2022年5月14日の土曜日、海外での投票を初体験した。
アイスランドでは居住年数により地方選挙の選挙権が与えられる。これまでは居住年数が4年間だったが、今年に入りその年数が3年間に短縮された。どちらにしても私は該当する。60代で海外で選挙権を得るとは、本人も驚いている。
驚いた理由は、国籍がない限り選挙権がない日本で生まれ育ったからだ。たった3年間の居住で選挙権を得ることができる。それが国選ではなく、地方選挙だけだとしても、何かすごいことのように思える。
外人に街を乗っ取られる可能性はないのか?
思考力に欠けた陰謀論のようなことを一瞬考えてしまったが、現実的にはまずそんなことにならない。移民、出稼ぎ民は押し並べて勤勉で思考力も高く、地元民の間からは出ないような新しいアイデアが湧き出てくるとも限らない。それが建前だけであっても、平等、住民の意見を幅広く取り入れるという「姿勢」として、ある一定条件を満たした住民に選択権を与えるのは、悪いことではないと思われる。
今回選挙権を受けて、(少なくとも私は)部外者ではなく、中の人、住民としての視点や姿勢を持たなくちゃ、と自分の姿勢をただす機会となった。その前までは、所詮私は部外者、考えてもどうしようもない、と投げてしまっていた。
正直言えば、日本国民でも日本の政治に影響を与えることの方がずっと難しいと感じている。ほとんど不可能のようにさえ思う。
今回の地方選に伴い、付け焼き刃でレイキャビク市に関わる各党の主張をざっとさらった。事務所に出向いて話を聞く余裕がなかったため、サイトを訪れ、公約(っぽい)文章を読んでまわった。
現在のレイキャビク市議では次の4党で連立政権を組んでいる。前々回のコラムでご紹介した政治スキャンダルがあり、Sjálfstæðisflokkur(独立党)は随分と議席を落としそうだ。現職ダーグル市長のSamfylkingin(社会民主同盟)は、近年の政策をどう市民が評価するかにかかっている。国政でカトリン首相を有するVinstrihreyfingin – grænt framboð(左派運動緑の党)は左派のはずが、右寄りに振れることも多く、Píratar(海賊党)は最も腐敗の少ない政党と言われる。
躍進が期待されるのは新党のFramsóknarflokkurinn(進歩党)で、テレビ・パーソナリティの有名な男性が党首として立つ。タレント議員といえば、記憶に新しいのはレイキャビク市議会へのベスト党の躍進だった。経済崩壊後にタレントやアーティストが集まったベスト・パーティ(ベスト党)はいきなり第一党躍り出て、何期か市政を扱った。そこから国会議員も生まれ、厚生大臣を2期ほど務めたのは、ベスト党から政治に関わるようになったハード・ロック歌手のオッタルだった。
ちなみに、アイスランドには日本のように名前を連呼する宣伝カーはない。党名の旗をや風船をなびかせた車は見たのは郊外の街で、レイキャビクでは見なかった。アイスランド人の友人に言わせれば、レイキャビクでそれをやると、ダッサ〜!となるそうだ。なので選挙といえども街中はいつもと同じ静けさ。
街頭演説も見たことがない。寒い日も多いから、外で立って見てるの辛いしね。プロテストの場に登場したり、例えば今回はアート展の開催式典のスピーチに、そういった内容を含ませることはあった。なので、選挙とはいえども、街中の様子はごく普通だった。テレビでの討論会は盛んに行われていた。
そして迎えた投票日、投票は朝9時から夜10時まで。地方によっては若干時間が異なることもあるという。私の場合はレイキャビク市内なので、投票所はレイキャビク市庁舎だった。
国政の方が華やかな雰囲気があるが、選挙の場はお祭りだ。颯爽としたタキシード姿の男性を見かけたと思ったら、市長のダーグルだった。
市庁舎に入ると、日本語でいう町内別にどのブースで投票すべきかが書かれている掲示板がすぐに目に入る。投票方法はアイスランド語、ポーランド語(外人住民の大半がポーランド人であるため)、英語の3ヶ国語で表示されていた。
ブースはどこも同じ広さで4メートル四方という感じか、名簿チェック要員3名、監視員一名で、カーテンで仕切られた投票場所が3ヶ所設られていた。日本のように体育館全体を使い、小さく区切られた長机がある感じとは異なる。あえて言えば、避難した体育館に設られる臨時の仕切り住宅(?)を思い浮かべればそう遠くはないだろう。
いつもは彼のお供で来るだけの場所。今日は私もブースの中に入る。ドキドキ。
先客はいない。午前の早めの時間帯なので、まだ人出がそれほどない時間帯だ。手持ち無沙汰の3名に見つめられるとドギマギする。真ん中の女性のところへ行くと、「”%#($’#&”!?」と言われる。
あの〜、あの〜、ごめんなさい。「えっと〜」と思わず日本語が出てしまう。
「”%#($’#æ&”!*?」
ブースのすぐ外にいる彼に顔を向けて助けを求めてしまう(情けな〜〜い!)。すると女性がゆっくりと、ヘイムなんたらと言ってくれた。なるほど、住所っすね。たぶん。
3歳の子供のように、住所くらいはアイスランド語で覚えてある。横にいた若い感じの男性が、名簿をササっと開いて調べ始めた。更に女性から、
「@%)$(‘”&!&*+%)$ ?」と言われたが、たぶん身分証明だろうと思い、居住許可証を出した。
「YUKA OGURA?」自分の名前はさすがに理解できる。「はいそうです」と応えると、大きな投票用紙を渡された。
それを持ち、カーテンで中が見えないようになっている個室ブースへと入っていく。
投票用紙はデカイ!全政党の、全候補者名簿が記載されている。日本のように目の前に貼り出すのではなく、一票ごとにそれを印刷する。レイキャビク市はアイスランドで最も大きな選挙区なので、名簿も長いし、政党数も多い。開票たいへんだろうなぁと、後片付けのことを最初に考える主婦のサガか。
そこに自分が支持する政党に印をつける。これが実は最大の衝撃だった。
支持政党につけるのはバッテン!
バッテンですよ、バッテン。ダメ、それなし!ジッジー、はい残念でしたのあのバッテン!
選挙でバッテンといえば、最高裁の国民審査。辞めさせたい裁判官につけるのがバッテン。この人はダメダメマーク。なのにアイスランドではバッテン(クロス)が支持の一票。ひゃ〜、慣れない。
候補者名簿も印刷され、当然名簿第一席(党首)から順に記載されている。で、これもちょっと驚きで、もしも名簿順を支持しない場合は、順位を書き換えることもできるという。また、地方によっては党名や候補者名を記載する地区もあるそうだ。なにせ総人口36万人で、10万人ほどの有権者がレイキャビクに集中している。数十名の投票者の地区もあるため、ある程度の采配はその地区に任されているようだった。
ブースには右側にペンが一本。無事にバッテンを記載した後、心の中でYoshikiさんを思い浮かべ、そうか、アイスランドでは全員がXファンなのだ。「エーックス!」とか、超ずれたことを考えもした。
ブースのカーテンを開け、出入り口近くの投票箱に「いってらっしゃい。いい仕事してね」と声をかけて大きな一票を投じてきた。
何のドタバタもないただそれだけのことだった。でもなんか、いい気分。
翌日にはその結果が発表された。レイキャビクの市議会議員は23席。予想通り保守が議席を減らし、新党がいきなり4議席を獲得。これまでと同じ連立政権では、現職市長の続投は見込めない。さて、どの党がどう組んで連立政権を樹立するのかーーー。
これを書いている選挙翌々日の時点では判明していないが、このコラムが掲載される週末には、ある程度の方向性は見えていようかと思う。
ちなみに投票率は61%。レイキャビク市議23議席中、女性13名、男性10名。議員を送り込んだ8政党の第一席は女性6名、男性2名。
ごく個人的な印象でしかないとはいえ、男性のトップを見ると、柔軟性に欠ける保守派に見えてしまう。端的に言えば、古くさ!政治経済、学問の場に女性がトップとして邁進することが普通の国に住まうようになったため、時々日本の様子が目に入ると、全く異様。異常。男性の顔しかない状況を普通であると甘受していることが、恥ずかしく思えてくる。
もちろん国によって文化が異なり、習慣も考え方も異なる。けれど、日本に生まれ育った女性として、女性の立場はお粗末だったと言わざるを得ない。それが私の体験であり実感だ。
小倉悠加(おぐら・ゆうか):東京生まれ。上智大学外国語学部卒。アイスランド政府外郭団体UTON公認アイスランド音楽大使。一言で表せる肩書きがなく、メディアコーディネーター、コラムニスト、翻訳家、カーペンターズ研究家等を仕事に応じて使い分けている。アイスランドとの出会いは2003年。アイスランド専門音楽レーベル・ショップを設立。独自企画のアイスランドツアーを10年以上催行。当地の音楽シーン、自然環境、性差別が少ないことに魅了され、子育て後に拠点を移す。好きなのは旅行、食べ歩き、編み物。自己紹介コラムはこちら。