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「安倍・岸田の緊張感」は報じても「安倍・麻生の亀裂」は報じない朝日新聞の忖度報道〜「本当の政局記事」には意義がある

朝日新聞が12月8日朝刊 『岸田・安倍氏、協力に潜む緊張感 安倍氏から「煮え湯」』で岸田文雄首相と安倍晋三元首相の「距離感が注目を集めている」との記事を掲載している。

安倍氏が9月の自民党総裁選で高市早苗氏を支援したため、岸田氏と安倍氏の間には「適度な緊張感」が続いているという岸田派幹部のコメントを紹介。安倍氏は最側近の萩生田光一氏(安倍派)の官房長官起用を求めたものの実現しなかったことや、岸田氏が安倍派内で安倍氏と距離のある福田達夫氏(安倍氏と対立関係にあった福田康夫元首相の長男)を自民党総務会長に起用した人事、さらには山口県政界で安倍氏の長年の政敵である林芳正氏(岸田派)を外相に起用した人事などに安倍氏が不満を抱いていると報じている。

さらに同じ宏池会を源流とする岸田派(42人)と麻生派(53人)、谷垣グループ(26人)が合流する「大宏池会」構想を紹介し、これが実現すると最大派閥・安倍派(95人)を上回る最大勢力になるとしたうえで、「安倍さんは疑心暗鬼になっている」(安倍氏に近い閣僚経験者)との見方を伝えている。

岸田政権が安倍氏の意向を軽視し、安倍氏が岸田政権に不信感を募らせていることについて、私は自民党総裁選直後からSAMEJIMA TIMES『安倍ー麻生の間にすきま風。岸田政権は「大宏池会」結成を見据え「麻生優位」で動き始めた』(10月19日)サンデー毎日『「3Aの谷間」甘利明が手中にする絶対権力 安倍・麻生のすきま風でほくそ笑む男』(10月19日発売)プレジデントオンライン『岸田政権はさっさと潰して構わない」安倍氏と麻生氏の全面対決が招く”次の首相”の名前』(11月11日)サンデー毎日『安倍・麻生「同盟」を断つ新外相・林芳正』(11月16日発売)などで繰り返し指摘してきた。朝日新聞がようやくこの点に踏み込んだのは評価したい。

一方で、今回の朝日記事に欠けている最大の要素は、麻生氏の存在である。

安倍氏は麻生氏と盟友関係を結んで最大のライバルである石破茂氏を封じ込め、憲政史上最長の政権を実現させた。政権中枢で二階俊博氏や菅義偉氏の影響力拡大を抑え込んだのも麻生氏との盟友関係があったからだ。9月の自民党総裁選でも菅氏が支援する河野太郎氏の勝利を阻むために決選投票で麻生氏と手を結んで岸田政権を誕生させた。安倍・麻生両氏の盟友関係こそ、2012年末の第二次安倍政権誕生後の権力中枢の基軸であった。

その盟友関係が岸田政権誕生を機に揺らぎ始めたのだ。理由は簡単である。安倍・麻生両氏の共通の敵である石破氏、二階氏、菅氏、河野氏らが今回の総裁選でことごとく失脚し、ふと気づくと政界の勝者は安倍氏と麻生氏の二人だけになったからだ。「共通の敵」が消滅した二人の盟友関係はその存在意義を失ったのである。

私が一連の記事で指摘してきたことは、「安倍氏と岸田氏の関係に亀裂が生じた」ということではなく「安倍氏と麻生氏の盟友関係に亀裂が生じた」ということである。

現在の自民党のキングメーカーは安倍氏と麻生氏である。岸田氏個人にその一人である安倍氏と対等にわたりあう政治力はない。まして安倍氏と麻生氏の両方を敵に回して政権を運営する政治力などあるはずがない。

政局を読み解く場合、まずは岸田氏の政治力の限界を見極めることが不可欠だ。その岸田氏が安倍氏の要求する人事を拒絶し、安倍氏が不満を抱いてもかまわないという政治的態度をとれるのは、もうひとりのキングメーカーである麻生氏の後ろ盾があるからにほかならない。岸田氏が自分だけの判断で安倍氏の意向をはねのけることなどできないのだ。そう見定めることが現在の政局を読み解くうえで政治記者に欠かせない視点である。

つまり、安倍氏の要求を退け、安倍氏に不満を抱かせている張本人は、岸田氏ではなく、麻生氏なのだ。安倍氏と麻生氏の利害が相反し始め、両者の盟友関係が揺らぎ始めているのは、現時点の日本政界の最大の政治(政局)ニュースである。そのような政治状況を的確に認定して今後の政治情勢(政局の行方)を展望することこそ、政治報道(政局報道)の重要な役割なのだ。

その意味で、今回の朝日記事は、安倍氏と麻生氏という二大キングメーカーの「亀裂」に踏み込まず、キングメーカーの安倍氏と操り人形の岸田氏の「緊張感」に事態を矮小化している。その点において、不十分な政治報道と言わざるを得ない。

朝日報道はなぜこのような中途半端な政治報道にとどまってしまったのか。

答えは簡単である。安倍氏と岸田氏の「緊張感」を報じるだけなら安倍氏も麻生氏も「許容範囲」なのだ。しかし、安倍氏と麻生氏の盟友関係の「亀裂」を報じることは、両氏の権力基盤そのものを揺るがすため、二人が最も神経を尖らせる極めてセンシティブな記事となる。安倍・麻生両氏の盟友関係はこの10年のふたりの権力基盤を支えてきた力の源泉であり、その「亀裂」に関心が集まることはふたりが最も嫌うことなのだ。

政治記者がどんなに安倍氏と親しくなっても安倍氏が「麻生さんが私の要求する人事を退けている」と本音を漏らすことなどあり得ないし、どんなに麻生氏と親しくなっても麻生氏が「俺は安倍政権下でずいぶんと我慢して支えてきたのだから、今度は好きなようにやらせてもらう」などと本音を漏らすこともありえない。安倍氏や麻生氏への長年の取材の蓄積を踏まえたうえで、現時点において二人が置かれた政治情勢を客観的に分析し、政治情勢全般を総合的・論理的に解析したうえで、彼らの本音を自らの責任で読み解いて読者に伝えることが政治記者の役割なのである。それがプロの仕事だ。安倍氏や麻生氏が自らの本音を覆い隠すために発する表向きのコメントを垂れ流すのなら誰にでもできる。

つまり、朝日新聞は安倍・麻生両氏を怒らせることを恐れ、二人の意向を忖度し、二人の表向きのコメントを垂れ流すばかりで、二人の盟友関係が揺らいでいるという、岸田政権誕生後に生じた新たな政治情勢を的確に報じてこなかった。極めて微妙になりつつある二人の関係を見て見ぬふりをし、二人が最も触れてほしくないことに蓋をすることで、二人の政治的影響力の維持に加担しているのである。他の大手マスコミも似たような状態だ。

SAMEJIMA TIMESをはじめいくつかのネットメディアで安倍・麻生氏の盟友関係が軋み始めたというニュースが出始めたことをうけ、ようやく「安倍氏と岸田氏との緊張感」までは報じたのだが、いまだに本丸である「安倍氏と麻生氏の盟友関係の軋み」までは踏み込まず、忖度を続けているのである。

これでは政治報道の役割を果たしているとはとてもいえない。

同様のことは安倍政権下でもあった。安倍政権中枢の最大の対立軸は「麻生副総理vs菅官房長官」だった。ところが、この対立構図を報道されることを、麻生氏も菅氏も嫌った。マスコミ各社は麻生氏や菅氏に嫌われ、取材のインナーサークルから外されることを恐れて、安倍政権中枢で繰り広げられている「麻生vs菅」の主導権争いをほとんど報じてこなかったのである(二人の主導権争いは安倍首相が退陣し菅政権が発足する過程で初めて報道され、広く知られることになった)。このような政治報道の忖度が安倍政権を安定させ長期化させた一因であったといえよう。

政治報道は政局より政策を報じるべきであるという意見は強い。そのとおりであると思う。しかし政局報道もまた重要だ。政権がこれからどのような方向に向かうのかを展望するには、権力の中心がどこにあり、どのような権力闘争が政権中枢で繰り広げられているのかを把握して広く知らしめることは不可欠である。

政治報道の問題は、現在の政治報道が単に「誰が勝った、負けた」という「表面的な政局報道」に終始していることだ。この10年の日本の権力中枢を支配してきた「安倍・麻生両氏の盟友関係」が揺らいでいるという「本質的な政局報道」は絶対に必要だ。政治記者が昼夜政治家に密着し、政治家を地元選挙区まで追い回し、時に会食し、オフレコ取材を重ねているのは、そのような国家権力中枢の権力闘争の実態を理解し、広く世の中に知らしめるためであることを再確認すべきだ。権力者の怒りを恐れてそれを報じないのなら、政治記者など不要である。

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