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こちらアイスランド(120)アイスランドの編み物事情。ロピセーターは誰かが編んでくれるもの〜小倉悠加

老後の時間を持て余すのが理想の生活だ。けれど、時間を持て余すことは決してないだろうとも思う。第一、それほど余裕のある生活ではない上、私は多趣味だ。やりたいことがあり過ぎて、到底こなしきれない。

そんな趣味のひとつに、編み物がある。

母の実家が毛糸屋だった。夏になると必ず訪れた場所だ。店舗は50平米くらいだったろうか、壁一面に色とりどりの毛糸が所狭しと詰め込まれていた。そこでは時々、編み物教室ひらかれていた。毛糸や手芸用品を購入したお客様が、そこで編み物をしたり、編み方を相談したりということもあった。

祖父母の住居は店舗の裏手にあったため、幼い私はよくその店舗に出入りをしていた。初めて鍵編みをしたのは、幼稚園児の時だったと思う。ひどく目が詰まった訳のわからないものができた覚えがある。幼稚園児が扱うには、まだ早過ぎたのかもしれない。

その後に手を出したのが、ビニールのモチーフ型に色とりどりの糸を通し、それを組み合わせるとバッグになるというものだったと記憶している。そのバッグはもう手元にはないが、花柄がピンク色で、周囲がスカイブルーだったことを今でも鮮明に覚えている。とてもきれいなパステルの糸が使われていた。

それが私の手芸原体験だ。

アイスランドの毛糸ショップ。色とりどりの毛糸は、愛好家が独自で染めたものばかりだ。

母は当然、家でも編み物をしたし、洋裁学校出身でもあるため、私の洋服も縫ってくれた。小さい頃の私の定番スタイルは、ヒラヒラのスカートがついたワンピースで、腰の両脇から出ている紐を背後で蝶々結びにするものだった。あぁ、懐かしい。

趣味や手芸という言葉さえ知らない頃に、遊びとして自然に身についた物事だった。

その後覚えているのは、小学校中学年の頃、自宅近所の手芸店へよく行っていたことだ。一時期はアートフラワーに凝ったが、数ヶ月もすると飽きてしまった。時には好きな色の毛糸を購入して、何かを編んだこともあった。近年まで実家の食卓椅子の背カバーになっていたのは、その頃私が刺したアフガン刺繍だった。私は刺繍を差し終わると放置したが、母はそれを実用的な何かに作り替えるのが得意だった。

手芸は好きだったが、思春期には音楽に夢中になり、手芸どころではなくなった。再び編み棒を持ったのは、学生時代の一時期に何枚かセーターを編んだ。私はパーツを編み、母がそれをはいでくれた。だから私はパーツに編んだセーターのはぎを一切したことがない。

改めて思い出しながら書いてみると、母と私がいいコンビだったことがよく分かる。お母は元気にしているだろうか。あの「ちっちゃな石がみっつ」を毎日見ているだろうか。

その後は一人暮らしになったり、結婚して子供ができたりと、目まぐるしい毎日を送ることになる。子供が生まれる前に一枚だけ子供用のベストを編んだが、その後は数十年間、編み物とは疎遠になった。

前置きが長くなったが、再び編み棒を持ったのは、手芸本を出版する日本ヴォーグ社からアイスランドの編み物についてを尋ねられたのが発端だった。

アイスランドは情報源が限られ、その上編物という限定された題材の話だ。編集者は藁にもすがる思いで、連絡を入れたのだろう。当時の私は、アイスランドの音楽を中心に文化をご紹介するという立ち位置だった。そこに編み物の気配は微塵もなかった。ダメ元だったに違いない。返信は「編み物はさっぱり分かりません」が普通かと。

ところが、私は編み物が好きだった。母方の祖父母が毛糸店を営んでいた関係で、編み物は棒編みも鍵編みもできるし、機械編みも少々いじったことがある。

アイスランドの情報に通じている上に、編み物をこなす人物に出くわす確率がどれほどあるだろう?

確率は簡単に出る。日本でたったひとり。分母は日本の総人口で、分子は一。私しかいない!

編集者が驚き、喜んだことは言うまでもない。編み物好きの私にも、とても楽しい仕事となった。「世界の伝統ニット1 アイスランドロピセーター (世界の伝統ニット 1)」のアイスランドのニット、セーターに関しての解説がそれだ。

この書籍の出版を境に、アイスランドのロピセーター( lopapeysa )が随分と日本でも編まれるようになった気がする。

ロピ(lopi)には糸の太さにより種類が分かれている。アイスランド羊毛100%の頼もしい存在。

ロピとはアイスランドの毛糸のことだ。ロピで編むセーター(peysa)はすべてロピセーターになって然る。けれど、通常ロパペイサア(lopapeysa / ロピセーター)とは肩のところにクルクルと模様が入るセーターのことを言う。

これがとても暖かい。そして思いのほか軽い!

よく、カナダのカウチンセーターを引き合いに出して「重いんでしょう?」と尋ねてくる人がいる。が、重さはカウチンの半分くらいかと思う。私は半年ほどカナダに滞在したことがあり、その時にかうんちを購入した。けれど、重くて分厚くて着る機会がないまま、ヤフオクか何かで手放した覚えがある。

アイスランドのセーターは実に軽い。これは毛糸の質自体の違いが大きいと言われる。ノルウェーから人間とともに移殖してきた羊は、アイスランドの気候に適応した羊毛を蓄えるようになったと言われる。空気をたっぷりと含む羊毛で、とても暖かいし、見た目よりもずっと軽くて使い勝手がいい。

その上、肩の周囲の模様のところは毛糸が二重三重になっているため、肩の冷えをしっかりと防いでくれる。撥水性をもたせるため、完全に脱脂をしていない。すこしだけ羊の匂いがするのはご愛嬌。

土産物屋でも手編みセーターは売っている。結構高額だ。毛糸自体が安くないし、手編みなので熟練者が編んでも4-5日はかかる。日当と毛糸代を考えると、安くないことは自ずと理解できる。

「ロピセーターは買うものじゃないわよ。家族の誰かが必ず編んでくれる」とアイスランド人の友人から言われた。

仲のいい友人や家族はいたがミュージシャン率が異常に高いせいか、たまたまそこに編み物好きはいなかった。編み物人口は比較的多い国だが、これに関しては運がなかった。

いや、運がなかったというより、自分で編む動機をもらったと解釈すべきか。

ロパペイサは常々編みたいと思っていた。けれど、見た目が難しそうだしなぁ、と怯んでいた。ン10年ぶりに編み棒を持ち、日本ヴォーグ社の書物に助けられ、まず一枚を編み、だいたいのところは掴めたので、二枚目を数ヶ月後に編んだ。

写真の日付は2013年10月と12月。毛糸が太いので、意外と簡単に早く編めることがわかった。

その後はまたしばらくの間、編み物とはご無沙汰したが、アイスランドに拠点を移した後、年に一枚くらいで編んでいる。デザインも自分で自由にするようになり、オンラインでロピセーターの編み物講座を数ヶ月間開催したこともあった。またやろうかな。

編み物は無心になれるので息抜きになる。同時に頭の体操でもある。編み図はあっても自由度は高く、また、編み図に全てを頼ることができないことが多い。頭の中で糸の太さ、手加減、目数、毛糸の量などを微妙に調整していく。

編み物は近年、精神安定剤代わりになるニットセラピーと称されてもいる。編み物をしている間は瞑想している状態に似ており、セロトニンやドーパミンが分泌されるという。なるほど、編み物は中毒性がある。一度編み物の楽しさを覚えると、定期的に編みたくなるのはそのせいかもしれない。

ーーーというようなことを書く予定ではなかったが、書いていくうちにこのような流れになったので、編み物の話を少し続けようかと思っている。

(アイキャッチにした写真は、アイスランドに移り住んだ後に編んだもの。)

小倉悠加(おぐらゆうか):東京生まれ。上智大学外国語学部卒。メディアコーディネーター、コラムニスト、翻訳家、ツアー企画ガイド等をしている。独自企画のアイスランドツアーを10年以上催行。当地の音楽シーン、自然環境、性差別が少ないことに魅了され、子育て後に拠点を移す。好きなのは旅行、食べ歩き、編み物。

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