ここに衝撃の事実を晒そう。アイスランドは日本人に魚のエサを食べさせている。ふ、ふ、ふ。
現在でこそ観光大国となったアイスランドだが、かつては漁業が外貨獲得の支えだった。長い間、外貨獲得の90%以上を漁業に頼っていた。
自然資源には予測がつかないことも多い。それが自然の変化による漁獲量の増減であればまだしも、かつてイギリスと繰り広げたタラ戦争のように、海外からいつ漁場を荒らされるとも限らない。
そこで、少しでも安定した外貨収入をと注目されたのが、豊富なグリーン・エネルギー(水力・地熱)による売電。それをアルミの精錬という形で産業化した。だが、この政策は水力発電所の増設が必須で、それは自然をダムに沈める破壊につながる。であれば、自然そのものを保護しながら成長することのできる観光に力を入れてはどうか?
しかしその時期のアイスランドは経済バブルで物価が高く、観光客には敷居の高い場所だった。
観光客を誘致するにはどうすればいいか、それともやはり進むべきは売電か。そんな話題が持ち上がった時期、タイミングよく(?)起こったのが2008年の経済崩壊だった。
経済バイキングによるバブルは崩壊し、アイスセーブというオンライン銀行はデフォルト。預金者への貯金保証はできなくなり、アイスランドは全土半額セールとなった。冗談でアイスランドをeBayに売り出した者まで出現した。「ただし有名アーティストのビョークは除く」という但書付きで。
次にアイスランドが世界中から注目されたのは、2010年の火山噴火。火山灰が航空便のエンジンに影響を及ぼすといわれ、安全のためにヨーロッパ便が一週間近く欠航。噴火した火山がエイヤフャットラヨークトルという非常に発音しにくい名前だったこともあり、これを面白おかしくとりあげた動画も人気を集め、一躍アイスランドが有名になった。「灰(ash)じゃない、現金(cash)を送れ」というフレーズが、「またアイスランドかよ。チッ」というニュアンスであちこちから聞こえてき
とはいえ、火山噴火騒ぎによる報道で世界的に判明したのは、経済崩壊でも暴動も起こらず、物価が安くなり旅行が手軽になったこと。アイスランド側から見れば、火山噴火のおかげで全世界の報道機関を使い、無料観光キャンペーンを展開するところとなった。
この事件を境にアイスランドは観光ブームが訪れ経済はV字回帰。リーマンショックの衝撃を忘れたかのように、10年後の2018年には230万人の観光客が訪れ、観光バブルが到来。かつて90%以上の外貨獲得を誇った漁業は、その地位を観光業に譲るに至る。
ここでやっと話を魚のエサに戻す。アイスランドの魚介類の輸出高のナンバーワンはタラで、第二位がししゃもだ。どちらも美味しい。レイキャビクのスーパーでも、タラは生ダラも冷凍もあれば、ししゃももーー。
あれ、ししゃもはどこだ?
アイスランド全土をくまなく探しても、ししゃもが売っていない。日本ではどこのスーパーでも置いてある、あのししゃも。それもアイスランド産が圧倒的に多い。
なのにどうして産地のスーパーに置いてない?なんで?なんで〜?
「ししゃも? あれって人間が食うもんじゃないだろう。タラのエサだろう」
え”〜〜、マジですかぁ? ししゃもって、日本人が「卵がふわふわで、甘くて美味しいよね〜」と食べてるあれが、タラのエサ・・・。決して人間さまが食べるものではない、と?!
調べてみると、アイスランドから輸出されるシシャモの量はノルウェーが一番多く、用途は魚のエサ(心臓にグサリ)。二番手が日本で、ご存知の通り人間が喜んで食べる(お供にはカボスがうれしい)。
こう書きながら泣けてきた。ししゃもが、食べたい。
魚焼きのグリルに入れ(そんな便利なものはアイスランドに存在しないが)、熱いところにレモンと醤油をジュジュっとかけ、火傷をしないようにフッフと息をふきかけて、パクリといきたい。やだ、食べたい。もっと泣けてきた。
魚の地位が人間よりも低いとは思わないが(いや、思ってるかな)、ししゃもを魚のエサと決めつけ、アイスランドの国内市場に回さないのは解せない。日本人は、今や世界的な存在となったスシやテンプラを開発した民だ。アイスランドでも味噌や醤油が手に入る。レストランも高級になればなるほど「こちらはミソのソースでございます」的な扱いで、その言葉尻に「お前らこんなグルメなものは知らないだろう」という優越感まで感じる。そしてカレールーだのとんかつソースだのも見るのに、なぜ地元で獲れるししゃもを出さんのか! おりゃぁ!
コーフンしてごめんなさい(涙目)。
では、アイスランド国内にししゃもが出回る可能性はないのか?
正直本気で調べたことはない。が、ひとつ分かっているのは、水揚げされたししゃもは通常20キロの塊として冷凍される。可能性があるとすれば、その20キロの塊を買い取ること。ししゃもは好きだが、20キロを買取り、全部食べ切る自信はさすがにない。冷蔵庫のフリーザーにも入りきらない。つまりは現実性がない。
「ししゃもを食べよう」啓蒙運動も考えたが、アイスランド人に鼻であしらわれた。そんなものを食うのか、という顔をされた。アイスランドで一夜干しの新鮮な子持ちししゃもを食べられる日は、一生こないような気がする。
魚のエサが食べられる日本のみなさんが羨ましい。
小倉悠加(おぐら・ゆうか):東京生まれ。上智大学外国語学部卒。アイスランド政府外郭団体UTON公認アイスランド音楽大使。一言で表せる肩書きがなく、アイスランド在住メディアコーディネーター、コラムニスト、翻訳家、カーペンターズ研究家等を仕事に応じて使い分けている。本場のロック聴きたさに高校で米国留学。学生時代に音楽評論家・湯川れい子さんの助手をつとめ、レコード会社勤務を経てフリーランスに。アイスランドとの出会いは2003年。アイスランド専門音楽レーベル・ショップを設立。独自企画のアイスランドツアーを10年以上催行。アイスランドと日本の文化の架け橋として現地新聞に大きく取り上げられる存在に。当地の音楽シーン、自然環境、性差別が少ないことに魅了され、子育て後に拠点を移す。好きなのは旅行、食べ歩き、編み物。