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選択的夫婦別姓に賛成の立場から、さらに考察を一歩進めてみる

最高裁判所が6月23日、夫婦同姓を強制する民法の規定は憲法に違反しないという判断を示した。世論調査ではここ数年、選択的夫婦別姓への賛成が反対を大きく上回っており、ネット上には「司法に裏切られた」「絶望した」という声が溢れた。とくに結婚していない若い世代から「切実な失望感」が相次いだように思う。

私は、①今回の最高裁決定は選択的夫婦別姓を否定したものではない。だから絶望しないでほしい、②選択的夫婦別姓を秋の総選挙の大きな争点にすることが必要だ、③今回の最高裁決定に落胆した人々は、秋の総選挙で選択的夫婦別姓を公約する政党や政治家を具体的行動で応援してほしい、逆に選択的夫婦別姓の導入を阻む政治家を落選させるために行動してほしい、という思いから、プレジデントオンラインに「「国民の多くは夫婦別姓に賛成なのに」最高裁が”ずるい判決”を出した本当の理由』を緊急寄稿した。

今の日本社会には婚姻制度が深く根付いている現実、夫婦別姓を認められない多くの夫婦が精神面・生活面で強く苦悩している現実を踏まえ、選択的夫婦別姓の実現に賛成する立場から「最高裁決定に絶望しないでほしい」という思いを込めて執筆したつもりである。今回の最高裁決定を題材に「司法の役割」と「国会の役割」を深掘りした内容なので、お読みになっていただければ幸いだ。

一方で、執筆した私自身、今回の寄稿にはやや躊躇するところもあった。それは国家が整備している今の「婚姻制度」を前提にした議論の土俵に乗ることへのためらいである。

サメタイの筆者同盟として連載「こちらアイスランド」を寄稿してくれている小倉悠加さんの記事によると、アイスランドでは両親が結婚していない子どもの割合は7割にのぼるという。「事実婚」が多数派の社会なのだ。

そもそもなぜ国家に婚姻届を提出して「結婚」する必要があるのか。もしふたりの間でともに暮らしていくために取り決めが必要ならば「契約」を交わして約束事に合意すればすむ話ではないか。なぜ国家に「結婚」を管理されなければならないのか。民民契約で十分ではないかーーそんな疑問がわいてくる。国家より個人を優先する「リベラル」な立場を突き詰めれば、そうした疑問は強まるばかりである。

問題は、国家が管理する「結婚」にさまざまな優遇措置が施されていることだ。配偶者控除など税制優遇、年金など社会保障の優遇、相続など親族にしか認められない法的効果…。国家は「結婚したほうが得」な諸制度を用意することで、国家が管理する「婚姻制度」へ国民を誘導しているのである。

国家の狙いは何か? 個々人が自由気ままに生活しているより、「婚姻」という制度を軸として国民を画一的に管理統制するほうが国家運営として効率が良いのだ。税金をとりたてるにしろ、国民の協力を求めるにしろ、戦争で徴兵するにしろ…。富国強兵のめざす近代国家(日本で言うと明治国家)が国民を総動員して諸外国と国力を競う時代の遺物が「婚姻制度」であると私は思っている。

選択的夫婦別姓の実現を求めるのは、国家の利益より個人の自由を重視するリベラルの「本筋」ではない。国家が国民を「家族単位」「世帯単位」で管理統制するための「婚姻制度」から個人を解き放ち、婚姻届を提出しているか提出していないのかによって個人の扱いが異なることのない公正な社会を目指すことこそ、リベラルが追求すべき本来の道であろう。

日本政府がコロナ対策「1人10万円」を個人単位でなく世帯単位で支給したのは、国家が「個人の自由」「個人の解放」に極めて慎重であることを示している。

国家より個人を重視するリベラルの立場を突き詰めていくと、婚姻制度自体を廃止すべきということになる。アイスランドをはじめ欧州諸国の諸制度はますます個人を重視する方向へ進んでいくだろう。

今の日本社会でそこまで主張すると、かなりの急進改革派になる。現実社会において支持が広がることは簡単ではない。まずは現実的な選択肢として「選択的夫婦別姓」の実現を掲げ、多くの人々との連帯・合意形成を目指すほうがよい。

選択的夫婦別姓はほどなく実現すると私は確信している。自民党も政権を失うくらいなら選択的夫婦別姓を受け入れるだろう。そのうえで、そう遠くない未来にこの日本でも「婚姻制度」自体の存否が政治テーマに浮上してくるのではないかと私は思っている。