日本維新の会の池下卓衆院議員の公設秘書2人が地元大阪の高槻市議を兼務していた。
公設秘書には国費で給与が支払われ、兼職は法律で原則禁止されている。ただし、国会議員が業務に支障がないと判断して衆参議長に届け出れば兼務が認められるという例外規定がある。
池下氏はこの届け出を「失念していた」という。二人は衆院議員の公設秘書と高槻市議を「ルール違反」の形で兼務し、給与を二重取りする状況になっていた。
世論の反発は「届の出し忘れ」ではなく「給与の二重取り」に向いている。
だが、届を出し忘れていなければ問題はなかったのか。
二人に公設秘書としての勤務実態はあったのか。そもそも地元市議と公設秘書の二足のわらじをはくことは可能なのか。市議や公設秘書という仕事はそれほど楽なものなのかーーさまざまな疑問が指摘されている。
国会議員は政策秘書1人と公設秘書2人の計3人を国費で採用することができる。国会議員活動をサポートするために設けられた制度だ。
だが、3人以外の私設秘書との待遇の差は、議員秘書の世界では切実な問題となっている。私も長い政治記者人生で私設秘書の方々から「公設秘書に比べて給料があまりに低い」と繰り返し不平不満を聞いてきた。
政策秘書だけを国会事務所に常駐させ、公設秘書は地元選挙区に張り付けて「選挙活動」に専念させる国会議員も少なくない。池下議員の場合も、地元選挙区で市議を務めている二人に公設秘書を兼務させ、日常的に事実上の「選挙活動」を行わせていたということであろう。
公設秘書が国会議員の身内だったり、今回の問題のように他の仕事と兼務していたりして、勤務実態がほとんどなく、実際の秘書業務は待遇の悪い私設秘書がすべて担っているーーそんな愚痴もよく耳にしてきた。
自民党や立憲民主党にも同様の兼務事例が発覚した。世論の批判を受けて、与野党からは公設秘書の兼務を完全に禁止するなどの改革案が浮上している。
しかし「兼務の完全禁止」で解決するほど単純な問題ではない。秘書給与を含めて国会議員の政治活動を公費でサポートする仕組みそのものを根本から見直す機会としなければならない。
池下氏は2021年10月の衆院選大阪選挙区で、立憲民主党の辻元清美氏を破って初当選した。
秘書給与流用事件として思い浮かぶのは、その辻元氏だ。2002年、勤務実態のない政策秘書を給料の大部分をプールして事務所運営費などにあてていたとして逮捕され、政界を揺るがす大事件となった。その辻元氏を破った池下氏に再び秘書給与問題が浮上したのは歴史の皮肉である。
私は事件当時、朝日新聞政治部記者として、マスコミに追われて雲隠れしていた辻元氏や秘書たちに接触して取材することができた。その時に垣間見たのは、公設秘書と私設秘書の待遇の差に直面する国会議員事務所の現場の悩みだった。
当時の捜査やマスコミ報道がその内実に目を向けず、当時の小泉政権を批判する野党のエースだった辻元氏を標的にし、彼女をバッシングする世論を煽っていたのには違和感を覚えた。もっと大きな政治的利権にメスを入れず、批判勢力つぶしに捜査機関が動く「国策捜査」があのころから露骨になってきたようにも思う。
政策秘書や公設秘書は私設秘書に比べて高い給料が公費で支払われ、同一労働・同一賃金の大原則から大きく逸脱した実態がある。そこで政策秘書や公設秘書の給与を国会議員事務所でいったんプールし、私設秘書を含めた秘書全員で配分するという運用は広く行われていたようである。
辻元氏は政策秘書の勤務実態がないことが決定的な弱点となって立件されたが、仮に勤務実態が多少なりともあり、そのうえで秘書給与の一部を国会議員事務所が「寄付」のかたちで預かり、秘書全員に再配分することの是非はあいまいにされた。
政策秘書や公設秘書の給与は国費から本人に支払われるべきもので、国会議員が「寄付」を強要すれば明白な違法・不正行為となるが、政策秘書や公設秘書が自発的に「寄付」に応じる場合はグレーだ。政策秘書や公設秘書を採用する権限は国会議員にあり、彼らは職を守るために逆らいにくい。国会議員に求められれば拒みにくいのが実情で、「自発的」とは言い難いからである。
一方、公設秘書と私設秘書の仕事の内容はほとんど変わらないのが実態だ。同一労働・同一賃金の大原則に照らせば、公設秘書が公費で高給を得て、私設秘書が薄給で酷使されているのは、現場感覚からは乖離しており、とても理不尽である。国会議員とすれば、国費から支払われる公設秘書の給料を私設秘書を含めた秘書全体に配分したいという思いはわからないでもない。
私は辻元事件の時から、国会議員にまとめて秘書給与の国費負担分を支給し、その配分は国会議員に委ねる代わりに、その内容を細かく報告させて公表することで適正さを担保するのがよいと考えているが、公設秘書の待遇が悪化することに加え、プライバシーの観点などさまざまな議論があるだろう。
今回の池下氏の場合も、市議活動と秘書活動の両立は無理だという厳しい批判がある一方、むしろ市議と秘書を兼務することは双方の活動効率を高めるという反論も一部国会議員からは出ている。
複数企業の社会取締役を兼務することが常態化する時代だ。「兼務」実態に厳しい目を向けることは不可欠であるとしても、一律に「兼務禁止」に踏み切ることが的確かどうかも精査する必要があろう。
秘書問題は政界では古くて新しい問題である。与野党は世論の批判をかわすために急場凌ぎで見直し案をまとめるのではなく、公費でどこまでどのようにして国会議員活動をサポートすべきなのかを抜本的に見直す機会としてほしい。政党助成金のあり方にもかかわってくる議論である。