自民党安倍派への強制捜査がいよいよ始まった。
派閥がパーティー券の売上超過分を所属議員にキックバックして収支報告書に記載しない「裏金システム」は10年以上前から続いてきたと報じられている。政界引退後も安倍派に隠然たる影響力を残してきた森喜朗元首相が派閥会長時代に始まったとの指摘もある。
とはいえ、政治資金規正法の時効は5年だ。東京地検特捜部の捜査は過去5年を中心に進むことになる。
安倍派の会計責任者を務めた派閥職員は「不記載・虚偽記載」で立件を免れないだろう。焦点は、政治家が逮捕されるかどうかだ。
逮捕される可能性があるのは誰か。今後の捜査の行方を予測してみよう。
①派閥事務総長 松野、西村、高木3氏
政治資金パーティーを主催し、所属議員にパーティー券の売上ノルマを課して集め、ノルマ超過分をキックバックして収支報告書に記載しなかった派閥の法律違反は明確だ。収支報告書への不記載・虚偽記載で会計責任者の派閥職員が立件されるのは確実だろう。
焦点は、会計責任者の上司に当たり、派閥運営全般の責任者である事務総長を共犯として立件できるかどうかである。
この5年間に事務総長を務めたのは、下村博文元文科相、松野博一前官房長官、西村康稔前経産相、高木毅前国会対策委員長の4人だ。安倍晋三元首相が急逝した後の派閥内闘争で失脚した下村氏を除き、派閥運営を仕切ってきた5人衆のメンバーである松野、西村、高木3氏に捜査が及ぶかどうかが最大の焦点に浮上している。
マスコミ報道によると、会計責任者は東京地検特捜部の調べに対し、事務総長も「把握」していたと供述しているようだ。この「把握」の内容が逮捕できるかどうかの分かれ目になる。
事務総長が「指示」したり、詳細は報告を受けて「了承」していた明白な証拠があればアウトだ。一方で、長年の慣行として「把握」していた程度ではグレーで逃げ切りとなる公算が高い。
このあたりは検察当局の「本気度」で大きく左右される。そもそも今回の捜査は、キングメーカーの麻生太郎副総裁ら主流派を後押しする「国策捜査」の色合いが濃い。
3氏が主流派に屈服し、来年の自民党総裁選で麻生氏らの意向に従う「政治決着」が実現すれば、検察当局が事務総長経験者の政治責任には深入りしない可能性が高まるだろう。
とはいえ、事務総長経験者の誰も逮捕されないと世論の検察批判が高まることは避けられない。「把握」の度合いが最も強い事務総長経験者に照準を絞って捜査が進むこともありうる。
②受け取った議員たち
一方、ノルマ超過分を裏金として受け取った議員たちを立件するハードルは結構高い。
受け取った側の議員や秘書らは東京地検特捜部の調べに対し、「派閥から『派閥幹部が自民党から受け取った政策活動費なので、収支報告書に記載する必要はない』と説明されていた」と説明していると報じられている。この供述は事実に反し、実態はノルマ超過分をキックバックされたのだが、「派閥からの説明を信じていたので違法性の認識はない」という供述を覆す明白な物証がなければ、立件は簡単ではない。
政策活動費は、政党が政治家個人に寄付する際の名目として使われる資金である。
政治家個人への寄付は禁じられ、資金管理団体や政党支部を通じて寄付するのがルールなのだが、政治資金規正法は、政党だけは例外的に政治家個人へ寄付できるという「抜け道」を用意している。しかも政策活動費を受け取った政治家個人は、その使途を提出する義務はない。政策活動費は「合法的な裏金づくりシステム」なのだ。
裏金を受け取った議員が「政策活動費と説明されていた」と強弁すれば、意図的に収支報告書に記載しなかったという違法性を問うことが難しくなるというわけだ。
③「中抜き」していた議員たち
裏金をキックバックしていた派閥執行部の事務総長も、受け取っていた派閥所属議員も立件されないとなれば、検察当局に対する世論に批判が噴出するだろう。これでは収まりそうにない。
そこで注目されるのは、「ノルマ超過分を派閥に入れず、『中抜き』していた議員がいる」というマスコミ各社の報道だ。
派閥の政治資金パーティー券の売り上げは、派閥の財布に入らなければいけない。多くの議員はいったんはすべて派閥の財布の入れ、ノルマ超過分をキックバックされていたのだが、ノルマ超過分は派閥の財布に入れず、ハナから自分の財布に入れる「中抜き」をしていた議員もいるというのだ。
この場合、派閥のパーティー券売り上げを自分の懐に直接入れていたことになり、それを収支報告書に記載していなければ「政策活動費」の言い訳は成り立たない。
この「中抜き」議員は立件するハードルが大きく下がる。この場合も収支報告書に記載する会計責任者の秘書の責任に転嫁する場可能性はあるが、議員本人の関与を立証できる可能性は比較的高いだろう。
④まったく別件で
残る可能性は、安倍派議員がまったく別件で逮捕されることだ。
そもそもパーティー券の裏金をめぐる政治資金規正法違反で立件するハードルは高い。
そこで、パーティー券事件で強制捜査に入り、安倍派議員たちの事務所や自宅を一斉に家宅捜索し、そこで得た物証をもとに、「まったく別の汚職事件」を掘り当てることに、検察当局の本当の狙いがあるのではないかという見立てである。
この場合、政治資金パーティーをめぐって裏金を受け取っていた数十人の議員全員を洗いざらい捜査するのは膨大な作業となるため、あらかじめ「ターゲット」を絞って調べ上げることになろう。
それでは、誰に目をつけるのかーーここにこそ、検察捜査が「国策捜査」と呼ばれる最大の理由が潜んでいる。
検察は「正義の味方」ではなく「時の権力者の味方」だ。検察首脳たちにとって大切なのは、国民ではなく、自分たちの人事と組織防衛である。
現在の最高権力者は、内閣支持率が続落して求心力を失った岸田首相ではなく、キングメーカーの麻生氏だ。来年の総裁選に向けて麻生氏の意向に沿うかたちで「ターゲット」が絞り込まれるとみてよいだろう。