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私は本当に「コロナ陰性」だったのか? 今苦しんでいるのは「コロナ後遺症」ではないのか? 抗原検査への疑念〜飯塚尚子

連載「学校を撮り続けて」の執筆をしばらくお休みした事をまずは謝罪させていただきます。

教育現場の端っこにかかわる者として、突然の執筆停止の理由をしっかり残しておきたいと思います。「今残さず何時残すのだ!」との思いからです。凡そ時系列に沿った形で記します。

2021年4月6~9日まで入学式の撮影が関東近郊で続きました。5日に前乗りし、連日移動してはホテル泊まりで、3日目(おそらく4月7日)夜辺りから風呂が温かくないと感じるようになり、それは翌日も継続しました。

4/8 朝にはめまいがあるものの撮影現場へ。宿泊先のホテルのセンサーで熱は検知されず、食欲もある事から普通の風邪かと軽く考えていました。

4/10 撮影を終えて自宅に戻った夜から徐々に様子がおかしくなり、倦怠感と妙な寝汗、下腹部痛、背部痛が出始めました。

4/11 夜には微熱が出始め酸素飽和度は99でしたが、胃痛・のどの痛みも加わりました。SNSには自らコロナを疑って「対コロナ作戦戦闘開始」と勇ましい記録が残されていました。(笑)

時計は少し戻ります。

2020年9月に千葉の田舎に引っ越してきた私ですが、「横浜市のとあるスタジオで複数陽性者が出て入学式がどうしても回らない、何とか助けてくれ」と頼まれたのが3月下旬でした。

私は基礎疾患持ちで免疫抑制剤を飲んでいる事もあり、当時の状況から最初は断りました。当時の保健所や検査・医療体制、世界の様子などから次の波が確実に来るであろうことは疑いようのない事でしたから。

それまで最低限しか家から出ていませんでしたが、密にならざるを得ない教育現場に出て罹患しても仕方がないと腹をくくりました。コロナ禍で翻弄され、様々な行事もろくになくなったまま卒業をしていく子どもたちのことを考えてのことです。

入学式の主な撮影先である横浜市は当時、菅総理大臣の政治的地元である状況下、公立の教育現場における新規感染者の発生状況を一切外部に漏らしませんでした。近隣や隣接の市では学校名等ある程度まで開示しているところもあるのに、です。

同業の友人や保育園、教職員たちやその管理職、各々全く線の繋がらない各所から情報を収集したところ、「うちなんか〇回もクラスタ出ちゃったわよ~アハハハ」や、苦い顔で「多すぎてどうしようも出来ないのでは?」や、小学校の放課後預かり教室である学童では「クラスタなんかあっちこっちで出まくりだよ」などなど。

リスクが山盛り状態なのに各現場の危険度を推し量り危険度に応じた対応も出来ませんでした。

そこで安全第一と考え、ゴーグルとマスクをしてみました。ところがゴーグルもカメラのファインダーも曇ってしまい、これでは撮影などできない事が準備段階でわかりました。想像するに見た目、非常に奇異で宇宙人だったかと思います。

結局ゴーグルは外し、マスクの上部をすべて内側に折り返す事でファインダーの曇りはある程度解消出来ました。

現場の人間は政府に翻弄されるまま黙って受け止めるしかできないのか? 文科省の施設である小学校に厚労省の施設である「学童」が配され、そこでクラスタが出ているというのに情報を開示しないという状況に政治的、省庁的な力関係が後ろにあるのではないか? そのような疑念が募りました。

いったん話を時系列に戻します。

4/12 週明けの月曜日、いよいよ当日の予定をキャンセルせざる負えない症状となってきました。ついに熱が38度を超え、体中がきしみ、めまいも酷く、まっすぐに歩けません。どんなに風邪をひいても食欲の落ちる事がなかった私ですが、水も吐いてしまうので薬も飲めません。ひたすら忍の字で横になっていました。

4/13 朝にはいったん回復基調となり、これがうわさに聞いていた「コロナのなんちゃって回復期?」だったのかもしれません。ところが午後に入り、酸素飽和度は時折97まで下がるようになってきました。同時計測している心拍もタダ静かに横になっているだけで常に90以上です。そして喉のイガイガから声枯れに移行。血膿の痰が大量に出てはまた咳が戻るの繰り返しでした。

4/14 13日が明けて午前2時過ぎから気管支に圧迫感が出始め、苦しいので姿勢を変えるのですが、その度にむせるような咳がでて、腹筋も痛くなってきました。呼吸苦から上半身を立てていないと呼吸が出来ないので半身を起こしたままでした。だから時間も何となく覚えているのです。ここ数日前から測り始めていた酸素飽和度ですが、健康時は99%です。ところが、昨晩辺りから時折97まで下がるようになり、明け方から朝方にかけてあっという間に下がっていくのには驚きました。話に聞いていた「具合が悪くなる時はあっという間」そのものです。

 最終的にはどの指で計測しても酸素飽和度は90以下。通常であれば呼吸不全と言われる状態ですから即刻入院です。最低値87でこれは選択の余地なしと判断し、あまりの呼吸苦にこれもコロナ対策でホムドクから事前に入手しておいた喘息用の吸入薬を使用し、いったん呼吸苦は収まり2時間ほどうつらうつらしたでしょうか。

 朝イチでかかりつけの基幹病院へ夫に連絡を入れてもらいました。私の場合免疫疾患があり、もし高熱を出して呼吸が苦しくなる症状が出たら「間質性肺炎」を疑う事になるので救急車を呼んで即刻来なさいと言われていました。コロナ騒ぎになり始めの頃の事です。夫に急遽休暇を取ってもらい病院に連れて行ってもらいました。もちろん走行中は車の窓を開けたまま。

 病院の感染者用駐車場で待つ事1時間ほど。やっと感染者用にしつらえた室内に招かれ、最初に酸素飽和度を計測。まだ苦しかったのですが97程度に上昇、同時に心拍が非常に早く130を超えていたとぼんやり記憶しています。スマホて撮影しておいた最低値もお見せしました。

 その後の検査は簡易抗原検査キット(スワブによるインフルABとコロナ検査、各15分ほどでその場で判明するもので、検査機関には送られません)これらはどれも陰性。採血されたかどうかは覚えていません。そんな記憶のあいまいさの中で、現場のドクターがPCRをするかどうか上長に内線で相談されているのが印象的でした。

 当時PCR抑制論と言われる正体の良く見えない何かの真っただ中で「これは医療の枠を超えた何か政治的な問題があるのでは?」と強く感じた体験でした。結果は熱以外全て(−)でそのまま解熱剤を渡され、対応時間は約1時間以上、その間に「(簡易抗原キットによる)検査は完璧じゃないから」と3回言われ、「1週間たっても治らなかったらまた来てください」。自宅幽閉も命じられました。

 後で調べてみたらこの病院もクラスタを出していたのです。再度クラスタ発生を恐れたことも考えられました。それと不思議なのは、家族についても全く聞かれなかった事です。呼吸苦などがあり、酸素飽和度が下がってもです。

4月14日朝、病院に行くことを決意した酸素飽和度です。みなさんも今後酸素飽和度系の数値をスマホなどで撮影して証拠として取っておくことをお勧めします。
私の体質をよく知っている担当医たちが過去から私に対して処方してきたものです。赤いマジックでナンバリングされている理由は症状がきつくなると共に数字を追っていくためです。意識がもうろうとした場合でも家族に伝えたり、子供に持ってきてもらったりしやすいです。熱がひどくなったら葛根湯から麻黄湯に。咳がひどくなった場合は葛根湯から麦門冬湯へ。それでも症状が軽くならない場合はNO5のセットも加えて用いました。アルミ包装のテープは鎖骨下の気管支上に貼るタイプです。注意:基礎疾患や体調など個人差があるのであくまでもこれは私の場合であり、対応はお近くの信頼出来るドクターに相談をしてください。
ぶっ倒れている最中に実際使っていた酸素飽和度系本体と体温計です。どちらも電池式なので私は予備電池を常に用意してあります。
酸素飽和度計の装着時の様子です。撮影の都合上、立位で撮影しましたが、病院などでは心臓と同じ高さや胸の上に指をおいて測っているようです。爪の装飾などは予め取っておくことが必要です。

4/20 恐らく暴露されたであろう初日と思われる日から数えて2週間後、当時は周囲で唯一PCRの行政検査を行ってくれる耳鼻咽喉科に行きました。問診後にPCRをお願いしたところ、抗原検査の「こ」の字もなく、コチラは唾液によるPCRをウムも言わさず実行。

 何故こんなに対応が違うのでしょうか??

 聞くところによると耳鼻咽喉科はコロナ診断の最前線科だそうです。なのに、当時ネットでいくら検索しても周辺では公的PCRをしているのはこの個人病院だけでした。この時も、医療の範疇を超える妙な違和感を覚えました。最前線である耳鼻咽喉科なのに、PCRの行政検査を表立ってホームページなどで公表しているところが本当に少なかったのです。疑問ばかりです。

4/22 検査結果(−)の連絡が電話でありました。それはそうでしょう。暴露したであろうと推測される日から既に2週間以上たってしまっていましたから。

 コロナは発症前からウイルスを拡散するので本当に厄介です。この間に私は誰か知らない人に感染させていたこともあり得るからです。それと更に不思議なのは、ワクチンを打つ前に以前に罹患したかどうかを調べる抗体検査を自由診療で良いからお願いできないかと三か所の病院に尋ねたのですが、わざわざ検査部に問い合わせて頂くなどしても返ってきた答えは3か所全て「NO」でした。いつも通りの採血に項目を足して調べるだけではないのでしょうか? それ以降、緊急事態の中、撮影が無いのが幸いしましたが。

4/26 またひどい震えとめまい、腹痛、嘔吐、体温低下と過呼吸に見舞われました。家族に救急車を呼ばれる羽目となりました。興味深い事に「買い物や掃除、かたづけ等少しでもまとまって数時間体を動かすと途端に具合が悪くなる」のです。これも後遺症の一つと言われています。

 逆に言えば無理をせず、体力を使わない事が一番良いようでした。なので、以降は家事も殆ど放り投げ、いつ行ってもほぼ誰もいない近所の公園に夫と共に車で移動し、気分転換しながらボンボンベッドの上で音楽を聴いたりしていました。最後の原稿の写真もそこで撮影し、書き上げたものでした。

このPCR検査は唾液を採取し、検体を検査機関に送るタイプで、陽性であれば提携医療機関と情報共有が出来るものです。12/2現在の情報では、陰性だった場合、オンライン診察を受け陰性証明がメールで発行されるとの事です。唾液なので利用時の注意として飲食やうがいを直前にしない事をお勧めします。

6月頃まで「週の半分」は体調不良で起き上がれず、薬を飲むためだけにおかゆやスープやスポーツゼリーやプリンばかりを食べていました。加えて歯を磨くのも髪をとかすのもつらい状態が長引きました。もちろんお風呂も長くは浸かっていられませんでした。

いよいよ後遺症、long-covidではないかと疑うようになりました。調子が悪くなってからもう二ヶ月です。普通の風邪なら数日程度で社会復帰できるのに。

6月以降ナメクジの如く非常にゆっくりでしたが体力の戻る兆しはありましたが、半日ほど動いた後はやはり2~3日休まないとダメでした。何とか騙しながらどうしても外せなかった用事で二日連続で出かけたのがまた間違いのもと。

罹患から3カ月たとうかという6月下旬には大学で受講中にぶっ倒れました。危うくまた救急車を呼ばれるところ、大学の計らいで夫の車での迎えを待ってくれることになりました。大学当局の方には教授をはじめ(一番近い距離にいた私です)教室仲間にも非常に迷惑をかけたと思っています。

皆さん私の状態を見てコロナを疑ったことでしょう。そりゃぁ、当然疑いますよね。当時の千葉では第5波が見え始めていたころでしたから。そして私は後でお話しする簡易キットで夫と共に(−)を確認したため少し安心していたのです。大学にも「コロナの兆候はないのでほぼご安心を」と連絡していました。

11月中旬で7カ月がたちました。なのに半日だけの仕事でも辛いのが実態で翌日は確実に使い物になりません。体重も12㎏減となったままある程度は無理してでも食べているのに戻りません。幸い食べ物の臭いや味は多分正常でした。ただ、思い返せば発症当初は味の印象が薄くなっていた気がします。

でも何といっても最大の問題は【認知能力や記憶力、ワーキングメモリが一気に減退】していた事です。例を挙げればきりがありません。特にひどかったのが10月頃までです。薬を飲んだか飲んでいないかも忘れ、様々な生活に必要な単語もなかなか出てきません。今でも時折そうなります。この原稿も非常に時間をかけて書いています。

疲れていると単純な加減乗除も出来なくなってくるのです。風呂に入って風呂のデジタル時計を1分前に見たのにもかかわらず、何度も何度も見たり、家の前のドアに立って鍵を取り出したのは良いのですが、それをどう使っていいのかわからずしばらく立っていたり、ショックなのは車の運転席に座っても何をしたらいいかわからない事があったり、ワイパーの動かし方も分からない。

何よりもショックだったのは小学生の頃から体の一部だったカメラの扱いが分からなくなっていた事です。カメラを構えてみたものの、何をどうしたらいいのか、記憶がまだら状態だったからです。私は愕然とし、あまりのショックに涙さえも出ませんでした。

ただ幸い撮影に関しての記憶は現在はほぼ戻っています。精神科の医師によるとコロナ後遺症ではそのような事もあり、「ブレインフォグ(脳に霧がかかったような状態)」と言われているようです。

後遺症に関するレポートNHKの記事を紹介したいと思います。まだ後遺症の定義等も現時点では明確になっていないようですが、今のところ、発症から7日以内の症状が五つ以上あれば、後遺症とされているようです。

私は「めまい・倦怠感・寝汗・下腹部痛・背部痛・嘔吐・呼吸苦・咳・38度以上の熱、諸々」などの症状があり、「記憶障害・集中力低下・睡眠障害」などはコロナ後遺症としてフランスから報告されています。筋力の低下や継続する倦怠感などもあてはまります。一言で言えば「急激な老化現象を体験しているのかも?」と思い始めました。

現在、体力は罹患前の平均6割、良い時で7割にやっと手が届く状態です。なるべく体力を上げるために朝の散歩やカメラの代わりに1ℓのペットボトルに水を入れて上げ下げしたり。それでも、例を出して言うならば電動アシスト自転車、ママチャリにモーターをつけてあるやつですが、あれからモーターを引っこ抜いたただの自転車の残骸になった感じです。

先日もたった半日仕事でしたが最後に1㎞続く上り階段でほぼ体力が底をつき、ウルトラマンで言えばカラータイマーの消滅一歩手前でした。帰りのバスの中では機材を全て床に置き、立ったまま膝の間で固定したら最後、息も荒く一言もしゃべることが出来ませんでした。そして、休み休み4時間かけてやっと自宅にたどり着いたら翌日から例によって数日はゾンビです。

教育現場では入試や入学式・卒業式に簡易検査キットが配られるという話や既に消費期限すれすれのものが配られてきたという話も全く系列の違う現場から耳にします。このバラバラ感はいったい何なのか。PCRによる検査キットなどが全国民に配られない理由は何なのか。本当に疑問点だらけです。

11月に入り、入試、卒業式、入学式、入社式の準備が進行しています。難病の主治医に「入学式・卒業式や入社式の撮影に入る際、ワクチン接種の有無や抗原検査の有無を聞かれるかもしれない。その場合に使う簡易抗原検査キットはどれがいいか」と厚労省のリストを持って行ったところ、「あぁ、これね、意味ないです。私は無駄なものはやらない主義です。特に○○は意味ないです」とサッパリキッパリ言われました。「エェェェ?」。6月下旬大学で倒れた後に利用して、大学の事務局や教授に安心してくださいと伝えてしまった後でした…。

あまりにはっきり否定された事に驚きを禁じえませんでした。何故なら現在一般人が簡単に入手できる簡易抗原検査キットは全国の薬局で売られているはずですし、意味が全くない事をそこまではっきり言っていいのか、それも社名まで出して…。

ただ、なぜそこまではっきり言ったのか、ある日納得がいきました。主治医は海外からもいろいろ情報を集めていると言っていました。そして私もその後入手した海外の小さな基礎研究の情報を確認したところ、主治医が言っていた事そのままでした。

その後、海外の専門家らによる査読前のプレプリント(2021年08月07日掲載)が国立遺伝学研究所の川上浩一教授から紹介されました(こちら参照)。注目すべきは、簡易抗原検査キットの【感度】は、空港の検疫などでやってる”抗原定量検査”でPCRの1000分の1、その場で15分ほどで判明するタイプの感度はPCR検査の3万分の1から100万分の1以下というものでした。

この値には真面目に思わず何度も何度も見て桁を数えてしまいました。信じられないほどの感度差といえるのではないでしょうか? 素人からしたら100万円と1円を比べた時の感じです。

川上教授から以下のコメントをいただきました。

 ■感度とコスパの最高峰PCR

 抗原検査には抗原定量検査と抗原定性検査があります。

 どこまでウイルスが少なくても検出できるかを検出限界と言います。検出限界は、検査方法の優秀さを表す指標になります。抗原定量検査の検出限界については、国立感染症研究所が調べた結果がホームページに掲載されており、RT-PCR法で検査した場合のウイルス量の指標であるCt値に換算して30程度(Ct値30)であることが示されています(こちら参照)。RT-PCR法ではCt値40くらいのウイルス量でも検出できます。

 Ct値が大きくなるほど、ウイルス量が少なくなると考えてください。Ct値30とCt値40ではCt値30の方がウイルス量が約1000倍多いことになります。すなわち、抗原定量検査の感度はRT-PCRの約1/1000ということになります。

 一方、抗原定性検査(迅速抗原検査キット、簡易抗原検査キット)の検出限界を調べた論文が海外の研究者らにより査読前のプレプリントとして発表されています。(2021年08月07日掲載)ここではRoche社とAbbot社の迅速抗原検査キットについて調べていて、どちらの検査キットでもRT-PCR換算でCt値20を超えるあたりからRT-PCR検査の結果と100%一致しなくなり、Ct値25くらいで約90%の一致となることが示されています(こちら参照)。

 RT-PCRの検出限界をCt値40として比較すると、Ct値20は約100万倍のウイルス量、Ct値25は約3万倍のウイルス量ということになります。すなわち、迅速抗原検査キットの感度はRT-PCRと比較すると1/30000~1/1000000程度の感度ということになります。

 現在、日本の空港検疫ではSARS-CoV-2の検査に抗原定量検査が用いられています。この検査法では感度がわるいため多くの偽陰性が発生します。ウイルスの保有者が陰性として日本国内に侵入してしまいます。空港検疫は、もともとはRT-PCR検査だったのです。それが2020年7月に抗原定量検査に変えられました。これを即刻元のRT-PCR検査に戻すべきと考えます。

 また迅速抗原検査キットがこんなに感度のわるいものとは知りませんでした。このことは陰性であった場合、常に偽陰性の可能性を疑う必要があります。症状があり、迅速抗原検査キットで調べて陰性だった場合には、安心せずに医師にかかりRT-PCR検査をうけるべきであると考えます。

これからの入試や卒業式・入学式、入社式におけるコロナ対策に大変参考になりますので、じっくりお読みいただきたいと思います。川上先生には、この場を借りて、御礼申し上げます。お忙しい中ご協力いただけたこと心より感謝いたします。本当にありがとうございました。

このコメントで先の主治医が言った事ともつながりました。私が持って行った厚労省の抗原検査キットのリストをめくりながら「これね~意味ないんですよ」と言った意味が腑に落ちました。意味の無い検査なら、感度の良い意味のあるPCRをすべきなのが当然と思いましたが、それでもPCR検査をしないのは、いったいどのような理由があるのか。医学的な範疇以外の理由があるように思うばかりでした。本当はそこを聞きたかったのですが、そこまで聞くのは質問の意図から外れる事なので聞けませんでした。

その後、あまりに体調不良が続くので頭部から頸部へのMRI、体重減少の理由をさぐるため(つまり悪性腫瘍の可能性)の胸部から腰部までのCT、上咽頭のカメラによる確認もし、基礎疾患もあるので当然必要項目の血液検査もしていますが、数字的には健康との事でした(なのに何でこんなに疲れるのだ!)。

罹患前は各スタジオの人間に「同い年の男性カメラマンよりいつも元気だねぇ」と言われていた私だったのですが…。やはり急激な老化現象を思わせます。私の場合、罹患から7カ月以上過ぎようとしている今でも検査では何の問題も無いのに体力は罹患前の6割です。最近の体重計では基礎代謝を測れますが、驚くのは罹患前は1100以上あったのが、最近は900代後半から1050ぐらいを行ったり来たりです。体重が減った事にもよるでしょうが、これでは70代です。やっぱり細胞をやられたことによる急激な老化現象なのでは…(T△T)

PCR検査体制の不備や抑制論と言われているものの為に、私と同じようにコロナ不確定のまま「後遺症」に突入し、罹患以前の生活が戻らない人が沢山いるのではないかと危惧しています。

後遺症によって働けなくなり、障碍者年金を受け取る必要が生じた時に医療機関を受けた事の証明、つまり領収書はしっかり取っておいて欲しいと思います。これがないと受け付けてくれるとは思えません。この先コロナ後遺症であることの診断がおりれば、障碍者年金などの福祉を受けられる確率が少なくとも下がることは無いでしょう。

今後は第6波も懸念されています。海外と国内のニュースを比較すると、主題が同じでもメディアや国の立場が異なると読者の持つ危機感が全く異なっているのが実感できます。

現在、ネットや店頭に並ぶ各種簡易抗原検査キットは、ワクチンや特効薬の開発とともに徐々に縮小していくでしょう。キットには消費期限がある事も忘れないで欲しいと思います。

未だ「コロナはただの風邪と同じ」という各個人の自由意思でその解釈と行動がいくらでも拡大できる曖昧な言動をSNSなどで見ますが、「ただの風邪」であれば数日すれば通常通りの生活が戻ってくる事は皆さんも分かっているはずです。

PCR検査を良いタイミングで受けることができず、コロナ後遺症認定されない「隠れコロナ後遺症患者」は大勢いるのではないかと思っています。私は折を見て専門医にかかろうと考えています。田舎のここから都会までは遠いし、再度感染の確率も上がりますが、リスクを覚悟で動かなければ利益の機会は得られません。また、症状が軽ければ後遺症期間が長い事も実体験としてあり得ますので決して軽く見ないでください。普通の風邪ならこんなことにはなりません。

コロナ後遺症患者にも憲法にうたわれている健康に生きる権利があるはずです。隠れコロナ後遺症患者が増えないようにするにはどうすべきか。是非とも具体的な政策を施行して欲しいと心から願っています。

子供とその子供たちを守る全ての大人たちの為に。

飯塚尚子(いいづか・たかこ)
東京都大田区大森の江戸前産。子供の頃から父親の一眼レフを借り、中学の卒業アルバムのクラス写真は自ら手を挙げて撮影している。広告スタジオ勤務を経て現在フリーランスの教育現場専門カメラマン。フィールドは関東圏の保育園から大学まで。教育現場を通じて、社会の階層化・貧困化、発達障害やLGBTを取り巻く日常、また、議員よりも忙しいと思われる現場教員たちに集中していく社会の歪みを見続けている。教育現場は社会の鏡であり、必然的に行政や政治にもフォーカス。夫は高機能広汎性発達障害であり障害者手帳を持っている。教育現場から要請があれば、発達障がい児への対応などについて大人になった発達障がい者と直接質疑応答を交わす懇談会や講演も開催。基本、ドキュメンタリーが得意であるが、時折舞い込む入社式や冠婚葬祭ブツ撮り等も。人様にはごった煮カメラマンや幕の内弁当カメラマン、子供たちには人間界を卒業した妖怪学校1年のカメラマンと称している。