注目の新刊!
第一回は9/4(月)夜、東京・渋谷で開催! オンライン参加も!

憲法記念日に見てほしい「広島の被爆樹木の紙芝居」〜原爆投下で焼けただれた後、樹齢200年のイチョウにはさらなる試練が待っていた…

5月3日は憲法記念日。78年前の敗戦を反省して生まれた日本国憲法の意味を再確認する日である。

大切な日を控え、きょうは終戦間際に原子爆弾が投下されて焼け野原になった広島で、爆心地から2キロ圏内にあって生き延びた160本の「被爆樹木」の話をしたい。

私が「被爆樹木」という言葉を知ったのはつい先日のことである。修学旅行でも新聞記者として取材でも被爆地を訪れていたのに耳にしたことがなかった。ひょっとすると耳にしていたが、記憶に残らなかっただけかもしれない。いずれにせよ、恥ずかしい限りである。

岸田文雄首相の地元・広島で開催されるG7サミットにむけて、広島市内は「景観と警備」を理由に至る所で道路工事やインフラ整備が行われ「サミット特需」に沸いている。私はそれを自分の目で確かめようと4月下旬、広島へ取材に行った。下調べをしている最中、広島県発注の工事で「被爆樹木」の一本が誤って伐採されてしまったというニュースが飛び込んできた(NHK報道)。

その際、爆心地から2キロ圏内で焼けただれながら枯れずに生き残った樹木を保存するため、広島市が「被爆樹木」として登録していることを知ったのである。

原爆投下の「生き証人」が切り倒されてしまったことに心を痛めつつ、私はさらに「被爆樹木」について知りたくなり、ネット検索を続けた。そして、胸に迫る動画と出会ったのである。『紙芝居「もうひとつの太陽」ー広島の被爆樹木ー』だ。

絵本の主役は、広島の庭園「縮景園」にある樹齢200年超のイチョウだ。体は傾いて火傷だらけで、枝は捻じ曲がっている。「美しい庭園には似つかわしくない醜い姿をさらしているが、本当なら身長30メートル以上の堂々たる姿のはずじゃった」と自ら語る場面から始まる。

1945年8月6日、原子爆弾が1400メートル離れた場所の上空600メートルで炸裂した時、イチョウは150歳くらいだった。体の片側はひどく焼け、直後の爆風で幹の上部や枝は吹き飛ばされた。周囲の木々はみな焼けて黒い棒のようになっていた。

ここから先がこの絵本の主題であろう。

人間たちの戦争は終わっても、被爆樹木たちにはさらなる災難が降りかかった。何とか生き残った木々たちは人間が街を復興するのに邪魔になるとして次々に切り倒されていった。醜い姿を見ると原爆を思い出すので嫌だと言われて切り倒された木もあった。「まったく人間というものは勝手なもんじゃて」という言葉が響く。

広島市内は廃墟となり、75年間は草木も育たないと言われていた。

ところが数ヶ月後、荒廃した風景のなかで被爆した木々から新しい芽が吹き出した。それを見て、被爆して絶望していた人々には生きる希望と勇気を得た者もいた。自殺を思いとどまった者もいた。

戦後50年がたつと、人間は原爆を忘れてはいけないと思い始め、樹木医たちが被爆樹木を調べ、「治療」を始めた。そのころには被爆樹木は161本に減っていた。みんな仲良く爆心地の方向へ傾いている。焼けた側はほとんど伸びないが、反対側は生長するので、年々腰が曲がる。原爆を忘れるどころか、否応なく、爆心地へ体が向いてしまうのだ。

いまなお広島市内のあちこちから爆心地を指し示す「被爆樹木」たち。これほど戦争の恐ろしさを語り伝える生き証人はいないだろう。そしてその時々の都合で木を切り倒す人間の身勝手さ。

被爆樹木にとって本当の試練は戦争が終わった後にやってきたという現実が突き刺さる。本質をえぐり取る紙芝居である。憲法記念日にぜひ見てほしい動画だ。

その貴重な被爆樹木の1本が、サミット目前に切り倒されてしまったという事実が重くのしかかる。被爆樹木には一本一本ラベルがぶら下げられている。県発注の工事で実際に切り倒した人は、そのラベルが目に入らなかったのだろうか。どこまでも腑に落ちない。

私は広島で被爆樹木を巡って歩いた。もちろん切り倒されてしまった被爆樹木の現場にも足を運んだ。この問題については、鮫島タイムスのYouTubeで近く紹介するドキュメンタリーでも改めて取り上げる予定だ。

さいごに『紙芝居「もうひとつの太陽」ー広島の被爆樹木ー』のyoutube概要欄の記述を紹介したい。

非営利活動法人ANT-Hiroshimaの理事長渡部朋子さんと紙芝居を見ながら、被爆樹木のストーリーを聞きましょう! 1945年8月6日に広島に投下された原子爆弾により、広島市の中心部は廃虚に帰し、75年間は草木も育たないだろうと思われました。しかし、数か月後、荒廃した風景の中で被爆した木々に新しい芽吹きが見られました。その芽吹きは広島を復興させるために懸命に努力していた被爆者に力強いメッセージを与え勇気づけたのでした。 現在、これらの原爆を生き延びた樹木は、爆心地からおよそ2キロ以内にある31種類、161本あります。ここ広島に住む人々や広島を訪れる人々に対してだけではなく全人類に対して重要なメッセージを伝えています。 この動画に通じて、少しでも広島の経験や被爆樹木のことを知って一緒に被爆樹木を守ろうと思っていただけると幸いです。


岸田首相の地元・広島は「サミット特需」に沸く!被爆樹木を伐採、警備や景観のための道路工事が巨額予算で急ピッチ〜「被爆地ヒロシマ」を口実にした地元への利益誘導?
坂本龍一の遺志を継げ!百年以上かけて守り続けた貴重な樹々を切らないで〜最後の訴えを黙殺した伐採女帝小池百合子はあなたの身近でも樹木を切り倒している!新連載『有栖川宮記念公園の伐採を追う』(1)

政治を読むの最新記事8件