政治を斬る!

福祉・介護のある風景(30)介護日誌をつけよう~橘 世理

筆者同盟に参加させて頂き、今回で30回になる。節目の数字だけれど、いつもと変わらぬ調子で書きたい。

今回は、介護日誌について。

私の長い介護生活でも、介護についての日誌をつけたことはなかったが、母の小さくなった背中を見ていて、思い立った。

健診に連れて行くことも記録に残す


1️⃣ 健康状態の記録として

私は、毎日、母のバイタルチェックもしていない。

本当は、血圧だけでも計測すると良いのだけれど、それもやっていない。

とくに職場へ行く日の朝は、母の身の回りの事、弁当作り、自分も朝食をたべなきゃいけない、ゴミ出しなどで忙殺されるのだ。

そのため、母の健康チェックは、頭から飛んでいる。

具合が悪いと言い出した時にだけ、血圧を測る。

本当は、これではいけないのだが・・・

心の中では、毎週行っているデイサービスの事業所で測定しているから、まあ、それで勘弁してくださいと言い訳をする。

ただ、食事をどれくらい食べたのか、それだけは記録している。

施設や病院は、主菜、副菜で何割食べたのかを記録するが、さすがに家ではそこまではやらない。

全体の何割か、完食か、それをできる限り記している。

残したものは何か、その理由が聞けたときは、それも書いている。

たとえば、「QBBチーズを残したのは、噛むのに大変だったから」と記す。

母は、総義歯だ。噛む力も弱くなっている。

アルミで包まれているブロックチーズは、食べたり、食べなかっりする。

食事の他には、元気がない、疲れ気味、朝はぼーっとしているなど、このような事も記しておくと、後でいつ頃から体調変化が起きてきたのかわかる。

時間ごとに記録


2️⃣ 思い出づくり

冒頭にも母の小さくなった背中を見て介護日誌をつけ始めたとあるが、90歳母と過ごせる時間は残り少ない。

ひと言でいうなら、思い出作りのためでもある。

嬉しい事ばかりではなく、過酷な事も起きているので、後に私は、どのような思いで読み返すのだろうか。

そのような事を考えながらあれこれ綴ることもあるが、それはほんのたまに、ほんの少しの余裕ができた時だけだ。

普段は忙しいので、事実だけを並べる。

日誌であり、日記ではないのでそれでいいのだが、少しは、感情も盛り込んでしまう。

私は大雑把で愛想も無いので、時に、母親へぶっきら棒な態度で対応することもある。

疲れていると尚更で、申し訳ないと思うけれど、ついつい小言の二つ三つが口から零れてしまう。

でも、これもやがては、思い出になってしまい、もっと優しくしてあげれば良かったとちょっぴり悔やむのだろう。

様子や行動を記録


3️⃣ 介護をしていた証になる

上述したように介護の日々に起きた事は、日記ではなく、事実を列記する日誌にしている。

なぜそこに拘るのかといえば、もしもの時に備える事が大事だからだ。

介護の先にあるのは、相続である。

もしかして・・・と思うなら、備えあれば憂えなし。

さらに言うと、介護日誌は、他者に見せることになるかもしれない。

そうなると感情的な日記よりも事実を積み重ねている日誌の書き方の方が、相続で問題が起きた時に威力を発揮してくれるだろう。

兄弟姉妹がいる場合、相続時に揉める事がある。

その配偶者たちも参戦するので、火は、益々燃え盛る。

この記事を読んでくださっている方の中にも、うちもそうだったと頷いている方がいるかもしれない。

このようなケースがあった。

妻に、「あなた、負けちゃだめよ!」と尻を叩かれ、「法定相続分はきっちり取ってきなさい」と言われた。

妻から言われれば、親を介護してくれた妹さえも、断崖絶壁から蹴落とすことなど厭わない。

そのような兄がいるだろうかと考えるかもしれないが、世の中にはいる。

そのような場合は、大抵、親の介護から逃げているケースが多い。

だが葬儀には、長男は私なので喪主です、としゃしゃり出て来る。

介護を担ってきた妹にとっては、腹立たしいのひと言では済まされない。

介護は自分の時間を犠牲にするので、仕事もできなくなる事がよくある。

私も実際に父の介護のために職を変えている。

もし、介護をしていなければ、収入はもっとあったのに。

そう考える人は少ないないはずだ。

ましてや親の介護をしてきた妹家族は、それまで親と一緒にいた家に住み続けることが、当然の権利であると思うだろう。

介護のために持ち家がない場合もある。

だが、兄夫婦は、不動産を半分にはできないので、不動産価格の半分を現金で払えと言い出す。

このような事で話がこじれると、場所は、裁判所へ移ることもある。

さらには、介護の実態を疑う発言まで飛び出すことも稀ではない。

その反論として介護日誌をつけておいた方が良い。

連続した日誌は、介護をしてきたという記録であり、証となるからだ。

可能であれば親に公式な遺言書を作っておいてもらうと良い。

そんな大袈裟な事をと思うかもしれないが、これは大袈裟な事でも何でもない。

揉めないための秘策と言える。

金が絡むと人は変わる。

無防備でいればやられるので、そこはシビアに防御しなければならない。

介護を終えての行き着く先が、金銭の揉め事とはあまりにも悲しいが、しかし、福祉・介護の現場に身を置く私はそのような場面を何度も見てきた。

逆に、親の介護を献身的に続けた一人の親族に対して、他の親族が、その介護を担った人に心からの感謝と敬意を持って、労っている崇高な場面も見てきた。

願わくば、後者の一人でありたいと思うが、未来はどうなるか分からない。

残念ながら、分からないとしか言いようがない。だから、今日分かる介護の事実を日誌に記すだけである。

写真:橘 世理

橘 世理(たちばなせり)

神奈川県生まれ。東京農業大学短期大学部醸造科卒。職業ライター。日本動物児童文学賞優秀賞受賞。児童書、児童向け学習書の執筆。女性誌、在日外国人向けの生活雑誌の取材記事、記事広告の執筆。福祉の分野では介護士として高齢者施設に勤務。高齢者向け公共施設にて施設管理、生活相談を行なう。父親の看護・介護は38年間に及んだ。