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こちらアイスランド(11)親子を血縁と思うなかれ。結婚している思うなかれ。〜小倉悠加

近所の公園を通ると、四人家族の姿があった。

両親と幼稚園児であろう女の子、乳母車の中にもう一人が眠っている。そこに猫が近づいてきた。「ネコちゃん、かわいいね。いいこいいこしてみようか」と、父親が猫の頭をなででみせる。女の子はおそるおそる、ぷくっとした小さなてのひらを使い、やさしく猫をさわる。

母親であろう女性はたまたま知り合いだった。珍しいことではない。小さな国だし、首都とはいえど狭い街なので、知り合いの密度は東京の比ではない。彼女はパートナーの男性を紹介してくれた。

「はじめまして。動物をやさしく扱える心やさしい素敵な娘さんですね」

「本当にすてきな女の子だ。けれど僕は父親じゃないんだ」

私は凍りついた。なんという失礼な発言を。外見からはごく普通の四人家族にしか見えない。パニックだ。

「ご、ごめんなさい!本当に失礼なことを・・・」

表情を固くした私のリアクションが意外だったのか、ふたりはどことなく困ったような面持ちで、

「気にしないで。外見だけで父親かどうかなんて分かる訳ないんだから」

女の子は母親の連れ子で、乳母車に眠ってるのが二人の子供であることを教えてくれた。

「本当に失礼しました。そしてご結婚なさったのですね。おめでとうございます」

彼らはますます困ったような顔をした。

「結婚はしてないのよ」という言葉が、どちらから発せられたのか覚えていないほど、完全に私の気は動転した。

これが「アイスランド人の親子が血縁だと思うな!結婚している思うな!」の原体験だ。

みなさんはご存知だろうか。アイスランドでは婚外児が70%を占める。珍しくない。珍しくないどころか、10人の子供がいれば、7名は婚外児。完全なる多数派だ。

レイキャビクの猫は登録制で、散歩をしている猫は必ず連絡先等が書いてある札をつけている。写真のBaktus(バクトゥス)は、インスタグラムに1万人のフォロワーを持つ招き猫。街中のあちこちで店番や昼寝をしている。

私生児と聞くとギョッとする日本人はまだ少なくないだろう。残念ながら私もそのひとりだ。

「私生児」という響きには、悲劇の匂いがする。片親なしで生まれ、育つ子供。祝福されることのない生。その子の運命の不便を憂うのは、私だけではないはずだ。

なのに、なのに、アイスランドでの婚外児は70%。どーなってんの?

私なりに考えて、至った結論は、「幸せに暮らせるのであれば、結婚していようがいまいが、どっちでもいいじゃん!」

世の中の物事がそれほど単純ではないことを差し引いても、これが無責任に聞こえるあなたは、日本特有の考えに幽閉されてはいないか。もう少しだけ、新鮮な空気を吸うことはできないものか。

この発言が20-30代の若い世代からであれば、「何も知らない若造が!」と片付けることができるのかもしれない。私は60代という孫のいる世代だ。家庭も持ったことがあるし、日本でワンオペなる子育ても体験している。ありがたいことに、嫁姑や親戚とのゴタゴタは未体験だが、日本の家庭の、推して知るべしの、あれこれの想像はつく。

一般的な日本女性が通る道を、ひととおりこなしてきた体験があるからこそ、「幸せに暮せばどちらでもいい」と言い放ちたいのだ。

私生児70%といっても、日本とは結婚に至る過程が異なる。日本は「恋愛→結婚→出生」の順番が正しいとされている。アイスランドでは、「一夜をともにする→子供ができる→つきあってみる→同居する→子供が生まれる→もう一人子供ができる→10年が経った→結婚する?!」となる。

アイスランドでは子供ができて、同居10年あたりを期に、「それじゃ結婚しよう」の方が一般的な考えだ。むしろ、子供のいない男女がいきなり結婚すると、「裏になにか事情があるのか?」と詮索される。つまり普通ではない。

そう考えると、婚外児が70%であることは、ごく自然の成り行きではないか。

ここでいちど、冷静に考えてみよう。

凍ったチョルトニン湖面に映るレイキャビクの街並み

結婚は一生をともにするという契りだ。恋愛がもたらすホルモンに操られ、感情も欲望も盛り上がっている最中に、結婚後の子育て期間に起きるドタバタや、人生の荒波を共に寄り添って歩む一生の誓いを結ぶ ーーー のは狂ってないか?

結婚後に多くの人が体験する「こんなはずじゃなかった。」こんなはずもなにも、それを体験する前に結婚するのだから、希望的観測で前に進むしかない。そんな日本の結婚は、博打ではないのか。

不都合があれば離婚はできる。しかしいちど結婚すると、そう簡単には離婚できない。特に体裁を重んじる向きに離婚は辛い。子供の問題も大きい。私さえ我慢すればそれで済む・・・。

私の世代はがまんするのが美徳だと、自己犠牲が美しいのだと、それが普通なのだと教育されてきた。社会の重圧もある。のしかかることが多すぎて、重すぎて、声が出せない状態におちいる。そして典型的な、悲しい家庭が出来上がる。私自身も崩壊家庭に育った。

アイスランドには「結婚」ほどの法的拘束力はないが、社会的に家族として認められる「同居」を登録することができる。日本でいえば、入籍はしないが、住民票に同世帯として登録する「事実婚」ないし「内縁」と似ているかもしれない。

同居の具体的なメリットは、例えば経済的なことがある。相手に収入があり、自分に収入がないとしよう。日本の扶養者控除と同じように、その場合は相手に税金が戻される。これが同居の手続きをせず住まいを同じにしても、税金は控除されない。そういったメリットがあるため、「結婚」はしなくても「同居」を登録しているカップルは少なくない。

そしてこの国では、気持ちが離れてしまった相手とガマンしてまで暮らすことはない。それは、してはいけないことと捉えれている。平たく言えば、幸せになってナンボであり、幸せでない時の選択にガマンは含まれない。

もちろん彼らとて、気軽に別離に至るわけではない。
よく話し合い、それでも隔たりを埋められなければ、「別れた方がいいのかもしれない」となる。もう少し経てばと留まってうまくいくこともあれば、どうしてもうまくいかず別れることも。

片親の異なる子供と生活をともにするのは、この国ではごく一般的なことだ。その善し悪しは他人がおしはかることでもない。人の幸せは、その本人にしかわからないのだから。

公園で親子は猫をはさみ、楽しそうに遊んでいた。ごく普通のほほえましい光景なのに、私は男性が父親ではないと知ったとたん、不幸のレッテルを貼り、申し訳ないと謝った。
謝る必要などなかったのだ。「新しい家族が増えて幸せですね」と反応できなかった自分が、偏見にまみれていただけなのだ。

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小倉悠加(おぐら・ゆうか):東京生まれ。上智大学外国語学部卒。アイスランド政府外郭団体UTON公認アイスランド音楽大使。一言で表せる肩書きがなく、アイスランド在住メディアコーディネーター、コラムニスト、翻訳家、カーペンターズ研究家等を仕事に応じて使い分けている。本場のロック聴きたさに高校で米国留学。学生時代に音楽評論家・湯川れい子さんの助手をつとめ、レコード会社勤務を経てフリーランスに。アイスランドとの出会いは2003年。アイスランド専門音楽レーベル・ショップを設立。独自企画のアイスランドツアーを10年以上催行。アイスランドと日本の文化の架け橋として現地新聞に大きく取り上げられる存在に。当地の音楽シーン、自然環境、性差別が少ないことに魅了され、子育て後に拠点を移す。好きなのは旅行、食べ歩き、編み物。