防衛費を大幅増額する財源を確保するため、財務省が法人税増税を検討している。これに対して経団連や経済同友会は警戒感を強めており、対立が深まる様相だ。いったい何が起きているのか、それぞれの思惑を深掘りしてみよう。
防衛費増額は安倍晋三元首相ら自民党右派が主導する形で議論が進んできた。安倍氏が凶弾に倒れた後も岸田文雄首相はこの路線を維持して「相当な増額」を表明。安倍氏らが唱えていた「NATOが目標にするGDP比2%以上」を念頭に5年以内の大幅増額を念頭に置いており、単純計算で新たに5兆円が必要となる。
防衛費増額の威勢はいいものの、財源の5兆円をどう確保するのかをめぐり、政官財界で「押し付け合い」が始まっている。
増税で5兆円という大規模な財源を確保するには、消費税・所得税・法人税の主要3税のいずれかを引き上げるしかない。
財務省がいま最も優先したいのは消費税増税だ。だが、財務省は消費税を「社会保障の財源を確保する」という口実で引き上げようと画策している。消費税増税分を防衛費に回したら世論の猛反発を受け、肝心の消費税増税が頓挫してしまうだろう。財務省は消費税と防衛費の議論を明確に区分しておきたい。
さらに物価高が国民生活を直撃する中で消費税や所得税を引き上げる議論をすれば、政権批判がさらに高まることは必至だ。岸田文雄首相が力を入れる物価高対策に水を差すことにもなる。
財務省としては、残る選択肢は法人税増税しかない。
そもそも消費税を導入した後の30年、消費税率が徐々に上がる一方で、法人税率は徐々に下がってきた。消費税増収の7割が法人税減収の穴埋めに充てられてきたのだ。1984年に43・3%だった法人税率は今や23・2%へ低下。さらに研究開発減税など企業に対するさまざまな特別減税が用意されている。
アベノミクス以降の超金融緩和で株価は上昇し、大企業は大きな利益をあげてきた。それにもかかわらず、従業員の賃金を引き上げず、設備投資も増やさず、経営陣の報酬ばかりを増やし、内部留保を貯め込んできた。
そしていま、急速に進む円安はガソリン代や電気代、食料代を高騰させて国民生活を苦しめる一方、自動車など輸出型の製造大手など大企業には追い風となる。
しかも経済界からは安倍氏ブレーンの経営者をはじめ防衛費増額を主張する声が相次いできた。安倍ー菅ー岸田政権の経済政策で潤ってきた経済界に防衛費増額の財源を負担してもらうのは理にかなっているーー財務省の法人税増税案にはそんな思いが込められている。
これに対して経済界は警戒感を強めている。
経団連の十倉雅和会長は「法人税がひとり歩きするのはいかがか。長期にわたって広く集める安定的財源が必要だ」と反発し、経済同友会の桜田謙悟代表幹事も「取りやすいところから取ると誤解される」と批判している。
経済界は法人税減税など企業優遇政策だけに関心があり、日本社会全体のことなど気にもとめていないというのが私の持論だ。民間企業はそれでよいのかもしれないが、だとすると多額の政治献金を通じて政治に介入するのは厳に慎むべきだろう。
主要3税から財源を確保するとしたら法人税増税しかない。だが、経済界を敵に回したくはない自民党内からは国債発行で財源を確保すれば良いという声も出ている。
積極財政の考え方に立てば、国債発行で防衛費を増額するのは経済理論としては可能だ。しかしそれが軍事費増大を招いて戦争に突入した戦前の失敗を繰り返すことになる。積極財政の考え方を防衛費増大にあてはめるのはとても危険だ。積極財政はあくまでも「誰一人見捨てない」という政治信念、つまりは弱い立場にある人々を含めて庶民の暮らしを守るための財源として活用されなければならない。
だが、財務省が国債発行による防衛費増額の財源確保に反対するのは、別の理由である。もしここで防衛費のための国債発行を許してしまえば、社会保障の財源確保のための国債発行も認めざるを得ず、ひいては積極財政の考え方を容認することになってしまう。そうなると、悲願の消費税増税の根拠が失われてしまうのだ。
私が繰り返し主張してきたように、財務省は「社会保障の財源を確保するため」に消費税増税をすすめたいのではない。財源確保だけなら積極財政に基づく国債発行で事足りる。
財務省の真の目的は積極財政そのものを否定することにある。もし積極財政を認めれば、財務省主計局が限られた予算を配分することで掌握してきた政治権力を失ってしまう。予算配分権こそ財務省の力の源泉であり、それを維持するためには「財源は税に限定される」という緊縮財政の考え方が絶対に必要なのだ。
財務省は防衛費増額の財源を国債発行でまかなうことを容認するわけにはいかない。だから法人税増税にこだわり、経済界と衝突する。経済界は法人税増税を避けたいという自分達の利得のことしか考えていない。自民党は経済界にも国内世論にもいい顔をしてすべての増税には慎重で、国債発行を求めて財務省とぶつかる。
つまりはそれぞれが自己の利権のことしか考えておらず、その押し合いへし合いのなかで税財政政策が決まっていくのである。この基本構図を理解して、これからの防衛費増額論議をみていけばわかりやすいだろう。
この防衛費増額問題は、ユーチューブ動画「ダメダメTOP10」でも取り上げたので、ぜひご覧ください。