27年間の新聞記者人生で政治家の街頭演説があれほど熱狂の渦に包まれたのを見たことがない。2001年自民党総裁選に勝利した小泉純一郎氏の街頭演説も群衆を引き寄せたが、それは「熱狂」というより「劇場」だった。
山本氏の演説に集まる聴衆は動員された人々ではなく、ひとりひとり足を運んだ「当事者たち」だった。共感の声を張り上げる人も、じっと黙って聞き入る人も、涙を流す人も、たくさん見かけた。仕事帰りに立ち寄る人で街頭は膨れ上がり、演説後は少額の寄付をする人の長蛇の列ができた。とてつもないカリスマ性を備えた政治家が登場したと度肝を抜かれたのを覚えている。
テレビ新聞は「れいわ現象」を相手にせず、黙殺した。それでもれいわは比例区で2議席を獲得。山本代表は比例名簿の1位に重度障碍者の舩後靖彦氏、2位に木村英子氏を担ぎ、ふたりを当選させて自らは落選したのだった。
たった2議席、されど2議席。あの夏の参院選の「主役」は、自民党の安倍晋三首相でもなく、立憲民主党の枝野氏でもなく、テレビ新聞に黙殺された山本氏だったと私は思う。彼は実に感動的な「物語」を創出してみせたのだった。
ところが、消費税廃止を訴える山本代表と、消費税減税に慎重な立憲民主党の枝野幸男代表はまったくそりがあわなかった。「野党の首相候補」である枝野氏が山本氏の台頭を警戒しているのは明らかだった。山本氏ほどのカリスマ性を兼ね備えた政治家は野党に見当たらないのに、枝野氏には彼を抱きこむ度量がないのかと、当時残念に思った。
山本氏は東京都知事選への対応をめぐり、枝野氏とこじれた。都知事選敗北後、不得手な党内運営でつまずき、れいわは失速した。枝野氏は救いの手を差し伸べず、黙殺した。野党全体にとって、もったいないことだった。
振り返れば、枝野氏は2017年衆院選前に希望の党を旗揚げした小池百合子東京都知事に「排除」され、「枝野立て」という世論に押されて、ひとりで立憲民主党を立ち上げた。希望の党は失速し、衆院選後に一挙に野党第一党に躍り出たのだ。見事な「物語」だった。ところがその後、野党第一党の党首を守る内向きな姿勢を強め、立憲民主党の支持率は低迷し、「物語」はいつの間にか幕を閉じてしまった。
政権交代の実現には国民世論を盛り上げる「物語」が不可欠だ。政権批判票を吸い寄せ、投票率を大幅に引き上げるエネルギーが絶対に必要だ。いまの枝野氏に人々を熱狂させる「物語」を生み出すパワーは感じられない。
マスコミ報道が自民党総裁選一色に染まり、自民党の支持率は急速に回復した。枝野氏は衆院選にむけて危機感を強め、ようやく共産、社民、れいわと政策合意を結んだ。しかし、山本氏を「野党共闘の顔」に据えるほどの大胆さはみられない。いまだに警戒感を拭い切れないのだろう。
10月31日までの超短期決戦となった衆院選。1ヶ月に及ぶ自民党内の権力闘争を伝える大量の報道を通じて、国民の間には早くも「政治は飽きた」という気配が漂う。10月1日に緊急事態が解除され、行楽気分、飲み会気分が一挙に広がっている。10月26日には眞子さま結婚と記者会見という国民注目の行事もある。
このままでは衆院選への関心は高まらず、「低投票率で自公逃げ切り」のパターンをまたも繰り返すのではないか。
はたして「枝野氏の顔」だけで野党の埋没感を吹き飛ばし、政権交代の機運を高めることができるのか。ここは山本氏のカリスマ性を全面に打ち出し、「低投票率で自公逃げ切り」の流れを一変させる必要があるのではないか。
山本氏ほど破壊力のある「ゲームチェインジャー」はいない。「山本太郎を使い倒す」戦略への変更を、枝野氏には強く求めたい。
高井氏が山本氏とともに臨んだ記者会見の動画をツイッターで紹介している。熱のこもった内容なのでぜひご覧いただきたい。