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ものづくりの考古学者がゆく(2)焼き物を見る〜丹羽崇史

今日は奈良から少し遠いけど、ある美術館に行こうと思う。

前回は鋳物を見に行ったが、今回は別のものを見に行く。

車を走らせ、約2時間。

 目的地に到着!

日本には陶磁器を専門にした美術館・資料館が全国にある。

その中でも私がおすすめするのが、全国有数の焼き物の街、瀬戸にあるこちらの愛知県陶磁美術館

ここに来れば、縄文土器から現代の陶磁器までの日本の焼き物、さらには韓国、中国、西アジアやヨーロッパ、アメリカ大陸など、世界各地の焼き物を見ることができる。

早速、本館にある常設展示室を見に行こう。


こちらは唐三彩。中国の唐の時代に作られた焼き物である。

素焼きをしたのちに、複数の釉薬を塗り分け、二度焼をして釉薬を定着させてできあがる。

白い素地の上に、茶色、緑色、白色の釉薬がかかり、とてもきらびやかな雰囲気だ。

                 唐三彩碗(愛知県陶磁美術館所蔵)
                 唐三彩碗(愛知県陶磁美術館所蔵)

内面を見ると、3か所に喰い込んだ小さな痕跡がある。

これは「目跡(めあと)」と呼ばれている。重ね焼きをするため、三叉トチンという窯道具を置いた痕跡である。

三叉トチン(陝西省考古研究所2008『唐長安醴泉坊三彩窑址』文物出版社)

こちらは日本の平安時代の釉薬をかけた陶器。

植物灰を材料とした釉薬をかけることから灰釉(かいゆう)陶器と呼ばれている。

実際に灰釉陶器を焼いた窯跡から出土したものだが、こちらも同じように3か所の目痕があり、また、実際に三叉トチンが刺さったままのものも出土している。

このように、唐の時代の中国と平安時代の日本の焼き物が同じ窯道具(三叉トチン)を使って焼かれているのだ。

一体どんなつながりがあるのだろう?

私は前回紹介した鋳物以外にも、焼き物の技術(窯業技術)も研究している。

調べれば調べるほど、中国の焼き物の技術は、私たちが想像する以上に広がっていることがわかるのだ。


焼き物の研究に関して、以前、私にはある本と運命的な出会いをした。

それは、熊海堂さんの書かれた『東亜窯業技術発展与交流史研究』(東アジア窯業技術の発展と交流史の研究)という本だ。

今から10年以上前、焼き物や窯業技術について勉強を始めて間もないころ、私はある仕事で北京にいた。行きつけの古本屋に行き、偶然、この本を見つけてパラパラとめくり、その内容に驚愕した。

なんと、中国のみならず、韓国・日本の窯跡の資料を集め、巨視的な東アジア窯業史を構築している。これはとんでもない本なのではないか。

その場で購入を決意し、以来何度も読み返している。読み返すたびに新たな発見のある本だ。

熊海堂さんはこの本の中で、中国と日本の焼き物で三叉トチンなどの同じ窯道具が用いられていること、中国から日本にそれが伝わったことをいち早く指摘したのだ。

熊さんは名古屋大学でこの本の内容を骨子とした博士論文を執筆され、博士号を取得。帰国して母校の南京大学の教授となる。しかしながら、この本の出版前にわずか43歳で亡くなられてしまったとのこと。

亡くなられた熊さんの奥様が書かれたこの本の「補後記」を読むたび、痛ましく悲しい気持ちとなる。

熊さんのような偉大な先人には遠く及ばないが、私は「東アジア窯業考古学」を盛り上げるべく、微力を尽くしたく想う日々を過ごしている。


話を美術館に戻そう。

中国と日本で形がよく似た焼き物も知られている。

左は中国浙江省の越州窯、右は日本の愛知県の猿投窯の焼き物。

左:青磁四脚壺(唐時代 愛知県陶磁美術館所蔵)   右:灰釉四足壺(平安時代 愛知県陶磁美術館所蔵)

昔の人々は技術とともに、中国の焼き物の形や意匠も積極的に受け入れていたのだ。

前回紹介した鋳物と同様、人類のものづくりの技術の流れを考えるうえで、こうした焼き物も格好の研究対象なのだ。


こちらの美術館では、焼き物の展示のほか、敷地内で発掘された平安時代・鎌倉時代(11~14 世紀)の窯そのものを見学できる「古窯館」もある。

                        古窯館

陶磁美術館を見学後、今度は瀬戸蔵ミュージアムに行く。

こちらでは、瀬戸の伝統的な焼きものづくりの現場の技術に触れることができる。 

さらにそこから歩いて、窯元巡りもできる。

こちらは「窯垣の小径」。「窯垣」とは、使わなくなった窯道具を積み上げて作った塀や壁のことで、焼きものの街、瀬戸ならではの風景である。

                       窯垣の小径

こちらは現代の瀬戸の窯元で作られた三彩陶器。

中国陶磁で用いられた技術や造形は、現代の陶芸家も魅了するのだ。

               六代水野半次郎 三彩大鉢(瀬戸民藝館所蔵)

前回紹介した鋳物と焼き物は共通する技術がある。

例えば、土をコントロールする技術、窯や溶解炉を操業するときに温度をコントロールする技術だ。

あるいは鋳物が「鋳型」で作られるのと同様、「型」を用いて作る焼き物もある。

               「型」作りの焼き物の例(瀬戸蔵ミュージアム)

様々な技術を駆使し、時に異なる分野間で技術を共有しながら、ものづくりは進化をしてきたのだ。

焼き物は私たちの生活にも欠かせないもの。

身近なものを作る技術を知ると、その見方も変わってくる。そう、文化財は過去を知るだけではなく、今の私たちを知るうえでも大事な財産なのだから。


丹羽崇史(にわ たかふみ)

奈良在住の考古学研究者。中国・韓国・日本を中心に、過去の時代の人々のものづくりやその技術を研究しています。SAMEJIMA TIMESの筆者同盟の一員として、考古学・文化財に関する記事を執筆しています。考古学や文化財の魅力を発信できればと思っていますので、お付き合いいただけましたら幸いです。写真は中華人民共和国北京市にある大鐘寺古鐘博物館を見学した時のものです。