選択的夫婦別姓──このリベラル寄りのテーマが、いまや国会の「政局アイテム」として再浮上している。4月30日、立憲民主党が民法改正案を単独で提出。だが、法案の中身以上に問われているのは、なぜ“単独”で提出したのかという点だ。
この法案の骨子は、結婚時に同姓か別姓かを選べるようにし、子の姓については結婚時に決定するというもの。過去に立憲は、国民民主党や共産党と共同で改正案を提出した経緯があるが、今回はその枠組みを外しての“見切り発車”だった。
理由は明白だ。各党の足並みが揃わない中で、今国会での成立は見込めない。むしろ立憲は「うちは本気だが、他党が足を引っ張った」というポジションを取り、夏の参院選に向けて差別化を図ろうとしているのである。
維新と国民は“賛同できない理由”がある
立憲が単独提出に踏み切った背景には、維新と国民民主の“腰の引けた”対応もある。
維新の吉村代表はかつて夫婦別姓に前向きな発言をしていたが、最終的に党は「旧姓使用の法制化」というより保守的な案を選んだ。立憲案には賛成しない構えだ。
これは、単なる政策判断ではない。背景にあるのは、選挙と政局。立憲と協調すれば、支持層から「結局、立憲と組むのか」とそっぽを向かれる恐れがある。維新にとって立憲との連携はリスク以外の何物でもない。
国民民主党はさらに複雑だ。かつては立憲と共同提出したが、現在は連合の支援と保守層の支持という二重構造の中で板挟み。党内女性議員や連合は賛成を迫る一方で、保守票を背景に支持を広げた玉木代表や榛葉幹事長は、むしろ反対寄りの姿勢だ。
国民民主にとって、今ここで賛成を打ち出すのは、保守票を失う自殺行為。かといって連合や党内の圧力を無視すれば、内部崩壊にもつながりかねない。そこで選んだのが「あいまい戦略」だ。維新が反対に回ることで、「どうせ可決されないのだから採決すべきではない」と逃げ道をつくる。立憲の単独提出は、この迷走する国民に揺さぶりをかける狙いもあったのだ。
自民党には「小泉トラウマ」と「神風」
では、自民党はどうか。選択的夫婦別姓は、党内保守派にとって“絶対に譲れない一線”である。
小泉進次郎氏が総裁選で「一年以内の決着」を掲げた際、自民党内の強い反発に遭い、一気に失速したのは記憶に新しい。党内では、あの出来事が今もトラウマとして残っている。
選択的夫婦別姓に賛成する有権者は、どうせ立憲やリベラル野党に投票する。であれば、自民がこれに賛成して保守票を失う意味はない──という計算が働いている。
それでも連立パートナーの公明党は賛成派。自民が孤立すれば、政権の基盤が揺らぐおそれもある。そんな板挟みの中、自民党にとって“渡りに船”となったのが「トランプ関税ショック」だ。経済対策を最優先に掲げ、「今はそれどころではない」と夫婦別姓の議論を棚上げにする空気が、党内に広がりつつある。
しかも野党の足並みは乱れ、立憲は単独提出。自民党にとって、これほど都合の良い展開はない。
法務委員会で“自然消滅”か
こうして提出された法案は、法務委員会で審議される。だが、ここで採決がなされる保証はどこにもない。与党が委員会を掌握していれば、議題に上げず“棚ざらし”にすることで、事実上の自然消滅が可能だ。
立憲の単独提出は、法案成立を本気で狙ったものというよりも、選挙に向けた「立ち位置アピール」としての意味合いが強い。これを受けて、維新と国民は身動きを封じられ、自民は争点回避の道を得た。
夫婦別姓は、いまや「政策議論」ではなく「政局の道具」になりつつある。現実の政治は、有権者が期待する理念や理想とは別の論理で動いている──その典型例と言えるだろう。