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袴田事件「証拠捏造」について、検事総長はなぜ記者会見しないのか?特別抗告断念に追い込まれてもなお謝罪しない検察と、検察の横暴を追及しないマスコミ社会部の不正義

強盗殺人罪で死刑が確定していた袴田巌さん(87)が無罪となる可能性が濃厚になった。

裁判をやり直す再審開始を認めた静岡地裁判決を支持する東京高裁決定について、検察は当初、最高裁に特別抗告して争う構えを見せていたが、一転して特別抗告を断念すると発表し、再審開始が確定したからだ。

東京高裁は、死刑判決の根拠とされてきた「犯行時の着衣5点」について、捜査機関が捏造した可能性が極めて高いと指摘した。検察は事件の真相よりも「証拠捏造」を認めたくない一心で特別抗告に踏み切るつもりだったが、世論の批判の高まりを受けて高裁決定を受け入れざるを得なくなった。

袴田さんの高齢を考えると、死刑から無罪への転換が確実な状況下で、再審開始を引き伸ばす「時間稼ぎ」で組織防衛を図る検察の姿勢は法的にも人道的にも極めて不誠実なものであったといってよい。

高裁決定に対する私の見解はすでに『捜査機関の「証拠捏造」によって袴田さんの死刑判決が確定していたという重い事実を高裁が認定。それでも証拠捏造を認めず謝罪しない検察の傲慢』で示した。検察が特別抗告断念に追い込まれ、袴田さんの無罪の流れが固まって良かった。

けれども、それでも謝罪しない検察の姿勢、さらにはそれを黙認するマスコミ各社の社会部司法記者クラブの報道ぶりは看過し難い。

検察は高裁決定について「承服しがたい点があるものの、法の規定する特別抗告の申し立て事由が存するとの判断に至らず、特別抗告しないこととした」(東京高検の山元裕史次席検事)とのコメントを発表している。「承服しがたい点」とは「証拠捏造」の可能性を指摘されたことであるのは間違いない。

このコメントからは「何が何でも証拠捏造だけは認めない」という組織防衛の意図がくっきり浮かんでくる。裏を返せば、これまで再審開始を阻止するために争ってきたのも「真実追及」のためではなく「証拠捏造を認めない」ためだ。

無実の人を死刑に追いやってでも自分たちの非を認めないという検察の姿勢は常軌を逸している。国家権力の恐ろしさを痛感する次第だ。

私たちは「国家権力は過ちを犯す」という性悪説に立ってしっかり監視しなければならない。その役割をもっとも担うべき立場にあるのはジャーナリズム、とりわけマスコミ各社である。

ところが、検察権力を監視するテレビ新聞の社会部(とくに検察を担当する司法記者クラブ)は検察べったりである。今回も検察の不誠実を徹底追及するキャンペーンを展開するマスコミは見当たらない。

私がつねづね疑問を呈しているのは、今回の「証拠捏造」のように検察に対する重大な疑惑が生じた時、検察トップの検事総長がなぜ記者会見して、国民に直接説明しないのかである。

検察の独立性を唱える以上、首相や法相は個別事件について説明役を果たせないのだから、検事総長が自らの口で語り、自らに最終責任があることを明確にすべきだ。検事総長は「証拠捏造」の指摘を承服しがたいというのなら、自らその理由を説明し、世論の批判の矢面に立つべきなのだ。記者会見を避けるのは、検事総長の「自己保身」でしかない。

検事総長は強大な権力者だ。逃げ隠れするのを許してはいけない。

検察を担当する司法記者クラブがなぜ検事総長に記者会見を要求しないのかも疑問だ。なぜ証拠捏造を認めないのか、その理由を検事総長に直接ただし、しつこく迫るのが司法記者たちの使命である。それを避けるのも単に検事総長に嫌われることを避ける司法記者たちの「自己保身」である。情けない。

ここに検察とマスコミの癒着が凝縮されている。検察権力を厳しく監視することを放棄し、検察と一体化したマスコミの事件報道などハナから信用に値しないと私は確信している。

袴田事件がもたらした検察不信に対し、東京高検の次席検事レベルのコメントで対処する検察の姿勢を許してはいけない。それを黙認して検察の言い分を垂れ流すマスコミの検察報道も期待できない。私たち一人一人が検察の横暴に対してSNSなどで抗議の声をあげていくしかない。

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