自民党総裁選にマスコミ報道が集中して野党が埋没している。
感染爆発と医療崩壊のさなかに党内権力闘争に明け暮れて政治空白を生じさせた自民党の責任は重大だし、総裁選レースの行方を追う政局報道ばかりのマスコミの姿勢は見直すべきだ。自民党政権のコロナ失政を総裁選で帳消しにしてはならない。総裁選後に政権を選択する衆院選が控えている。マスコミ各社は自民党の広報戦略に乗せられることなく、いつもに増して厳しい目で総裁選を報じなければならない。
とはいえ、埋没する野党も工夫が足りないのではないか。自民党総裁選一色に染まったマスコミ報道を批判するだけでは、さらに埋没していくだろう。
自民党総裁の任期満了は9月30日、衆院議員の任期満了は10月21日と決まっていた。この秋に自民党総裁選と衆院選が行われることは予めわかっていたことだ。内閣支持率が続落する中で菅義偉首相が政権を投げ出し、河野太郎ワクチン担当相や石破茂元幹事長らが参戦して総裁選レースが過熱することも想定の範囲内だった。衆院選にむけてメディアジャックを仕掛ける自民党の広報戦略は毎度のことである。
自民党総裁選が「原稿棒読み」の菅首相に「永田町でいちばん話のつまらない男」の異名を持つ岸田文雄前政調会長が挑む構図のままなら、「史上最低の政策論争」となり、自民党の閉塞感を映し出すだけの結果となったであろう。無為無策のコロナ対策を重ねて国民にそっぽを向かれた菅首相が勝っても、安倍晋三前首相の傀儡政権になること間違いなしの岸田氏が勝っても、自民党が息を吹き返すことはない。野党はそんな展開に期待し、政権交代の機運が高まることに手応えを感じていたのかもしれない。
その目論見は完全に崩れた。やはり自民党は政権維持に貪欲だ。衆院選が迫っていなければ、菅首相が政権を投げ出すことも、河野氏に期待が高まることもなかっただろう。しかしこの政党は選挙が近づくとなりふり構わずイメージアップ戦略を仕掛けてくる。それは十分に予測できたことだった。そのなかで野党はあまりに無防備だった。
この間、野党は臨時国会の召集を求めていた。東京都の区市長らの提言に呼応して衆院議員の任期満了までの政治休戦も提案していた。それは評価できる。だが、自民党が国会召集を拒否することも、政治休戦を拒否することも予想していたはずだ。衆院選に向けて野党への期待感を高める手立てを用意していなかったのか。
私は菅首相が地元・横浜市長選で惨敗したことをうけて、野党は菅首相の選挙区である衆院神奈川2区に田中康夫氏か山本太郎氏を野党共闘候補として擁立し、菅首相の落選運動を大々的に展開してはどうかと提案した。政府の無為無策のコロナ政策を主導してきた尾身茂会長らの専門家会議に対抗して、野党が最前線で働く医師や貧困問題に取り組むNPO関係者ら現場に精通した人々による「影の専門家会議」を設置して検査・医療体制の整備やコロナ禍で苦しむ人々への生活支援策などを具体的に提示することも提案してきた。野党の存在感を高める手立てはいくらでもあるはずだ。
そもそも衆院選にむけて「野党が政権を取ったらこのような顔ぶれの内角をつくります」ということを示す「影の内閣」をなぜつくらないのだろう。
例えば、自民党総裁選の投開票日にぶつけて「9・29 野党の”影の内閣”発表!」と大々的に告知し、「共産党の田村智子参院議員が入閣へ」「小沢一郎氏に副総理格で入閣を打診」「“なぜ君は総理になれないのか”の小川淳也氏を官房長官に」「民間から前川喜平氏を文部科学相に」「保坂展人世田谷区長をコロナ担当大臣に」「コロナ専門家会議座長に児玉龍彦東大名誉教授」……といったニュースをどんどん打ち上げてはどうか。自民党のメディアジャックを批判するだけではなく、逆にニュースを自ら作り出してメディアに乗り込んでいく広報戦略も政権交代の機運を高めるには不可欠だ。
自民党総裁選には河野氏や石破氏らにくわえて高市早苗氏や野田聖子氏らの名前が飛び交っている。それに比べて立憲民主党は枝野代表以外の顔がほとんど浮かばない。いくら政策メニューを並べたところで、政権を担ったらどんな内閣の顔ぶれになるか、多くの有権者が想像できない状態で政権交代の機運が高まるはずはない。
自民党総裁選の時期にあわせて立憲民主党の代表選の日程をあらかじめ設定しておくことも可能である。二大政党が同時に「首相候補」を選ぶ党首選挙を実施する政治文化を定着させれば、有権者はそれぞれの政党のあり方や有力政治家の顔を同時並行で比較することができ、政治全体への関心が高まるのではないだろうか。「野党埋没」を防ぐアイデアはいくらでもある。
自民党総裁選報道の過熱に振り回されず地道に政策を練ることはもちろん大切である。しかし、政権交代のために絶対に必要なのは、投票率の大幅アップだ。民主党への政権交代が実現した2009年衆院選の投票率は7割近くに達した。その後、安倍自民党が6連勝した国政選挙の投票率はいずれも5割そこそこだった。投票率を50%から70%に引き上げることこそ、野党の政権交代戦略の中核のはずだ。
いまの枝野代表の選挙戦略では投票率が70%まで跳ね上げる気がしない。真面目で論理的な政策議論は積み重ねているものの、それを多くの人々に届ける仕掛けがあまりに脆弱だ。民間企業でいえば、せっかくいい商品をつくっても宣伝が下手で消費者に気づいてもらえなければ意味がない。
野党の政権構想を広く伝えて共感してもらうのが野党党首の最大の仕事である。枝野代表の党運営は内向きでスケールが小さすぎて面白みに欠ける。野党支持者の身内に閉じこもり、今ある支持を強固にするだけでは投票率70%は遥か彼方である。閉塞感の漂う今のつまらない世の中に向かって、野党は、もっと大胆に、もっと大衆に届くように、新鮮で驚きのあるニュースを、自ら作り出さなければならない。それが世論と対話するということである。