ウクライナ戦争は、ウクライナのNATO加盟を阻止するためロシア軍を侵攻させたプーチン大統領と、米軍の参戦は見送りつつゼレンスキー政権に武器を大量支援して徹底抗戦を後押しするバイデン大統領の戦争といっていい。
バイデンの狙いは、ロシア軍とウクライナ軍の停戦合意を一刻も早く実現してウクライナの人々の命を守ることではなく、むしろ戦争を長引かせてロシアへの経済制裁を強化し、ロシアを内側から崩壊させてプーチン政権を倒すことにあると私はみている。その分析は昨日の記事で詳しく示した。
バイデンの狙いは「ウクライナ停戦」より「プーチンの転覆」〜マイケル・ムーアの米メディア批判
バイデンの「打倒・プーチン」の狙いは、3月26日のワルシャワでの演説で露呈した。彼はプーチンを「虐殺者」と呼び、「この男は権力の座にいられない」と明言して、プーチン政権を転覆させる狙いを示唆したのだ。
さすがにロシアを刺激して軍事的緊張を高める発言としてフランスのマクロン大統領らから懸念の声があがり、バイデンはロシアの体制転換を狙う意図はないと火消しに回ったが、いったん飛び出した「本音」はもはや隠しようがないだろう。ゼレンスキーを倒してウクライナに親露政権を打ち立てようとしているプーチンと比較して、内政干渉という意味ではどっちもどっちなのだ。
バイデンがウクライナの人々の命を守ることよりも、親米派のゼレンスキー政権を守り、プーチン政権を倒すことを最大の目的としていることは、バイデンの過去の歩みからみて、信じるに足る相当の理由がある。
バイデンとウクライナ政府の癒着、そしてバイデンがウクライナに持つ利権はかつて、米議会や欧米メディアで厳しく追及された。ところが、バイデンが米大統領選でトランプと一騎討ちになった途端、欧米メディアは「反トランプ」の立場からバイデンの疑惑追及をやめた。
そしていま、欧米メディアは「反プーチン」の立場からバイデンの過去を報じることに消極的だ。バイデンとウクライナの濃密な歴史を知らずして今回の戦争の分析などできるわけがないのに。欧米メディアも戦争になると自国の政権に加担してしまうのだ。
だが、私たち日本は軍事的に衝突する双方から一線を画し、バイデンのウクライナにおける歩みをいまいちど客観的に確認する必要があるだろう。そのうえで、プーチンvsバイデンの戦争にどのように向き合うべきかを冷静に考えるべきである。もちろんプーチンに加担すべきだと言っているのではない。双方から距離を置き、日本の国民にとって最善の道を選ぶのである。
日本のマスコミはいま、欧米メディアの報道を垂れ流すばかりで、バイデンとウクライナの歩みをほとんど報じていない。だが、ウクライナ戦争前は、それを報じる日本メディアもあった。
きょうは時事通信記者としてモスクワとワシントンの特派員を歴任した名越健郎・拓殖大教授が米大統領選でバイデン当選が確実になってまもない2020年11日27日にプレジデント・オンラインに寄稿した記事『「次男は月収500万円」バイデン父子がウクライナから破格報酬を引き出せたワケ』などをもとに、バイデンとウクライナの歴史を振り返ってみよう。
この記事はバイデンの当選確実が発表された後、プーチンは「法的な決着を待つ」として祝意を表明しなかったのに対し、ゼレンスキーは早々に祝電を送った場面から始まる。当時からバイデンはロシアを安全保障上の脅威とみて反プーチンの姿勢を打ち出す一方、ウクライナに肩入れする姿勢を鮮明にしていた。
バイデンはオバマ政権の副大統領時代、すでにロシアと敵対していたウクライナを6回も訪問し、ロビー外交を展開していた。2009年7月のウクライナ訪問では「ウクライナがNATO加盟を選択するなら、米国は強く支持する」と表明している。当時のウクライナ国内ではNATO加盟論はほとんど広がっておらず、むしろバイデンがNATO加盟論の盛り上がりを仕掛けたといえるだろう。
2014年に親露派のヤヌコビッチ大統領が親欧米派デモ隊によって追放された(デモ隊には米国が水面下で支援したと言われている)。プーチンはこれに対抗してクリミアをロシアに併合し、オバマ政権は予期せぬ展開に大混乱に陥った。
このときバイデン副大統領は「モスクワに侵略の代償を血と金で支払わせる」と迫ったが、オバマ大統領の反対で実現しなかったとニューヨーク・タイムズは報じている。バイデンはウクライナを訪問し、キエフのマイダン広場で「われわれはロシアの違法なクリミア占領を絶対に認めない」と演説している。
バイデンはオバマに対し、ウクライナ軍に対戦車ミサイル「ジャベリン」などの殺傷兵器を提供することも繰り返し提案したが、オバマに拒否された(「ジャベリン」は紆余曲折を経てトランプ政権下でウクライナへ供与された)。バイデンは約100人の米軍事顧問団の派遣も主張していたという。
バイデンは親欧米派のポロシェンコ大統領と親密になり、ウクライナで政界工作を進めた。トランプ政権が誕生する直前にもウクライナを訪問し、キエフで政府高官らを前に演説して、民主化の定着やロシアへの抵抗を訴えている。
以上から、バイデンが副大統領からロシアを敵視し、ウクライナのNATO加盟や軍事支援を強く主張してきたことがわかるだろう。バイデンが旗を振る軍事支援のもとでウクライナに大量の武器を提供した米国の軍需産業は大儲けしたのである。
それだけではない。バイデンが副大統領だった当時、次男のハンター氏がウクライナのエネルギー企業の取締役に就任して高額の報酬を受け取り、その見返りに父親(バイデン)の政治力を使ってこの企業の不正疑惑を捜査していた検事総長を解任させたという「ウクライナ疑惑」が米議会や欧米メディアに指摘されてきた。バイデンの目にウクライナは軍需利権・エネルギー利権の源と映っていたのではないか。
ウクライナ疑惑はバイデンがトランプとの一騎打ちを制して大統領になった後、うやむやにされている。欧米メディアは「トランプ復活」を恐れ、バイデンの疑惑を追及する姿勢を手控えているとしか思えない。
いずれにせよ、バイデンとウクライナの濃密な歴史をみると、バイデンが「プーチンvsゼレンスキー」の戦争に対してウクライナの人々を守るために一刻も早い停戦合意に全力をあげるのではなく、むしろ戦争を長引かせることでロシアへの経済政策を推し進め、ロシアの内部崩壊を誘発してプーチン政権を打倒することを優先しているという見方が一定の説得力を持つことがおわかりいただけるのではないか。
日本のマスコミは「プーチン=悪、ゼレンスキー=正義」の善悪二元論を喧伝するばかりで、この戦争の「影の主役」であるバイデンとウクライナの歴史ついてほとんど報じていない。
早期停戦の鍵を握るのはバイデンなのに、なぜバイデンが停戦合意に向けて全力で動かないのかということが、日本のマスコミ報道だけをみているとさっぱり伝わってこない。
バイデンの立ち回りこそ、ウクライナ戦争の行方を読み解く最重要テーマなのに、テレビ新聞の特派員たちは何をしているのだろう。
一方、米国民の多くはバイデンとウクライナの濃密な関係を知っている。NBCが行った世論調査で、ウクライナ戦争を巡るバイデンの対応を「大いに信頼している」と回答したのはわずか12%にとどまった。逆に80%以上は核兵器の使用に発展することへの懸念を示し、米国がウクライナに軍隊を派遣することを懸念する声は74%にのぼった。
米国世論は戦争が始まると大統領支持率があがる傾向がある。しかしバイデンへの支持がいっこうに高まらないのは、米国民の多くがウクライナ戦争の影に「バイデンの利権」の匂いを嗅ぎ取り、「戦争に巻き込まれるのはバカバカしい」と突き放しているからであろう。米国内の世論は冷めているのだ。
バイデンがアフガニスタンからの米軍撤退を決めて支持率が急落した後、トランプは勢いを取り戻している。そもそもバイデンは「反トランプ」をひとつにまとめるという極めて消極的な理由で民主党の大統領候補となった。彼の求心力は「アンチ・トランプ」しかないのだ。その文脈でトランプの勢いが復活している今、バイデンが今度は「プーチン」を「悪」としてショーアップし、「アンチ・プーチン」で支持回復を狙っているとみるのは、きわめて自然な流れだろう。
日本のマスコミはもっと「バイデンの思惑」を分析して報じるべきである。それが日本の人々に広く伝われば、米国民と同様、軍事大国・ロシアに敵視されて自国の安全保障を脅かしてまで「バイデンの戦争」に加担することがいかに愚かなことかという認識が広く共有されていくのではないか。
平和憲法を持つ私たち日本の役割は、ウクライナの人々の命を犠牲にする戦争を長引かせてプーチン政権を転覆させることではない。かりにプーチン政権が転覆しても核保有国・ロシアにもっと凶悪で愚かな指導者が誕生すれば第三次世界大戦の危機は迫ってくる。プーチンさえ倒せばまっとうな指導者が誕生するというのはまったくの幻想だ。私はむしろプーチン体制が崩壊過程に入った後のほうが混乱の中で核戦争に発展するリスクは高まると思う。
私たちが果たすべき役割は、一人でも多くのウクライナの人々の命を救うために、一刻も早く停戦合意を実現させる外交努力に全力を尽くすことである。そして核戦争を絶対に阻止することである。停戦を訴えかける相手は、プーチンとゼレンスキーだけではない。もっとも重要な相手は、ウクライナ戦争を利用してプーチン政権の転覆をめざしているバイデンである。